図書室での遭遇
二階の渡り廊下から、レンガタイルの建物へ移る。通路の前には進路相談室があり、その隣に視聴覚室の入り口がある。そして視聴覚室の前に階段が備えられていて、一階に行くと図書室だ。
こちらも二つの入り口があり、右は司書室の方なので、左のドアを開けて中へ入る。途端に、重厚な空気に見舞われる。図書室では静かにという雰囲気が全体に漂っている。
まず正面の丸テーブルが目に入った。本が円状に並べられている。課題図書でも置いているのだろうか。
そこから斜めに二つの丸テーブルが続いて配置されていて、隙間を埋めるように書架が横向きに立っている。特徴的な置き方だ。奥にも書架や四角いテーブルが少しだけ覗いている。
手前側にカウンターがあって、一人の女子が座っていた。見覚えがある。でも名前が出てこない。今朝会ったばかりの人、慧と同じクラスで同じ部活の。
思い出した。
近づいて声をかける。
「堀内さん」
「ん?」
彼女は入室してきた僕を気にも留めていなかったようで、驚かれる。
「ああ、えーと」
堀内さんも僕の名前が思い出せずにいるようだ。
「柿原だよ、泉慧と一緒にいた」
「ああ、そうそう。ごめん」
「いやいや、こっちこそ驚かせた」
カウンターにはデスクトップパソコンが置かれ、端のほうはプリントや本などが積み上げられている。堀内さんは何か紙に書いている。何の仕事だろう。
堀内さんの背後にある二つのテーブルが目に留まる。片方に本が無造作に置かれているが、もう一方の机の上、携帯のそばに、赤い背景に大きく特徴的な鳥が描かれた柄のクリアファイルがある。図書委員用の作業台といったところか。
「堀内さん、図書委員なの」
「そうだよ」
カウンターの向こうに座っているのだから、訊くまでもないことだ。
見渡す限り人がいない。テーブルが寂しそうにしている。
「もしかして、人いない感じ?」
「放課後はそんなに来ないよ。昼休みならぼちぼち。いまは勉強スペースのほうに数人いるぐらい」
堀内さんは肩を伸ばしながら答える。
「勉強スペース?」
そんなものがあるのか。
「知らない? あっちの書架の向こう側に机が並んでるの」
堀内さんは壁のようになっている端の棚を指して言った。
「へえ」
司書室の奥側か。
「ま、勉強スペースってのは俗称だけどね。本当は個人用閲覧スペース。前の棚に参考書とか過去問がずらっと並んでるから、自然と勉強する人が集まるんだよ。それで三年生の勉強スペースってなったみたい」
「なるほどね」
そうなるように意図してのことだとも思える。
「柿原くんは何しにきたの。遊びに? それとも勉強に」
堀内さんが両手で天秤を作りながら訊いた。
「中間ってとこかな」
「ふうん?」
図書室に寄りたかったのは、校外学習の下調べをするためだけど、半分ぐらいは好奇心で来ている。
「図書委員おすすめの本とかはありますかね」
冗談のような感じで訊くと、堀内さんは「それなら」と一番手前の丸テーブルを指した。
「一応、あそこにございますよ」
堀内さんは事務的な返答をしたあと、ふっと笑う。
「図書委員が毎月紹介するんだって。まだ一年のはないけど」
「へえ。一年は来月からとか?」
「そうそう。まずは先輩が作ったものを見なさいってさ」
「いきなりはできないもんね。じゃあ、ちょっと拝見させてもらおうかな」
「どうぞごゆっくり」
丸テーブルには中央に小さな切り株のオブジェがあり、その側面に丸く縁どられた文字が貼られ「今月のおすすめ」となっている。それを囲って木製のブックスタンドがまばらに配置され、本とそれを紹介するカードが飾られている。けっこうおしゃれだ。
その中に弥一が読んでいた本があったのが目についた。二年七組、
弥一もこの人に勧められたのだろうか。部活で勧められて読む気になったと言っていたけど、それだけ興味を惹かれたのだろうか。
ふと悪い想像が頭を過った。もしかすると弥一は、この人に気があるから読もうと思ったのではないかと。そうすればその本について話すことができる、お近づきになれるかもしれない。
いやいやまさか。僕がそんな想像をするなんて。
今日はずっと、慧に好きな人がいるという衝撃的な話が頭から離れない。慧と恋なんて磁石のN極とS極のような関係だと思っていたから。
しかし僕はここに恋愛について考えようと来たわけではない。
丸テーブルから離れ、その前にあった本棚に目を移す。上のプレートに「政治・経済」とある。僕が探している本はどの分類に属するのだろう。本屋なら旅行雑誌コーナーになるけど、ここなら「観光」とかだろうか。
裏に回る。
すると、棚で隠れていた四人テーブルに一人の女子生徒が座っていた。そこに人がいたこと以上に、そこにいた人のことで驚く。
「千日紅さん」
彼女もその声で気づき、切れ長の目が少し見開かれた。
「……柿原くん」
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