家族写真

 次の日から雪太は頭にタオルを巻き、キャンバスに正式なデッサンを描き始めた。脳裏に焼き付いたイメージと、スケッチを見比べながら鉛筆で写していく。


 昼過ぎには大まかに、まずはイメージ通りのデッサンが描けた。


「順調なの?」


「まあいい感じかな。下絵は可愛くできたよ」


 遅い昼食を食べながら雪太はにこりと微笑む。


「明日は大河の誕生日だろ、遊園地にでも連れて行こうと思うんだけど。絵の方はじっくり進めて行きたいんだ」


 紅茶をいれながら、静江の顔がパッと輝く。


「いいわね、最近お出かけしてなかったもんね」


「おれも最近根を詰めて、集中できなくなっているんだ。気晴らしも仕事だよ」



 日曜日当日になった。すんの散歩を済ませ、車を出す。


 子どもたちは、後ろではしゃいでいる。1ヶ月ぶりの遠出だ。たまに連れて行く遊園地。


 入場料を払い、大河が好きな空飛ぶブランコに乗せてやる。大河が安全装置でがんじがらめになる。ブランコが上に上がりゆっくりと回り始める。正式な名称は、ウェーブスインガーというらしい。アトラクションが終わり、大河が降りてくる。


 その間に、静江と恵利はコーヒーカップに乗っている。


 合流し、みんなでフライングカーペットに乗る。恵利がはしゃぎ、大河が笑っている。楽しいひととき。


 ジェットコースターは小学生以上しか乗れない。なのでパス。


 ここで一旦休憩がてらレストランへ。


 各々好きなものを注文し、食べ始める。


「楽しいか、恵利」


「うん!」


「次の観覧車で終わりにしよう」


「え、もう?」


 雪太が微笑む。


「行くところがあるんだ」



 食事を終え、4人で観覧車に乗り込む。大河が浮かない顔をしている。観覧車は少しずつ高く上がっていく。


 外の町並みを黙って見下ろす雪太。大河の機嫌も良くなっていく。


「うひゃー高いや!」


 大河はにこりとして雪太と目を合わせる。


「父さんは、これから1ヶ月ほど仕事に集中しなけりゃならない。その間お出かけはなしだ。分かってくれるな」


「うん、分かった!」


 聞き分けのいい素直な子だ。これからも真っ直ぐに育ってほしいと願う。



 夕方4時写真館に到着した。家族写真を撮るためだ。雪太はスーツを手に持ち、建物の中へ。みんなもぞろぞろついてくる。


 店主とおぼしき人物がロビーでコーヒーを飲んでいた。


「ご予約されていた新垣さんですね」


「そうです」


「お洋服は、レンタルで間違いないですね」


「はい、よろしくお願いいたします」


「ではこちらへ」


 雪太は大河と一緒に男性用の更衣室へ。棚のうえにクリーニングをしてビニールにくるまれた濃紺のブレザーがあった。「新垣様」と書かれたそれをビニールから取り出し大河に着せてやる。そして自分も持参したグレイのスーツを着る。


 静江たちが女性用の更衣室から出てきた。二人ともドレス姿である。


「派手だなー」


 と笑いながら二階のスタジオへ。


 白い大きな布の前には椅子が2つ。そこに大河と恵利を座らせ雪太と静江は後ろに立つ。


 初めて残す家族の肖像。静江もすまし顔でシャッターが切られるのを待つ。


 主人が撮影用のカメラをいじくっている。微調整をし、「いきますよ」と声をかけてくる。


「はい、バター!」


 おやじギャグでにこりとさせる。


 カシャリ。


「もう一度、はいバター」


 カシャリ。


 残したかった家族写真。いまは時代も進んで、撮った写真がモバイル画面ですぐに確認できる。


「うん、両方ともいいんじゃない」


 と静江。


「そうだな。じゃあ、両方とも現像してください」


「分かりました。次はお二人様ということでしたが」


「そうです。結婚写真です。恥ずかしながら撮っていないんです」


 そう、雪太と静江は籍を入れただけで、結婚式も、披露宴もしてなかったのである。


 まだ雪太がパチプロをやっていた頃だったので、二の足を踏んだのだった。


 静江が一階に降りて行き、ウェディングドレスに着替え戻ってきた。緊張する雪太。二人並んで斜めを向きカメラに納まる。


 これも二枚撮り、両方とも現像してもらうことにした。


 下のロビーで30分ほど待つ。厚手の紙製の額縁に入れられ、立派な家族写真と結婚写真が仕上がってきた。それらを見て静江が目頭を熱くしている。


 そんな静江の肩を、雪太は優しく抱いた。



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