剣と魔法とナノマシン~最強SFチート娘のファンタジー漫遊譚~

ベニサンゴ

第1章【赤髪同盟】

第1話「ここは一体どこかしら」

外部サイトにて掲載していたものを、八章の全面改稿を機にこちらにも転載していきます。第一章は5分に1回、5話纏めて投稿します。

書籍化済みの作品ですが、書籍化に際した改稿前であり、2018年連載ですので、現在の私の筆致とは異なる部分も多々あるかと思います。

更新より早く先の話を読みたい場合は、小説家になろう版をご覧下さい。


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 その日、流星が地に墜ちた。

 一条の光となって大気を切り裂くその流線型の物体を、人々は様々に言い表す。

 曰く、それは女神の投げた聖槍だと。

 曰く、それは大空を翔る火龍の漏らした吐息だと。

 曰く、それは魔を統べる王の怒りが有形となり天を薙ぐ雷であると。

 しかしそれらはどれも眉唾物の噂話として伝播し、その後に目の覚めるような動乱は何も起きなかった事から、いつしか人々の記憶から消え去った。


 ――だがしかし。

 それは確かに地上へと墜ちていた。

 大気を突き破り、灼熱の炎を纏い、それは落下した。

 土を巻き上げ、巨岩を砕き、それは地面にたどり着いた。

 つるりとした流線型。

 何かの鳥の卵のようにも見える銀色に輝く傷一つ無い頑丈な装甲は、悠久の時から内部のものを守り抜く。

 そして、幾億の太陽が昇っては沈み、木々が朽ち、柔らかな土に新芽が芽を出し、やがてそれが鬱蒼と茂る森林へと成長した。

 時間という深い海の底に沈み、半ば以上を地面に埋めた銀色の箱は突如として甲高い音を響かせる。

 あらかじめ設定されていた時を、内蔵された電子機器が数え切ったのだ。

 日を浴びた蕾が和らぐように、もしくは親鳥の嘴によって呼び起こされた卵のように、銀の装甲がゆっくりと開く。

 白い水蒸気が辺り一面を埋め尽くし、そこは一時的に雲海のような様相となる。

 空より墜ちてきた銀の箱船が、そのうちに秘めたものを解放した。


 そこに眠っていたのは、一人の少女だった。

 白い髪に、白い肌。まだ幼い肢体にぴっちりと密着する、装飾の一切を排除された水色のスーツを身に纏い、彼女は足を抱えて眠っている。

 暖かな外気が彼女の頬を撫でると、冷凍睡眠コールドスリープが解けた身体は脳からの電子信号に従い再起動を図る。


「……んぅ」


 薄い唇が少しだけ開き、吐息が漏れる。

 パリパリと瞼の表面を覆っていた薄氷を砕いて、青い透き通るような瞳が現れた。

 それは地中に眠る原石を掬い熟練の匠によって丁寧に削られたような、丸く大きな水晶の瞳だ。


「……ここは?」


 身体の自由を取り戻した少女はゆっくりと立ち上がる。

 長らく時の止まっていた卵の中で、関節はすっかりと鈍ってしまったようだ。

 ジンジンと熱い痛みを感じながら、彼女は無理矢理に足を伸ばす。

 彼女の見渡す限り、そこは見慣れぬ深い森の中であるようだった。


「『起動アクション』」


 彼女の声に呼応して、うっすらと全身が光り輝く。

 それは言霊だ。

 用意されたキーワードは体中を駆け巡り、覚醒の鐘を打ち鳴らす。

 呼び起こされたのは、体内に注入されたナノマシンだ。

 それは彼女の細胞の間をくぐり、微細に動き、次第にその活動を活発にしていく。


「『環境探査サーチ・エンバイロンメント』」


 少女が全身から放つ光は腰のあたりに収束し、旋回する。

 一瞬後、それは猛烈な速度で全方位へ放たれる。

 風すらもすり抜けて、その光は万里を駆ける。


「未知の元素がたくさん含まれてる……。ここは一体どこかしら」


 ナノマシンの調査によって、彼女の脳には半径三キロメートルまでの詳細な地形が記録される。

 そしてその記録は、周囲の地形や動植物や元素が彼女のデータベースには存在しないものだと如実に証明していた。


「とりあえず、動けるようにならないと」


 この土地は、遙か彼方からやってきた彼女には不自由な環境だった。

 ナノマシンによる生命維持機構が作動していなければ、一瞬で呼吸できず生命活動を停止してしまう。


「『最適化オプティマイゼーション』」


 先ほど解析した情報を元に、身体組成を最適化する。

 この環境下で最も優れたパフォーマンスを発揮する身体へと、遺伝子レベルで書き換える。

 ぞわぞわと全身を走る感触に、彼女は思わず身震いした。


「よし、おっけー」


 関節を回し、数度足踏みをして身体の動きを確かめる。

 スムーズに動作する身体に、彼女は満足そうに頷いた。

 外見的な特徴は変わっていないが、これによって体内のナノマシンに余計な処理領域を使わせないで済む。


「うーん、ここがどっかの星だってことは分かるんだけどなぁ」


 そう言って彼女は空を仰ぐ。

 木々の隙間から見える青い空には、何も知らない白雲がのんびりと浮かんでいる。


冷凍睡眠コールドスリープのおかげで記憶も曖昧だなぁ……。あ、記録装置があったっけ」


 彼女は完全に開いた銀球に目を向ける。

 そこには無数の計器類と共に、手のひらサイズの黒い長方形の物体が備えられていた。

 長方形の箱を両手で包み込むように持ち、彼女は再度ナノマシンに命令を送る。


「『接続アクセス』」


 肌の上を白い光が走り、黒い箱に解けていく。

 それは内部に秘められた情報へと接続して、彼女の脳へと運んでいく。

 視界の端に映るプログレスバーが、全て鮮やかな黄色に染まったところで、彼女は箱を無造作に放り投げた。


「『表示ディスプレイ』」


 言葉に従い、ナノマシンは彼女の網膜に情報を羅列する。


「個体名ララ。成人祝いに一人で五億光年離れたリゾート惑星にバカンスに。冷凍睡眠コールドスリープと次元超越航行によるワープの最中、原因不明の事故で詳細不明の惑星に墜落……。なんだかやっかいねぇ」


 並べ連ねられた情報を読み上げ、ララは渋い表情を浮かべる。

 名前も分からない星にただ一人、母星との連絡も取れない。

 あまりにも突拍子もない事態に思考が麻痺していた。


 そんな彼女を、不意に巨大な影が覆った。

 突然暗くなった周囲に首をかしげ、振り向いた彼女の視線の先に立っていたのは、見上げるほど巨大な熊に似た獣である。

 だがそれは彼女のよく知る熊とは違った。

 四本の腕を大きく掲げ、太い二本の後ろ足で大地を踏みしめている。

 異形の獣は、突如現れた闖入者に敵意を露わにしていた。

 先ほど彼女が放った光――環境探査の白い閃光が彼の縄張りを荒らしたのだ。

 長い間この森一帯を己の領域としてきた王者は、柔らかくか弱そうな邪魔者に牙を剥いて呻る。

 毛深い顔の奥で赤く輝く眼が、ララを愚かな下等生物と認識した。


「第一原生物発見、ってところかな」


 しかし、そんな異様な姿の獣と相対してなお、ララはその冷静な表情を崩さない。

 泰然とした態度で地面に立ち、微かに足を引くこともしない。

 それどころか彼女は口元に、確かな歓喜を示す笑みを浮かべていた。


「ルガアアァァッ!!!」


 そんな彼女にいらだたしく思ったのか、獣は大きく口を開けて咆哮を放った。

 轟音と共に放たれた爆風が、彼女の髪をたなびかせる。

 土の匂いに混じる獣の臭気が、周囲の風に伝播する。

 それでも、その氷のような表情は崩れない。

 ララは無造作に右腕を熊に向けると、口を開いた。


「『旋回槍スピンショット』」


 白光が肌を伝う。

 末端に凝縮したそれは風を纏い、捻れ、唸り、細長い槍となって巨体に突き刺さる。

 疾風は刃となり分厚い筋肉をぶつ切りにする。

 毛皮によって堰き止められていた鮮血が吹き出す。

 獣臭の中に、鉄の臭いが混じった。


「――ガッ!?」


 赤い眼光に困惑が混じる。

 彼が意識する間もなく、二本の足は力を失う。

 全身を弛緩させ、ゆっくりとその巨体は傾く。

 彼女の柔肌に触れることもできずに、その巨体は地響きと共に平伏す。

 ララは少しだけ口の端をゆがめると、もろに浴びてしまった血を一撫でして洗い流した。


「あんまり強くないね。これなら改造人間のチンピラの方がまだ面倒くさいや。とりあえず環境負荷はナノマシンの適応範囲内みたいだし、少し歩こうかしら」


 この場に留まっていても非生産的だと判断を下し、彼女は冷凍睡眠装置から足を踏み出す。

 少し土の上を歩いて、ララは自分が裸足であることに気がついた。

 細く白い指を頬に当てて、少しの間唸る。


「うーん……。あ、これを使おう」


 さすがに裸足で血まみれの地べたを歩くことははばかられ、彼女は何か靴になりそうなものがないか探す。

 そうして見つけたのは、目の前で無残な残骸と成り果て役目を終えた冷凍睡眠装置である。

 ララは銀色の装甲をつまむと、ナノマシンを起動する。

 彼女の体内にあるナノマシンが、冷凍睡眠装置の素材に内在するナノマシンの支配権を獲得。

 ナノマシンを一定量配合されたこの特殊金属は、彼女の意によって自在に形を変える。


「うーんと、この靴がいいかなぁ」


 データベースにアクセスし、一番作成難度が低そうなモデルを選び、指示を下す。

 装置の装甲の一部が剥がれ落ち、一瞬でメタリックな靴となった。


「よし! いい感じ」


 トントンとつま先を打ち付けて、ララはご満悦である。

 残りの装置の残骸も、持ち運びやすいようにバックパックのような形にして背負う。

 小柄なララが自分の何倍もの大きさの箱を背負うと、異様なシルエットとなる。

 普通に考えれば到底持ち上げることなど不可能と思える重量だが、そこはナノマシンによる支援でカバーできた。


「あ、こいつも一応持って行こうかな」


 地面に倒れた巨熊の首根っこをむんずとつかみ、彼女は軽く持ち上げる。

 その小さな身体から信じられないほどの膂力である。

 もしこの場に知性を持った存在がいたならば、その幻想じみた光景に我が目を疑うだろう。


「うし、出発!」


 しかし幸か不幸か、この場にその異様な行動に言葉を下す者は誰もいない。

 そうしてララは自分の異常性を認知することもなく、ずりずりと熊の巨体を引き摺りながら深い森の奥へと歩き出した。

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