第165話「なんというか、妙に疲れるのよね」
遠巻きに自分を見つめる現地住民達の視線になんとも言えない居心地の悪さを感じながら、ララ達はガモンに連れられて町を縦断する大通りを突き進む。
最初こそ、活気よく口々に売り文句を飛ばして客を引き寄せていた売り子達は、見慣れない異国の少女達がやってきたと噂する。
ララ達が歩くよりも速く噂は伝染して、いつの間にか彼女を一目見ようと町中の住人が大通りの両脇に黒山を築いていた。
「うぅん、流石に注目されてるわね」
困ったように眉を寄せ、ララが言葉を落とす。
「しょうがないさ。見たところ赤髪も金髪も銀髪もいないしな」
「ちょっとこれは恥ずかしいですね……」
イールの言うとおり、カミシロの民は皆一様に落ち着いた髪と瞳の色をしている。
大体の場合は黒髪。たまに茶髪も混じっている。
瞳の色も、おおよそは同じ傾向だった。
衆人の好奇の視線に貫かれ、ロミは恥ずかしそうに俯きながら歩いていた。
「やっぱり海隔てると人種が変わるのね。……でも、その割には言葉は一緒ね?」
「そういえばそうだな。所々分からない単語があったりするけど、意思疎通は問題ないし」
「見たところガモンさん達が特別っていう訳でもなく、普通に公用語として共通語が使われてますね」
ララが疑問に思ったのは、言語だった。
彼女の故郷でも、国や大陸や星が違えば使う言語も異なる。
というのに、カミシロは普通に大陸と同じ共通語を日常的に用いており、たまに固有名詞的な表現や方言的な言い回しが分かりにくい所以外は問題なくイール達も意思疎通ができている。
「恐らくじゃが、カミシロにもかつて大陸の人間が来ていたんじゃろう」
ララ達が首を傾げていると、先を歩いていたガモンが首だけ振り返って答えた。
「文献らしい文献なぞは残っておらんが、言葉が通じるあたりはそう考えるしかあるまい。漂流者か、旅行者か、はたまた侵略者かは分からんがな」
そもそも、共通語というのはキア・クルミナ教が自身を広く布教し信仰を深めるために大陸の広域に伝えた言語である。
その共通語が使われていると言うことは、多少なりともキア・クルミナ教の影響があると考えられる。
「見て分かるとおり、カミシロ人はその殆どが落ち着いた色合いの髪をしておる。じゃがたまに、本当に極希に、大陸の民のように眩い輝きを放つ髪と瞳をした赤子が生まれることもあるんじゃよ」
「へぇ。じゃあやっぱり大昔に誰か大陸の人が来て、しかもその血が若干混じってるのね」
ガモンの説明に、ララはぽむんと手を打つ。
なんにせよ、いちいちカミシロ語を解析して習得して、イール達に逐一通訳するなどという面倒な工程を省けるのは僥倖だった。
「しかし、そういう話ならば島で最も色濃く大陸の血を継いでおるのは、巫女様やも知れぬな」
白髭を撫でながら、ガモンが言う。
その言葉にララは首を傾げ、質問で返した。
「さっきからちょいちょい出てて気になるんだけど、巫女様っていうのはどういう人なの?」
「この島に御座すカミシロの神の言葉を代弁する方じゃよ。ほれ、あそこにある緑珠院という館に住まわれておる」
そう言って、ガモンはすっと指を伸ばす。
カミシロは海から上がると少しの平地があり、そこに家屋が密集している。
その密集地を抜けると、すぐに山が迫ってきている、起伏が激しく地形的に厳しい環境だ。
そしてその山の中腹あたりに、荘厳な館が建っていた。
「薄々は感じてたけど、やっぱりあれが目的地なのね……」
これからまた随分と坂道を登らなければならないのかと、ララががっくりと肩を落とす。
ガモンが指し示した館、緑樹院があるのは山の中腹。
そこまでは、鳥居に似た赤い木製の枠のようなものが幾重にも連なる長い石階段で向かうようだった。
「カミシロには緑珠院、青珠院、朱珠院という三つの院があってな、それぞれが分担してこの島を治めておるのじゃよ」
「政府的な機関なのね……。実情はよく分からないけど」
「緑珠院は巫女様が中心となって、神の言葉を元に計画を立てる。青珠院はそれを元にしてより直接的に民を指導する。朱珠院は主に治安の維持を任されておるな」
「まんま三権分立ね……。なんだか、ここだけ凄く近代的でちょっと違和感」
ガモンの説明に、ララは驚きよりも奇妙な感覚に口をへの字に曲げる。
「言ってることはあんまり分からなかったけど、要は緑珠院に住んでる巫女様って人がこの国で一番偉いんだな?」
「実質的な話ではな。一応、青珠院と朱珠院の長も、巫女様と同列とされておる」
「キア・クルミナ教徒からすると、同列の最高権力者が三人もいらっしゃるのは凄く驚きですね」
キア・クルミナ教のトップは、教皇ただ一人。
その感覚に慣れ親しんでいたロミは、カミシロの社会システムに驚きを覚えていた。
「まあ、というわけで。緑珠院へ向かうためにはここを登って貰う。すまんが、頑張ってくれ」
話しているうちに一行は町を抜け、山際へと辿り着いた。
そこから先は、急勾配で延々つ続く石段である。
「これは……確かに中々大変そうだ」
「あう、これを登って行くんですね」
イールとロミも間近で見ればその過酷さを容易に想像できたようで、険しい表情になる。
ガモンも辛いところはあるようで、あまり気が進まない様子である。
一週間ずっと船に揺られていた者に、これは中々辛いものがある。
とはいえ、登らなければ始まらないのもまた事実である。
ガモンを先頭に据えて、ララは鉛の様に重くなった足で踏み出した。
『――――ニン、――』
「え?」
「おっと、どうかしたか?」
突如足を止めたララに、後ろを歩いていたイールがぶつかりそうになる。
彼女の急な行動を他の二人も怪訝な顔で見る。
「今誰かの声しなかった?」
瞳を揺らし、ララが尋ねる。
「声、ですか」
「そのようなものは、別段聞こえなかったが……」
しかしながら、周囲の反応は芳しくない。
ロミもガモンも首を傾げ、どちらも覚えはないようだった。
そんな三人の様子に、ララもだんだんと自分の主張に自信が無くなった。
しゅんと肩を落として、彼女はぷるぷると首を振る。
「ごめんなさい。多分勘違いね」
そうして、一行はまた石段を登り始める。
住人達が遠巻きに眺めていた町中とは打って変わって、石段は深い森の中を貫く静寂に支配された空間だった。
風の音と木々のざわめき、たまに囀る小鳥たちの歌以外には、石段を登る彼女たちの荒い吐息の音しか聞こえない。
幾重にも重なる朱色の鳥居はかなりの年月をここで過ごしていると見え、鮮やかな染料もよく見れば少し褪せている。
呪術的な寓意が含まれる建造物や、冷たく静かな世界、そして疲労の蓄積する身体と泥のような思考によって、ララは段々と異界に迷い込むような不思議な感覚に陥った。
「なんというか、妙に疲れるのよね」
ハァハァと大きく息を乱しながら、ララが言葉を漏らす。
「本当だな。調子悪いのか?」
「体調は多分大丈夫だと思うんだけど……」
慮るイールに、ララは首を傾げながら答える。
確かに、平時であれば急勾配な石段程度でここまで疲れることはないはずだった。
しかし現実に、今彼女は予想以上の疲労感に襲われている。
視界が安定せず、辛うじて少し離れたガモンの広い背中を捉えている。
「大丈夫かの? 一度休憩するか」
「その方が良さそうですね」
ガモンも彼女の様子に気が付いて振り返る。
ララの隣を歩いていたロミが、その言葉に頷いた。
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