第176話「飼い主の顔も覚えてないの!!?」
「レベルⅢ環境耐久兵装、レベルⅣ電子戦兵装展開」
彼女の身体に沿うようにして紫電が走る。
薄い皮膜がララを覆い、装備が構築される。
所持する特殊金属のほぼ全てを消費して、彼女は今作ることのできる最大限の準備を施した。
「入り口の辺りは特に何もないわね」
洞窟へと踏み込んだララは、油断なく周囲を警戒しながら進む。
じんわりと湿った内部の空気は冷たく、水分を多分に含んだ足下の泥は行動を阻害する。
ナノマシンで強化された視界でなければ、明かりが必要だっただろう。
「サクヤは毎日よくこんなとこに行けるわね」
そこは到底人の進む場所ではなかった。
巫女が毎日過ごす場所ならば、もう少し整備くらいすればいいのに、とララは愚痴を零した。
「そろそろかな?」
身をかがめて歩く事数分。
通路の奥に広い空間の気配を感じ取る。
先行させていた指先の眼からも、同様の情報が送られていた。
「――とりあえず挨拶代わりね」
ララはベルトに吊った銀球の一つを取り外すと、底部に付いたピンを抜く。
黄色い小さなランプが点滅したのを確認すると、彼女はそれを広い空間に向かって投げた。
「――バン」
閃光と稲妻が弾ける。
風船の割れるような高い音が響き渡り、空気を揺らす。
事前に目を閉じていたララでさえ光を感じるほどの、強烈な光だ。
「さって、どうかな?」
光が治まるのと同時に、ララは待機状態のハルバードを手に持って広場に躍り出る。
指先の眼も最大限活用し、彼女は素早く状況確認を行う。
「目立ったところはない。杞憂だったかな」
そこは円形に広がった広場だった。
床は先ほどまでと打って変わって、滑らかな石畳で舗装されている。
周囲には細い円柱が立ち、奥には扉がある。
「ここがサクヤが通ってる場所かな」
部屋の中央には簡素な背もたれもない椅子がある。
どことなくシュールなその光景に笑みを浮かべつつも、ララは更に周囲を探索する。
「よし、じゃあ奥に――」
『Pipipipipipipipipiiiiiiiiiiiiiii!!!!!!!!!!!!』
「やばっ!?」
探索を終え、更に奥へと進もうとしたその時。
部屋の中央、椅子の下からアラーム音が響き渡る。
咄嗟にララは身を屈め、目を閉じる。
「『電磁防護壁』!!!」
ナノマシンの光が迸る。
彼女を包むようにして半透明の膜が展開される。
全てがスローモーションの世界で、膜の構築が完成していく。
轟音が響く。
洞窟全体を揺らすような衝撃が走る。
先ほどララが投げ込んだ電磁パルス放射弾よりもはるかに強力な一撃だった。
パラパラと落ちてくる砂礫を被りながら、ララはすぐさま現状を確認する。
「よかった。防護壁展開はギリギリ間に合ったわね」
電子機器の塊である特殊装備類は、間一髪間に合った電磁防護壁と事前に装備しておいたレベルⅣ電子戦兵装のお陰で全て無事だった。
己の反応速度と用意周到さに、ララは賞賛を送る。
「とはいえさっきの一撃、あっちは見てるわよね」
ハルバードを展開し、ララは音の発生源に指先の眼を向かわせる。
衝撃で吹き飛んだ椅子のすぐ下に、巧妙に偽装されてはいるがララにもよく見覚えのある機構があった。
「よくもまあこんなの設置してたわね。まあ、時間はたっぷりあっただろうけど」
それは、彼女も見慣れたセキュリティ設備の一つだった。
携帯用電磁パルス放射弾の何倍も強力な電磁波を放ち、侵入者の持つあらゆる装備を使用不可能に陥らせる。
ララのいた世界であれば限りなく有用だが、この世界においては限りなく無用な代物だ。
「まあ相手もこれで私がやられるなんて思ってないでしょ」
恐らくは挨拶代わり。
ララはそう確信して、扉の奥へと進んだ。
「あれ、スピーカーとホログラム映写機もあったわね」
椅子の下の機構に備えられていたのはセキュリティだけではなかった。
それらの機器を通して、神の声とやらをサクヤに伝えていたのだろう。
「中々小粋なことするようになったわねぇ。昔は冗談も通じないような堅物だったのに」
思い出の中の姿と照らし合わせ、その性格の変貌具合にララは思わず吹き出す。
ここまでやってきて、神の正体はほぼ確定した。
となれば、その責任は全てララが取るべき物だった。
「扉の奥はまた荒れてるわね」
意外とすんなりと開いた扉の奥は、また未舗装の湿った洞窟が続いていた。
幸いなのは、入り口よりも上下の幅が広く、立ったまま歩きやすいという点だ。
「とはいえ、ここから先は向こうも容赦ないでしょうね」
油断なく警戒しながら、ララは進む。
敵は彼女よりもはるかに高スペックだ。
その時、唐突に扉が閉まる。
「げっ!?」
ひとりでに閉まる扉に、ララは思わず悪態をつく。
すんなりと開いたのは、向こうが招き入れたからだ。
「つっかえ棒でもしておけば良かったわね!」
閉鎖された空間で、ララは重心を低く保つ。
何か起きた時、すぐさま行動に起こせるように身構える。
『ヨウコソ、侵入者サマ』
「っ!?」
洞窟の中に無機質な声が響く。
「やっぱりアンタなのね……、サクラ」
半ば確信していた事実が確定し、ララは拗ねたようにその声の名前を言う。
それは高い高い金額にローンを組んでやっとの思い出購入したものだ。
長い長い航海のほぼ全ての日々で会話を繰り広げた唯一無二の親友でもある。
『アア、ソノ声ハ! マルデ私ノ旧友デハアリマセンカ!』
「まるでも何も、私は私よ」
サクラと呼ばれたその声は、驚いたように言う。
『シカシ私ガ目覚メテカラ幾星霜。モハヤアノ方ハ平均寿命スラ遙カニ越エテイラッシャル』
悲しみを帯びて、声は言う。
どれほどの時間が経ったのだ、とララは改めて考え、すぐにやめる。
今はそれをするほどの余裕はない。
「どう考えても私以外いないでしょう。コールドスリープでつい最近まで眠ってたのよ」
『オオ、アナタハ随分トオ詳シイ。デスガ悲シイカナ。私ハ生体認証装置ヲ故障サセテシマッテイルノデス』
「……だから私がララと認識できないと?」
『オオ! アナタハ我ガ主ノ名前スラ言イ当テル!』
「だから私がララだって言ってんでしょ!? このポンコツ!!」
のらりくらりと本質を避けるような会話に、ララは激昂する。
ガンガンとハルバードの石突きで地面を叩く。
「あーもうやってらんない! こうなったらアンタの中枢に直接ナノマシンぶっ込んで奥歯ガタガタ言わしてやるわよ!」
『――敵対宣言ヲ感知シマシタ』
「は? いや、今のはそういう――」
『侵入者ヲ排除シマス』
洞窟の岩肌に白い光が何条も走る。
重低音が響き、何かの機構が作動する気配がする。
「待って待って待って、私よ! ララ! あんたの持ち主!」
『第一次迎撃システム、作動』
岩肌が剥がれ落ち、中から太い金属製のアームが無数に現れる。
それらの先端には全て細い筒が付いており、揃ってララの方へと向けられていた。
「ああああああああ!!!」
ララはくるりと反転すると、すぐさま脱兎の如く駆け出す。
扉に辿り着き、ガンガンとハルバードで叩くが、微動だにしない。
特殊金属製のハルバードの連撃すら、その扉では傷も付かない。
「なぁぁあにが侵入者排除よ! 飼い主の顔も覚えてないの!!?」
甲高い音が響く。
次の瞬間、白い光の槍が彼女に殺到した。
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