鈴
十一時を回り、商店街のほうへ戻ると通りはさっきより人に溢れ騒がしくなっていた。
「人、増えてきた」
千日紅さんがぽつりと呟く。
「やっぱり人通りの多いところは苦手?」
京小路に行かないほうがという考えは正しかったか。
「大丈夫。好きではないけれど、大丈夫」
「そっか」
「気遣ってくれて、ありがとう」
「そんなそんな」
首をさする。
少し歩き、開口が障子のデザインになっている小さな店を見つけた。入り口には暖簾がかかっており、鈴の形の中に「
「いらっしゃいませ」
中に入ると、奥のカウンターにいる髪の長い店員さんから掛け声があり、会釈する。
店内は明るい雰囲気で、床が畳のような形状をしていたりバッグが置かれた棚が違い棚になっていたりと、まるで和室に入ったかのようだ。正面のテーブルに様々なタオルやがま口ポーチが置かれている。雑貨屋だけあってハンドクリームや化粧品なども並び、kokoromoとは違った多彩さがある。
そしてkokoromoがおしゃれなデザイン性だったのに対し、こちらはデフォルメした食べ物や動物など、可愛いと形容したくなるデザインのものが多い。だるま柄のポシェットがあるが、顔に険しさが一切ない。
「柿原くん、あそこ」
千日紅さんが真ん中にあるテーブルを指差して向かっていくので、僕もついていく。振り向くと弾む声で言った。
「和菓子」
やっぱりそれかと笑う。
テーブルには花見団子の巾着、桜餅のがま口、柏餅のハンカチなど和菓子の雑貨がたくさん置かれていた。京菓子というものが存在するだけあって、モチーフにされやすいようだ。
「可愛い」
千日紅さんが幸せそうな声を出す。
「そうだね」
こっちまで幸せな気持ちになれる。
キャラクターになった和菓子などが描かれここでもポップなデザインをしている。
同じテーブルにアクセサリーコーナーがある。ピアスやネックレスが並ぶ隣に、小さな竹皿がいっぱいある。一つ一つに鳥や果物、和菓子のバッグチャームやキーホルダーが入っている。
「おー、いいな」
「柿原くん、やっぱりそういう可愛いもの好きなのね」
菅野さんに言われたことを千日紅さんに言われる。
「そうかもしれない」
僕も他人事のようになる。あまり意識したことがなかったけど、言われてみれば可愛い癒されるものを好む。
「こんなものもある」
千日紅さんが小さなたい焼きの置物を手に取って見せる。
「箸置き」
箸置きだった。
「三色団子もあるよ」
「素敵。机に飾りたい」
箸置きだよね。
他も見たあと、千日紅さんは三色団子の箸置きを手に持った。
「買う?」
「ええ。これなら買える」
千日紅さんがお会計を済ませ、僕も続く。
「柿原くんは何を買ったの?」
「ちょっとお土産、姉さんと母さんに」
アクセサリーなどを買い、袋を分けてもらった。
お店を出て、千日紅さんが立ち止まる。
「ねえ柿原くん」
「はい」
「寄りたい場所があるのだけど、いいかしら」
「おっ」
寄ってみたい場所があったなんて。乗り気で頷く。
「いいよ。どこ?」
千日紅さんは右を向いて、指を差す。
「ここ」
「近っ」
隣だった。
そこは狭い空間にすっぽり収まって何もない場所だと見落としてしまいそうだが、上部に五色の暖簾のようなものがかかった山門があり、お寺となっているらしい。
入り口からはわずかに正堂が見えるだけだったが、中は思ったより開けていて、左に並んでいる墓石と像に目を見張る。
「……お墓?」
息を呑むような厳かな空気に背筋が伸びる。参拝をして正堂を回り奥へと進むと、灯籠に囲われて塔のようなものが立っている。
「あれ、何だろう」
「……和泉式部のお墓よ」
千日紅さんが塔に目を向けたまま答える。
「へえ、お墓」
和泉式部って、歌人だったよね。昔の。こんなところにお墓があったなんて知らなかった。
どうしてここに来たのか疑問に思っている僕に、千日紅さんは説明するように言った。
「特別意味はないの。この場所に。ただ和泉式部に興味があって、憶えていたから……見ておきたかった」
「へえ、そうなんだ」
特別な意味はない、か。
しかし静かに塔を見つめ物思いに耽っている彼女の様子を見ていると、本当は何か大事な目的があるのだろうと思えた。
気が引けて深くは訊けなかった。
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