もっと知りたい

 駐輪場の横を通り抜け、小川のある道を横断してすぐ、綺麗な象牙色の二棟の建物に囲まれて芝生が鮮やかな場所があった。上を見上げると窓に青空が反射している。

「こんな場所あったんだ」

 さっきの公園といい何度か来ていてもまだまだ知らない場所が多いようだ。気分が湧く。

 右手のコの字に構えた建物が出入口となっている。脇の躑躅が植わった花壇に「桜路おうじガーデン和宿なごみやど」の切文字看板がある。

「お昼はここでどう? 上はホテルなんだけど一階にスープのお店があるんだ」

「スープ。へえ、珍しい」

 段差を上がって白いドアが開き、館内へ。

「わあ」

 中の造りの真新しさに感嘆の声が出る。

「あそこだ」

 左のお店を指す。手前に座席が並び、奥にレジカウンターがある。ガラス張りの厨房に白い文字で店名がある。「soup&cafeなごみ」。姉さんに教えてもらった「高校生の財布に優しくて美味しいお店」だ。僕も初めて来る。

 通路とお店の仕切りに続いてメニュー表のボードがある。スープを選んでご飯とセットで食べるか、単品のカレーが頼めるようだ。

「やっぱりまずはスープを食べてみたいな」

「ええ」

 窓際、木目調のカウンター席を確保して注文へ。テーブル席もあるが、カウンターからは外の芝生が見える。


 スープは定番と季節限定で五種類から選べるようになっている。僕は白味噌ポトフを、千日紅さんは湯葉と春キャベツのスープを頼んだ。

 少しレジ横で待って、木のトレーに料理が乗って手渡される。奥に取った席へ向かう。遠かったかな。

 背もたれの丸い椅子に座ると、これまで歩き続けた足が休まる。

 いただきます、と手を合わせて食べ始める。

 取っ手のついたお椀にスープが、普通のお椀にご飯が入って並んで置かれ、小さな梅鉢にお漬物も乗っている。

 スープは具材がたっぷり入っていて、けっこう食べ応えがありそうだ。スプーンで掬って、一口。

「美味しい」

 人参や玉ねぎ、ソーセージといった具材の旨味に白味噌が合わさってまろやかな味になっている。

「わたしも。野菜が甘くて美味しい」

 よかった。千日紅さんのスープも口に合ったみたいだ。さすがは姉さんのおすすめ。

「外、いい眺めだね」

 窓からは芝生の瑞々しい緑色が見渡せる。目に優しくて落ち着ける。

 向こうの横に長い直方体の平屋に鯉のぼりが出ている。

「もうすぐ子どもの日か」

「端午の節句。柏餅と粽を食べる日」

「子どもの頃は食べてたなー、柏餅」

 花見の団子のように、成長すればイベントをすることも少なくなっていった。すなわち僕はもう子どもでなくなったということ……にはならないよね。

「ここ、元々は小学校だったんだって。廃校になったあと、改築されてホテルになったらしい」

 図書館などもあるらしいが、その名残りだろう。

「あまりホテルには見えない」

「そうだよね。一階は全部お店みたいだし、外観も大学みたい」

 事前に調べたところ上にロビーがあるらしい。見てみたかった。

「この芝生は元々グラウンドだったのかな」

 そこで小さな子が走り回っているのが、休み時間に小学校のグラウンドを駆けまわる小学生の姿に見えた。

「明日からゴールデンウィークだね」

 今回は三日間の平日を挟んで七日間の休みがある。

「どこか行く予定はある?」

「何もない。……正直、嬉しくない。終わるのを待つだけだもの」

 千日紅さんが寂しげに言う。

「家族とは?」

「家族とは、距離がある」

「……そうなんだ」

 難しい家庭事情を抱えているのだろうか。

「柿原くんは、予定たくさんありそうね」

 僕の話になる。

「たくさんってほどじゃない。中学の頃の友達と会うのと、家族で出かけるのと、慧と遊ぶ。あっ、風物部で集まろうって話もあった」

「それは、わたしからしたらたくさんよ?」

「あっ、そっか」

 千日紅さんの頬は緩んでいるけど、嫌味のような謙遜をしてしまったことになる。

 お水で口を潤す。

「ゴールデンウィーク、よかったらどこかに行かない?」

 断られそうだと思いつつ、誘ってみる。

「……いいよ」

「え、本当に?」

 思わず大きな声が出た。

「わたしはいつでも、大丈夫」

 自分のスケジュールを思い描く。

「じゃあ、来週の土曜日とか、どう?」

 千日紅さんはこくりと頷く。

「やった」

 千日紅さんと学校外で会う約束なんてできるなんて、思ってもみなかった。

 休みの楽しみがまた一つ増えた。どこに行こうかまたじっくり考えよう。

 

 食事と会話を交互に繰り返し、スープを飲み切ってごちそうさま。冷水を口に含み一息つく。満足感が全身に伝う。

「柿原くんの子どもの頃って、どんな感じだったの?」

 千日紅さんがおもむろに訊いてきた。

「そうだなあ。いまとそう変わってないと思うけど、強いて言うなら、とにかく姉さんの真似事をしていたね」

「お姉さん? あの、桜餅のストラップをくれた」

「うん。まあきょうだいで下が上のすることを真似るなんてよくあるけどね。……姉さんはいつも楽しそうでかっこよくて、すごく慕われるから、憧れてたんだ」

 憧れているのは、いまも変わらない。

「柿原くんにそう言わせるなんて……」

 僕は一瞬ためらい、足の真ん中で両手を握ってから思い切って、

「千日紅さんのことは、訊いてもいい? 子どもの頃どうだったか」

 子どもの頃の話題に触れたのは彼女からだ。僕が訊き返すのは自然な流れ。

 しかし。

 普段千日紅さんは自分のプライベートを語らない。さっきも家族の話は深く話したがらなかった。友達がいなかったとは聞いているし気軽には話せないのだろう。

 僕としても普段、なかなか踏み入ったことは訊けない。慧が相手でも好きな人のことは気になったが、問い質すことはできなかった。

 今日もお墓でのこと、深くは訊けなかった。

 でも僕は、千日紅さんのことをもっと知りたい。

「どうして千日紅さんは、ひとりが楽って思うようになったの」

 千日紅さんは窓から空を眺めている。その眼差しは晴れ渡る空色に向けられたものではないのだろう、曇っていた。

 僕に顔を向けて言った。

「外に出ない?」

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