第174話「やっぱり和風はいいものね」

 店の奥からやってきたのは、藤色の着物の若い少女だった。

 カミシロの人にしては珍しい、明るい亜麻色の髪を白い紐で一房に纏めている。

 ほっそりとした体格だが、気立ての良さそうな溌剌とした空気を纏っている。


「いらっしゃいませ! ようこそ、『花行燈』へ」


 少女はそういうと、花のように笑みを浮かべる。


「こんな遅くに申し訳ない。三人で部屋を取りたいんだが、大丈夫か?」


 三人を代表して、イールが前に進み出る。


「もちろん大丈夫ですよ。三人一部屋でも、三人三部屋でもご用意できます。ただ、今日はもうお食事が出せないんですが……」

「三人一部屋でお願いするよ。今日は食事はいい。風呂に入れるかな?」

「お風呂は一日中、掃除以外の時ならいつでも入れますよ!」


 二人の間で話はするすると進み、イールは三人共有の財布の中から代金を支払う。


「あれ、これってカミシロのお金じゃないですよね?」

「あっと、こっちじゃ金が違うのか」


 銀貨を受け取った少女が、怪訝な顔になる。


「髪色や瞳の色も鮮やかですし、お客さんたちってもしかして大陸から来たって言う旅人さんですか?」

「もう噂が広がってるのね……」

「確かに間違ってはないが、凄い伝播速度だなぁ」


 黒い目をキラキラと輝かせ、少女が尋ねる。

 イールたちは噂が広がる速度に驚きつつも頷いた。


「あ、わたしこの宿の娘のコハルって言います! お母さんとお父さんと、兄ちゃんたちと一緒にお宿をしてるんですよ」

「ああ、名前はまだ言ってなかったか。あたしはイール、傭兵だ」

「わたしはロミと申します。キア・クルミナ教の武装神官です」

「私はララ。えーっと、一応傭兵?」


 三人の自己紹介に、コハルは感激しているようだった。

 ララは彼女の後ろに、ぶんぶんと尻尾を振る犬を幻視した。


「わたし、カミシロ人以外を見たの初めてなんです! すごいなぁ、かわいいなぁ……」


 恥ずかしがる様子もなくストレートに感情をぶつけてくるコハルに、三人はたじたじだった。


「それで、金はどうしたらいいだろう?」

「あっ! そういえばそうでしたね。……えーっと、ちょっとナツ兄ちゃん呼んできます!」


 一瞬悩んだ後、コハルはそう告げて店の奥へと消える。

 疾風のようなその様子に、三人は呆然としていた。


「なんというか、元気な子ね……」

「宿屋の娘って聞くとミルを思い出すが、性格は全然違うなぁ」


 一人で宿を切り盛りしている港町の少女を思い出し、しばし感慨に耽る。

 そんなことをしていれば、すぐにコハルがパタパタと足音を立ててやって来た。

 今度は、何やら背の高い青年の手を引っ張っている。


「ほら、ナツ兄ちゃん! お客さん!」

「分かった分かった。そう引っ張るなって。……あー、いらっしゃいませ。こいつの兄でナツって言います」


 やって来たのは、コハルよりも更に髪色の明るい、茶髪の青年だった。

 短めに切られた髪はツンツンとした印象を持たせ、くたびれた群青色の着物を着ている。


「コハルにナツか……」

「俺が生まれたのが夏で、こいつが生まれたのが春なんすよ。俺の一つ上の兄貴はフユキだし、弟はアキオ」

「お父さんもお母さんも、名付けが下手だもんねぇ。ずーっと考えてこれになったんだっけ?」

「適当に付けられるよりはマシだろ。それより、金がなんだって?」


 ナツはコハルからあまり詳細は聞いていないらしく、首を傾げて詳細を求める。


「お客さん達、外国の方なの。だからカミシロのお金持ってなくって」

「ああ、そういうことか……。うーん、ちょっと銀貨見せて貰っても?」

「もちろん」


 ナツは頷き、イールから銀貨を受け取る。

 彼はそれをコツコツとたたき合わせたり、行燈の光にあてたりして観察する。


「ナツ兄ちゃんは宿の帳簿係なんですよ。毎朝お父さんと一緒に市場に買い出しにも行ってて、目利きもできるんです」

「へぇ、鑑定士みたいね。凄いわ」

「えへへ。フユ兄ちゃんもアキ兄ちゃんも、みんな凄いんですよ」


 驚きの声をあげるララに、コハルは我が事のように照れていた。


「うん。銀の含有率も十分かな。一泊三人で銀貨四枚くらいでいいっすよ」

「ありがとう。助かる」

「いえいえ。両替商なんてのも流石に大陸の金は扱ってないっすからね。十分な銀が含んであれば大丈夫っす」


 そうこうしているうちに鑑定は終わったようで、ナツが銀貨をイールに返す。

 銀の含有率から彼が提示した金額は、辺境に比べると少々高い印象を受けるが、相場から大きく乖離しているわけでもなかった。


「とりあえず、そうだな。二泊させてくれ」

「了解っす。それじゃあ八枚すね。食事は別料金すけど、宿泊してる人なら割引あります。風呂は掃除以外の時ならいつでも。部屋は三人一部屋っすか?」

「ああ、それで頼むよ」


 了解っす、とナツが頷き、店の奥へと歩く。

 それに続いて、ララ達も歩くと、階段の下で靴を脱ぐようになっていた。


「カミシロの土足厳禁文化ですね」

「すみません。大陸は違うんですか?」

「大陸、というか辺境では基本的に靴は脱ぎませんよ。あ、でもわたしこういう色んな文化を見るのが好きなんですよ」


 興味深いと声を漏らすロミに、コハルが話しかける。

 カミシロの住人の一般的な知識として、大陸の存在は知っているが、その文化や生活様式についてはあまり知られていないようだった。


「靴はそこの棚に入れるか、お部屋に持って行って下さいね」

「そうだな。一応部屋に持って行くか」

「だね。ちょっと盗まれたら困るし」


 コハルの言葉を受けて、三人は脱いだ靴を携えて階段を上る。

 ギシギシと軋む階段を上ると、宿の二階である。


「この部屋っす。えっと、鍵はこれっすね」


 長い廊下の途中で立ち止まり、ナツが言う。

 真鍮の古びた鍵を差しだし、それをイールが受け取る。


「ありがとう。助かるよ」

「いえいえ。それじゃ、ごゆっくり」

「ごゆっくり!」


 ナツとコハルが浅く頭を下げて、階段を降りる。

 それを見送り、三人は部屋の中へと入った。


「おお、広々としてるわね!」

「緑珠院にもあったタタミですね。気持ちいいです」

「……ベッドがない」


 宛がわれた部屋は、十畳ほどもある広めの部屋だった。

 背の低いテーブルと、足のない座椅子が窓際にある。

 殺風景な部屋に、愕然とした様子でイールが言う。


「ああ、多分ベッドじゃなくてお布団よ。そこの押し入れにあるんじゃないかしら?」


 イールの言葉に、ララは壁の一面にある襖を開ける。

 彼女の予想通り、そこには四揃いの布団が入っていた。


「随分詳しいな。というか、全体的にカミシロの家具は背が低いな」

「ま、それなりに調べてたりしてたからね。カミシロは色々と文化が違うけど、それもまた楽しいわよ」


 ほっとした様子のイールに手伝って貰いながら、ララは布団を敷いていく。


「使わない時は畳んで仕舞っておくんですね。場所を有効活用してて、合理的です」

「気軽に場所を動かせるのもいいわよ」


 見慣れない文化に、ロミは始終キラキラと目を輝かせている。

 布団もそうだったが、襖に描かれた独特なタッチの絵や、窓に嵌められた障子など、それら全てが辺境にはないものだった。


「やっぱり和風はいいものね」


 早速布団に寝転ぶイールや、興奮気味に部屋を歩き回るロミを見て、ララは少し誇らしげに呟いた。

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