些細な反乱

べべべ

5時

朝5時

ポケットに煙草とジッポがあることを確認しないといけない。金ピのこの紙パッケージだと知らない間に紙くずと一緒に捨ててしまってるかもしれない。

外から触りポケットにちゃんと入っていたのを確認すると戸に手をかける。

うちのベランダの戸は築25年のこの家が完成したときから変えていないのか、開けると「キュー」と大きな高音を立てる。

「親が起きなければいいけど」

サンダルから足に冷たさが伝わってくる。日の出前が一番寒いんだった。


ポケットからジッポを取り出し、蓋を開ける。

このジッポここ最近は火の付きが悪い。オイルはこの間に変えたばかりだから、糸が原因なのかなと思ふがもう遅い。今回は一回で火が付き、ジッポをポケットにしまう。

反対のポケットから煙草を取り出して口に咥えて火を付ける。この付け方は、前の合宿で教えてもらった。


煙を吸い込むと不快な香りが脳に拡がる。イメージとしては厚生省の大麻危険を訴えるCMのように脳全体に拡がる感じ。最初の不快感はすごく嫌で、でも吸いたくなるのがニコチンの中毒性によるものなのかもしれない。


二口吸うと身体が思い出したかのように、心地よくなり少し軽くなったような感覚になる。

2月のこの街で部屋着のままだと随分と寒く感じ、コートでも着てこればよかったなと後悔したけど火を付けたあとなのでもう遅い。そのあたりに、煙草を置いてなにか防寒着を取りに行ってもいいけど、ベランダに置いてある机やボックスはほこりまみれで、そんなところに置いた煙草をいくら僕でも吸えないよ。新聞配達のときも靴下を履かずに行っていつも後悔しているそれと同じかな。


少しづつ身体が軽くなっていく。

ちょっと飽きてきたというか、集中力が切れてきて、これ半分ぐらいの短さだったら丁度いいのになとか考えたりして「そういえば、風呂にも入ってないし夜ご飯も食べてないな」今、煙草を吸うのをやめてそれらを行動に移したい気持ちを抑えて、脳の中で今日の(厳密には昨日だ)反省会を行う。

今日のこの発言は良くなかったとか、この行動は良くなかったなとか。タイムマシンがあれば、あのときの僕を全力で止めに行くのになとか。でもちょっとすると、そんなものは非現実的だから悩んでも無駄だと切り捨てる。唐突に最近ハマっている"秘密の配備"を聴きたくなり、スマホでかける。

また、唐突にホールデンがニューヨークの街を歩く様子が頭に浮かぶ。ホールデンはこれを20本以上も毎日吸っていたのかと煙草の火を見つめるが、僕にはきついな。


家の前の駐車場は寂しいぐらいしんとしている。

外からサイレンの音が聞こえて、後ろからはバスももう動いてる。

そういえば、数週間前にバイトに行く途中のバスで結構高いイヤホンを落としたんだけど、営業所に連絡したらまだそのバスは折り返してまだ運行中と。翌日営業所から連絡が来てそれらしきものが見つかった、23時まで開いてるからそれまでに取りに来てとのことだった。

家から一時間かけて営業所まで取りに行ったが定期券の更新などをする客向けの入り口はもう閉まっていて、運転手が使う入り口から入れてもらった。

営業所の中には安全第一と事故は絶対起こさないようにきつく書かれていた。営業所のテレビには事故の映像を使った説明がループ再生されていた。テレビには数週間前にここの営業所所属のバスが事故を起こしているから気をつけろと張り紙が貼られている。

バスが急ブレーキを掛けたときに運転手に危ないだろと怒鳴っている客

「こういうやつにはなにも見えてないんだな」そして、そういうやつが多数派なんだろう。

外では雪が降っていた。


煙草を左手に持ち替えスマホをポケットから取り出しTwitterを開くとロシアとウクライナの戦争でぎっしりと埋め尽くされている。

数日前にロシアがウクライナに侵攻したわけだけど、戦争とはなんなのだろうか、前に見えている病院も商店街も破壊されて、街では誰かが血だらけで泣いてることなのか、でも、みんな、自分だけは生き残れると自信があるから。非現実的だし。

根拠があったわけじゃない。誰かが言っていた「根拠はないけど、自分が将来金持ちになっている自信がある」と似ているような気がした。


そういうことを考えていると吸う煙も温かくなっていく。そうすると、捨てる。ベランダの柵に煙草を押し付けて火を消す。吸うのを辞めるとすごく身体が重くなり、フラフラする。重いからなこれ

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