静江のお仕事

「さあ、お仕事お仕事」


 静江は軽く化粧をし、月、水、金は午前11時から午後の2時までパートに出かける。


 障がい者就労支援施設「ひまわり」で働く障がい者たちに食事を準備するのが静江の仕事だ。


 今日も家に一台ある軽自動車に乗って出発する。


 食事を作る訳ではない。契約している惣菜屋から持ち込まれるおかずを配膳していくのだ。ご飯だけは施設にある台所で炊く。


 いろんな障がい者たちが静江に話しかけてくる。その相手をするのも仕事のうち。


 毎日ではないし時間も3時間と短いので、給料は月3万円ちょっと。でも楽しいし、やりがいのある仕事だ。この3万円が静江の小遣いになる。化粧品や雑誌などですぐに消えてしまうが。


 暇な時はひまわりの職員とぺちゃくちゃしゃべって過ごす。これでストレス発散である。


 昼食はただ。残ったご飯とおかずを丼にして、台所でいただく。ご飯が終わると家で作ってきた水筒にはいっている紅茶をごくごく。その間にも洗いものがたまっていく。


 みんなが食べ終わるのがだいたい12時40分くらい。そこから食器を洗い始める。


 食器をすべて洗い終わると、食堂のモップがけ。掃除が終わるとちょうど2時ごろになる。発達障害の子が、たまに椅子上げを手伝ってくれる。そういうふれあいが喜びでもある。



 ある日、静江と交代で火、木に来ていた岡野さんが仕事を辞めることになった。母親の介護の為だという。


 新しい人は韮沢にらさわさんという、50代ぐらいの肝っ玉母ちゃんという風貌の奥さん。


 これから2週間毎日出て仕事を教えることになった。


「……というわけで2週間出っぱなしだからね」


「ふーん、頑張ってね。おれのことは心配しなくていいから。昼めしくらい自分で作るし」


「頼んだわよ」


「たまには弁当屋に行こうかな。あっ、車が。いや10時ごろに行けば余裕か」


「まかせるわ」


 静江は菓子入れにはいっているアラレをぼりぼり食べながら新聞のテレビ欄を見ている。


「このドラマまあまあ面白いわよ」


 静江は雪太をドラマ視聴に誘ってくる。雪太もワンシーズンに1つだけは付き合うようにしている。


「じゃあ、その時間になったら呼んでよ。おれは最後の仕上げをしなくちゃならないから」


「分かったわ」



 雪太は、アトリエに入る。今日で終わらせるつもりだ。この老人の顔ともこれでおさらば。


 あまりに写真のように描いてもいけない。絵画感を残さなくちゃならない。その塩梅がひじょうに難しい。肖像画家としての腕が試されるところなのだ。


(写真よりも老けた印象がするな)


 よく見比べてみると写真よりも眉毛が白髪がかっている。両の眉毛に修正を加えていく。片方で3時間もかかってしまった。冷やした紅茶を飲んでいざもう片方へ……というタイミングで、静江が登場し、「始まるわよ~」とのお誘い。ヘナヘナと脱力し、リビングへ。


 大河も恵利もまだリビングでうだうだしている。


「もう寝る時間だろ。寝なさい!背が伸びんぞ」


 すると大河が「ほんとに?」と食いついたので


「本当だ。Googleで『睡眠時間 背丈』で検索してみ」


 大河が自分のスマホで音声認識をし、画面が出ると喋り始める。


「本当だ。10時に寝ろって言ってる」


「だろ?朝7時に起きるとすると10時に寝なくちゃならない。分かったら寝なさい」


「はーい」


「はーい」


「歯を磨くんだぞ!」


 説教をのたまうより、Googleで検索させたほうが説得力がある。そんな時代だ。


 ドラマの方は可もなく不可もなくの刑事もの。静江と感想を言い合い、こっちも寝ることにする。



 韮沢さんに問題が発生する。全ての仕事は言う通りにするのだが、米の炊き方がどうにも気にいらないらしい。ここでは仕事に入ったらすぐにその日の人数分を研ぎ、ざるにあげておくのだが、韮沢さんが言うには、研いだあと水に浸水させておくほうが美味しくなると言い張るのである。そして水は、左手をパーにして水の深さを計る目分量。


 確かにその方が美味しくなるとネット上に書かれている記事もある。しかし、それでは困るのだ。つぎに入ってくる人に韮沢さんが教える場合、マニュアル化出来てない経験則を伝えて行くことになる。


 そういう危うさを想像するに至らない頑固な中年女性。


「どう思います!素直な意見を」


 梶谷主任が静江に、帰りしな聞いてくる。


「うーん、この問題に限らず、全ての仕事を自己流にアレンジしていく可能性が高いんじゃないですかねぇ。おいおいトラブルが増えそうですけど」


「やっぱりね。そう思いますか。じゃあ、韮沢さんはなしの方向で」


「仕方ありませんね」



 次の日から韮沢さんはこなくなった。


「つらいな……」


 一言だけ言うと、静江は自分の仕事をたんたんとこなしていった。





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