帰省の裏で

 姉の長女郁子から電話があった。


 母和子の容態が急変したとのこと。実家で落ち合うことにした。


「行ってくる」


「あ、私もいくわ、お義姉さんたちにしばらく挨拶してなかったから」


 結局家族4人で行くことになった。


 雪太は車を飛ばす。


 2時間かけて実家に到着した。


「おかんは?」


「もう病院よ」


 母は心臓が悪い。半分寝たきりである。


「心臓が悪化したんか」


「違うのよ。栄養不足らしいわ。それで倒れたんやと」


「やっぱりな、ご飯とハムばっかり食ってたからな」


 下の姉、瑠璃子が到着した。


「どうしたって」


 郁子が詳細を説明しはじめる。


 雪太は前から思っていたことを口にする。


「ここらが潮どきじゃない?」


「なんの」


「老人ホームのことだけど」


 郁子がお金のことを心配する。


「調べてみるわ」


 大河と郁子の子の義明がゲームで遊んでいる。いとこ同士仲がいい。


 郁子がスマホをいじくっている。


「ピンキリやけどだいたい月10万円くらいやて」


「じゃあ心配ないじゃないか。おかんの年金と井上造花店に貸してる店舗の賃料5万円でぴったりやんか。もしなにかあってお金が足らんようになったらおれが持つし」


 そのことばに静江が耳打ちする。


(あなた、うちがいちばん年収低いじゃないの)


「出せるん、あんた」


 瑠璃子が顔を?マークにして聞いてくる。


「大丈夫や、3000万円ほど株で持ってるから」


「えっ!」


 静江が目をむく。


「それやったら安心やな。せめて個室のとこがいいからな」


 郁子が安堵した様子。


「でもなるべく10万円で収まるところを探してみるわ」



 病院にみんなで行くことになった。


 車の中、静江が少しむくれている。


「なんでそんな大事なことをいままで隠していたの!」


「隠していたわけじゃないけど……5000万円になったらサプライズするつもりだったんだよ」


「まあ、いいわ。これで大河と恵利の大学費用も安心ね」


「そういうこっちゃ。それとあと、ふたりの老後資金な。生活費にまわしたくなかったんだよ。帰ったらどうやって現金化するか、じっくり教えるよ」


 途端に機嫌が良くなった静江。金の力は強い。


「あのね~、私、冬物のコート、深緑のやつ。あれ一着しかないんだけど」


「だから?」


「真っ白な新しいやつがほしいの」


 そういいながらほっぺたにキスしてくる。


「え~い、使えん金って言ってるだろ」


「この前デパートですごくいいのがあったのよ」


 なおもしつこくせがむ静江。


「わ~かった、分かった生活費のほうから買えばいいじゃん。でも5万円までだぞ」


「やったー!」


 まあ、女はこういう生き物である。仕方なしか。


「お義母さん無事だったらいいね」


 取ってつけたようにしゅんとする。現金な態度に思わず苦笑いの雪太。


「大丈夫、大丈夫」



 病院に到着した。独特の匂い。


 郁子がいろいろ聞きながら病室を探している。


 病室に入る。倒れたところを発見した叔母が付き添っている。


「あんたちゃ遅いわねー」


「ごめん。叔母ちゃん。いろいろあったんよ」


 郁子は看護師である。仕事を途中で抜けてきたとのこと。


「おかん、おれやで」


 返事がない。


「さっき病院食食べてお腹いっぱいになったらしいわ。よう寝てるわ」


 叔母が言う。


「もうとにかく料理が嫌いやったからなぁ、ママは。それであんな偏食してたんよ」


 と瑠璃子。


「それでさっき話してたんだけどな。そろそろ限界かなと思うて、老人ホームのこと考えんとダメだって話になって。じゃないと私らみんな仕事してるし、手がまわらんのよ」


 叔母が少しおかんむりで雪太に言う。


「雪太、あんた自由業やろ。自由にできるんと違うんか」


「あのなあ、絵を描く時どれほど集中せないかんか叔母ちゃん分かってないやろ。極限に集中せな肖像画なんて描けんのやって。自由業を軽々しく考えんでほしいわ」


 ため息をつきながら叔母が母のひたいをなでる。


「もうそんな歳なんかなぁ、知らんうちに歳とってなぁ」


 叔母が涙ぐむ。


 みんなは解散しそれぞれの家へ。



 それから一週間後、郁子から電話が。


「ここどう思う?」


 郁子が要件を読み上げる。


「ここいいんじゃない」


「そうやなぁ、三人で見に行くか」


 また三人実家に集い、そこから出発する。


 かなり山間に入っていく。


 いかにも老人ホームという施設のたたずまい。玄関を通る。


 職員に案内され廊下を奥へ。


「こちらでございます」


 通された四畳ほどの狭い個室。


 職員に聞こえないように郁子に言う。


「狭いな、10万円じゃやっぱりこんなもんか。寝るだけの部屋やん」


「ママには少し我慢してもらわんと。相部屋は絶対に嫌がるやろうしな」


 部屋にある窓から斜めに入る夕日。母の終の棲家になるかもしれない場所。


「ここでいいね」


 郁子が事務所へ向かって出ていく。


「おれも最後はこんな所に入れられるんだろうな」


 瑠璃子がぼーっと畳に座っている。


「哀れやな、歳取るって」


「おれは自分の家で死にたいわ」


 郁子が戻ってきた。


「契約終わったわ。みんな、なるべく会いに来るようにな」


 ホームから出る。


 窓からの夕日が頭から離れない。




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