篠原家の食卓

晴海川 京花

第1話 一家団欒

 彼女の名前は、篠原冬美しのはらふゆみ。高校一年生で、テニス部に入っている。

 今日も部活を終えて、途中まで部員の友達たちと一緒に帰宅をしている。

「あ、じゃあ。私はこっちだから、また明日学校でね!」

「うん! じゃあね。バイバイ」

 冬美ふゆみは友達たちと別れると、通いなれた道を通って帰宅する。

「今日も疲れたな。でも、大会が近いしみんな気合入るよね。私も負けてられないな」

 冬美ふゆみの住んでいる近所には商店街があり、登下校の帰り道でよく使っている。

 その商店街は、夕方になると買い物客で活気づいていき、小さな飲食店から食欲をそそる良い匂いが漂ってくる。

「にしても、お腹すいたなぁ」

 冬美ふゆみは今日の晩御飯の事を考えながら商店街を歩く。

 

 帰宅した冬美ふゆみは夕飯を期待しながら玄関の扉を開けると、鼻唄交じりで居間へと向かう。そこに近づくにつれ、食欲をそそるいい香りがしてきたので想像しながら笑みを浮かべる。既に空腹状態なだけに、その欲を早く満たしたいという気持ちになり、ほんの僅かな距離なのに急ぎ足になった。中に入ると同時に、満面の笑顔で元気よく声に出した。


「ご飯!」


 娘の突然の声に驚く父と母。

「お母さん! 私、お腹すいた!。今日のご飯は何ですか?」

「全く、びっくりするじゃない! 突然、大声をだすから」

「ごめんなさい」

 素直に謝る娘。

「でもね、今日はお父さんが作ってるわよ」

「え! お父さんが作ってくれるの! 楽しみ」

 そう言うと冬美ふゆみは、台所で料理を作っている父に声をかける。

「お父さん。何を作ってくれてるの?」

「お、おかえり。そうだなぁ、出来上がるまでのお楽しみだよ」

「えぇ。教えてくれてもいいじゃん!」

 娘は父の言動に、少しふてくされる。

「リビングで母さんと一緒に待ってなさい」

「はーい。楽しみにしてるね!」

 そう言うと冬美ふゆみは素直に従い母のもとへ行く。


 待つこと約一時間。

 台所からお皿を持ってきた父親が、娘と妻の前にすっと料理を置いた。

「はい、お待たせしました。お嬢様方」

「わーい。待ってました! おいしそう! 食べるのがもったいないぐらい綺麗」

「つい、写真を撮りたくなるな」

「ありがとう。これは、僕の自信作でもあるんだ。名付けて、【旬の野菜が盛りだくさん。いろどあざやか野菜カレー】だよ」

 自信たっぷりに答える父親に、娘と妻は拍手を送る。

「では、頂くとしましょう」

「いただきます!」

 空腹を満たそうと、父が振る舞った手料理を味わいながら頬張る母娘。美味しく食べてくれている様子を見ると、嬉しそうに少しずつ口角が上がってしまう。

「こらこら二人とも。そんなに急いで食べなくてもまだいっぱいあるんだから。ご飯は逃げないよ」

「だって、お父さんの作る料理って全部美味しいんだもん!」

「そうそう。お父さんの料理は絶品だからねぇ。おかわり!」

「あ! 私もおかわり!」


 ほぼ同時に突き出されたお皿をたじろぎながら受け取ると、ご飯をよそりに席を立つ。お皿をよそったカレーは短時間できれいに無くなっていた。それを見て、まだ食べ足りないのかなと思い今度はさっきよりも大盛りにしてあげて、こぼさないように一つずつ慎重に持っていき二人の目の前に置いた。 


「はい、どうぞ」

「ありがとう! って、あれ? さっきよりも……多いような……?」

「こちらもどうぞ」

「おぉ。ありがとう! いい感じの盛り具合だね」

「うん。まだ足りなさそうだっからね。少し大盛りにしてみたんだ。洋子には丁度良かったみたいだけどね」


 予想と違ったのか、渡された量を全部食べきれるのかを不安を感じている娘に対し、美味しそうに次々と料理を口に運んでいる妻を見ていると、今も昔と変わらない食欲旺盛なところに何処か懐かしさをひしひしと感じつつ、冬美もいつかこうなってしまうのではないのかと、水を飲みながらふと思ってしまった。


冬美ふゆみ。父さん、ちょっと多くよそり過ぎちゃったみたいだから、食べきれなかったら残してもいいんだよ?」

「いや! 大丈夫……多分。全部食べる!」

「安心して。無理そうならお母さんが食べるからね」

 大盛りになったお皿を手に取り、カレールーと白米を交互に味わう母。それを見てさっきの不安は消えたのか、負けてなるものかとまるで競争しているかのように噛み締めながら残さず食べるを心がける娘。

 その二人を見ながら、にこやかに食べている少食の父。食卓に並べられた料理が、三人の胃袋を存分に満たしていく。

 炊飯器に残ったお米をお皿に盛って、カレールーを流していく。三合炊いたお米とカレールーは綺麗になくなり、全員が食べきったところで父の号令のもと、三人一緒に手を合わせ家族団欒の楽しい食事が終わりを告げた。


「「「ご馳走さまでした」」」


「大満足! もうお腹いっぱい」

「ふぅ。美味しかった!」

「うんうん。こんなに美味しそうに食べてくれるから、作ったかいがあるよ」

「えへへ、いつも美味しいご飯をありがとうございます!」

「ほんとだよ。ありがとう」

 楽な姿勢で椅子にもたれて、満腹になるまで食べたお腹を擦り、満面の笑顔で幸せを感じている母娘。その満足そうな顔を見ると、つい嬉しくなって自然と笑みがこぼれる父。食後の休憩をしてるなか、空いたお皿を片付けようと一足先に席を立つ。飲んでいる途中だった水を一気に飲み干すと、空いたお皿を丁寧に重ねていく。

 今にもその場で寝てしまいそうな表情をしていたので、なるべく音を立てないように静かに台所まで持っていく。

 片付けが終わり食卓が綺麗になると、父親は次はどんな料理を作ろうかと頭の中でレシピを考えながら腕まくりをすると、歯切れよく食器を洗い始めた。

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