部屋

@bootleg

第1話

 夏が終わりに差し掛かったころのある日、私は一人暮らしをしている小さな部屋のカーテンを開けた。眠りにつく前にカーテンを開けるのは、実家にいたころ姉と一緒の寝室で眠っていたころからの習慣である。こうすると、電気を消して真っ暗になった部屋から見える他の建物の明かりがきれいで、落ち着いて眠ることが出来た。それに、朝になると太陽の光で自然と目が覚めた。

 短大への入学が決まって長野に越してきた時、アパートのすぐ隣に立つ神社をすごく気に入った。もともとそこら中に寺や神社があるから、少し歩くとコンクリートで舗装された道ではなく、石畳に灯篭の立つ道が現れたり、風情というものが感じられて、なんだか格式のある所に暮らしているような気がしていたのである。そして、この4階の部屋の窓からは、そういった神社のうちの一つの、屋根の上からの景色が見える。22時までは入り口の、砂利に切り替わるところにある灯篭に明かりがともっているが、それもこんな時間になると消えてしまっている。月明かりの中に、小さな神社がぼうっと明るく見えた。

 いつもよりもじっと見ていたせいか、なぜか今日は少し気味が悪く見えた。越してきて半年たって、独りの部屋に不安を感じたのは初めてだった。そうなると、開けたカーテンの向こうの闇は吸い込まれそうに、気味悪く見えた。今晩はカーテンを閉めて眠ろう、そう決めてカーテンを閉め、電気を消してふとんに入った。

 外からは、猫がけんかをする声が聞こえている。アパートの正面の家の老婆が道端で餌をやっているのを見かけた。ところどころ毛が抜けて、痩せているくせにおなかだけは垂れ下がっている、見るからに病気っぽい猫だ。ここ数日、夜になると鳴き声がやまない。

 鳴き声が気になることもあってか、少しね付けないでいた。その時、小さな音が混ざっていることに気付いた。コツコツ、コツ、コツコツコツと小さな音が、聞こえる。窓の方からだ。もともと立て付けが悪くて、風が吹くとガタガタいうような窓だが、そういう音ではない。爪でたたくようなそんな音だった。普段であれば気にせず眠りについて、翌朝には忘れてしまっているのだが、この時だけはどうしても気になって眠れなかった。怖いものが別段苦手なわけではない。しかし、怖いものと分かって好奇心ですぐに駆け寄るほど馬鹿でもない。

 眠る前にカーテンをいじったり、朝日で目覚めたりしたいがために、危ないからやめた方がいいという母の忠告を断って、ベッドの頭の側を窓のある壁にくっつけていた。つまり、音が鳴っている窓は、しまっているカーテンは、仰向けで眠れずにいる私のすぐ頭の上にあるのだ。少し体を起こして、カーテンに手をやり、めくってみるだけ。それだけで、何もないことを確認できる。確認しなければ。そう思った。

 やはり多少の怖さはあって、部屋の電気をつけるまででもないが、明かりを見たかった。枕元に置いてあったスマホをつけると、時刻は2時になっていた。布団に入ってから30分、普段眠りにつくのが早い私にとって、眠れずに30分もいるのは普通の事ではない。スマホを見ると少し安心して、同時に眠れないこと、眠れない原因があることにいら立ちを感じた。コツコツという音は、相変わらずやんでいない。

 濃紺のカーテンに手をかけ、下側をめくるようにしてそこから外をのぞいた。


 何もなかった。いつも通り、遠くの方にはホテルや、他の明かりがちらほらみられる程度で別段変わった様子はない。ちらりと下を見て、カーテンを閉める原因になった神社を確認する。怖さはあったはずなのに、なぜかこういう時は勢いに任せて確認しなくていいものまで見てしまう。

 

 神社も、いつも通りだった。入口の灯篭がぼんやりとともって、その周りの砂利と、建物に続く石段が照らされていた。


 私は必要なことの確認を終えて、安心した。目をつむって30分も眠ろうと努力して、変な疲れ方をしていたし、眠っているのか起きているのか中途半端なところもあって、少しぼんやりしていた。もう一度布団にもぐると、今度はすぐに眠ることが出来た。


 翌朝、カーテンに遮られて朝日が私を起こすことはなかった。しかし、何とか習慣が活きて学校に間に合う時間に起きることが出来た。カーテンを開ける。昨晩の事を思い出して窓を見てみるけれど、特に変なところはなく、妙な跡がついているとかいったこともなかった。

 朝食に焼いたパンを食べながら、学校へ行く準備をしていた。そういえば神社、昨晩はどうしても神社が怖かった。あれのせいでカーテンを閉めたのだ。パンを持ったまま立ち上がり、窓の下を見下ろした。いつも通り、神社が見えた。コンクリートで舗装された道が砂利に変わっているところ、そこから神社の敷地になっていて、灯篭が立っている。夜は神社のあたりを、その先の石階段のあたりまで照らしている。その先の、神社の建物の部分は、この部屋からは屋根しか見えない。いつも通りだった。


 じっと神社を観察して、またどこか安心してテーブルに着き、朝食の続きに入ろうとした。コーヒーを持った時、ある事に気が付いて私はぞっとした。体が内側にギュッと縮まるような感覚、あまりの怖さに、見開いたままどこも捉えていない目を、少しも動かすことが出来なかった。昨晩は、「いつも通り」ではなかった。全然、いつも通りではなかったのだ、昨晩の神社は。

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