愚者の提案
「え……?」
リリシアの呆気にとられたような表情。次第に困惑へと変わり、怒りの表情が浮かんでくる。
「アンタが村に何かしたの!?」
「そこまで人間に興味が無い。お前はアリが嫌いだからという理由で、旅先で見つけた一つの巣を壊すか?」
俺のきつい物言いに微かにたじろぐが、睨んだ視線を外さずに唇を震わせた。先ほどの態度と言い、吸血鬼に何か怨みでもあるのだろうか。この時代に吸血鬼嫌いとは珍しい。
しばらく無言が続いたかと思うと、言いにくい事情があるのだろうと察したリリシアがキッチンへと引っこんだ。すぐに戻ってきて、片手には鍵を持っている。
「吸血鬼さん、私の部屋で話しましょう」
「ああ」
妹のことを考えると、あまり悠長にしている時間はないが、城に入る方法も『魔術師』のヴァンパイアロードと接触する方法も見つからない以上、手掛かりを集める意味でも有用のはずだ。
俺が座っていたテーブルの真横にある階段を上って2階に行く。
ギシギシときしむ音を鳴らして、リリシアの部屋に入る。年頃の少女の部屋とは思えない程に殺風景であり、壁に掛けられた時計と、その下に木製のクローゼットがあるだけ。
ベットにはシーツが無く、窓の向こうで干されているのが見えた。
テーブルは置いてあるだけで使った形跡がなかった。それは、ここに長らく住むつもりが無いと言わんばかりであり、目的が達成されたらすぐに出て行けるように準備しているかのようだ。
客用の椅子すらないので、リリシアが指し示すままベッドに座る。彼女は、すぐ隣に置いてあるテーブルによりかかった。
「それで、コーウィン村が無くなったってどういうこと!!」
「そのままの意味だよ。この国の王様、『魔術師』のヴァンパイアロードが作った
「そんな!! それで、どうしたの?」
「形の残ってる死体すらなかったからな。村ごとアンデットを焼き払った。まぁ、家は元から燃えていたとはいえ、ある意味トドメを刺したことになってるな」
意外にも『魔術師』のヴァンパイアロードが原因になったことには気にしていないようだ。今日出会ったばかりの俺が言うことを素直に信じる辺り、この女は馬鹿なのだろうか。それとも、ツーカが書いた手紙に何かが書かれていたのか。どちらにせよ、話がすんなりと進むことは好都合だ。
「供養してくれたのね。ありがとう……。アナタ、吸血鬼のわりに優しいのね」
「そんなつもりじゃない。人間の死を悼むなんて馬鹿らしいことするわけないだろう」
ただ怒りの感情に飲まれて村をぶっ壊しただけであって、優しさなどみじんもなかった。人間ごときにそんな風に言われて感謝されるなんて、反吐が出る。
けれど、引きつった顔をする俺を置いて、彼女は嗚咽を漏らし始めた。
「私、小さいころからお母さんが居なくて……。あの村のみんなは、私の大切な家族だった」
肩を震わせるたびに机が軋んだ音を鳴らす。一人になる苦しさや不安感、大切な誰かを失う痛みというのは、1800年の吸血鬼人生の中で何度も経験してきた。
慰めにもならないだろうが、リリシアの肩を抱いて頭を撫でる。
「一人は怖いよな。お前が望むなら、俺たちと共に来い。お前が死ぬまで一緒にいてやるから」
妹を取り戻した後、彼女を連れて帰ってもいい。人間は嫌いだが、孤独に落ちた彼女を放っておくわけにもいかない。
「吸血鬼さん、私のお父さんを探すのを手伝って……!!」
涙混じりに彼女は言う。
そういえば、母親は居ないと言っていたが、父親は死んだとも言っていない。彼女の父親も故郷を失ったということになるが、どうしているのだろうか?
だんだんと落ち着いてくるリリシアにそのことを問うと、
「私のお父さんは、私がミラクローアに来る一年以上前にここに来ていたの。『魔術師』のヴァンパイアロード様から招集があってね。村の男の人は殆どこの国に来ているわ」
と答えた。
しかし、だとすると見つけるのは容易いのではないだろうか?
「そのはずなんだけど、私の父も、父と同じくしてコーウィン村から出て行った人たちも、誰一人として見つけられていないの。おそらくは、王宮に閉じ込められてるのかも……」
暗い顔をしてリリシアは呟く。
だが、コーウィン村が襲撃されたことを話した時にも思ったが、『魔術師』のヴァンパイアロードに対する信頼とか忠誠だとかが感じられない。
「なぁ、お前、吸血鬼が嫌いなのか?」
1000年ほど前なら吸血鬼嫌いの人間も多かったが、共存が当たり前になった時代では、吸血鬼を毛嫌いする人間というのも珍しい。一部の吸血鬼は、見目麗しいことを利用して、踊り子のようなことをやって血を集めているとも聞くほどだ。
「『魔術師』のヴァンパイアロード様は、無茶な吸血が多いのよ。週に一回、それも大量の血を採られるのよ。しかも、そこで倒れちゃう人だって何人かいるみたい」
大量の血、というのが具体的にどの程度の量なのかは分からないが、吸血頻度が週に一回というのはあまりにも多すぎる気がする。
ミラクローアは、それなりに人口が多いはずだ。
吸血鬼と人間の比率がどの程度なのかは知らないが、毎日浴びるように血を飲んでいるのだろうか?
「ヴァンパイアにとって吸血は食事と同義。そこまで血の量が必要になるのか?」
「あとね。ただの考えすぎかもしれないけど、兵役についてる人たちの死傷者や行方不明者数がすごく多いの。他にも、その手の黒い噂が尽きないのよ!!」
まるで怪談話でもするかのようにヒソヒソと囁く。
リリシアは考えすぎと自分で言っていたが、そんなことはないだろう。掘れば掘るだけ怪しい情報が浮き出てくる。なにか、大それたことを企んでいるようだ。
「ねぇ、それよりさ、アナタのことも教えてよ。名前しか知らないけど」
「そういえばそうか。俺がミラクローアに来たのは、妹を探すためだ。俺と同じ白髪で、天使みたいに可愛い。あと、俺が着ているような緩い服なんだが、花柄のワンピースみたいな形だ」
「その娘も吸血鬼? 吸血鬼にも妹が居るの?」
「吸血鬼に血のつながりはない。けど、似たようなものだ」
俺が抱いた1500年の退屈を、たった300年で塗りつぶしてくれた大切な存在である。
「うーん。白髪の女の子なら、前にヴァンパイアスートのグラディウス様とステッキ様が抱えているのを見た覚えがあるわ。たぶん、あの子だったと思うけど……」
「何だと!? やはり王宮に居るんだな!! あの警備を突破する方法を考えなくては……」
些細な気まぐれで引き受けた手紙運びだったが、思わぬ収穫があった。おおよその当たりは付けていたが、リリシアの発言で王宮にいることは確定した。
あとは、奪い返す方法を考えるだけである。
「待って、たとえ奪い返したとしても、この国からは出られないわ」
「どういうことだ? 混乱に乗じてお前の父親も探せばいいだろう」
「仮に見つけたとして、出て行く方法が無いわ」
息苦しそうな顔をして、机から降りる。クローゼットを開き、中に入っていた服をかき分けて、くしゃくしゃに丸められた紙を取り出す。
クローゼットの棚に、薄茶色の肩掛け鞄が丁寧に仕舞われていた。
丸められた紙を開くと、そこには『誓約書』の文字と、彼女のサインが刻まれている。見覚えのあるそれは、入国の前に衛兵に書くように促されたものである。サインをした誓約書は呪いを発動するように作られているらしい。あいにく、魔法についての知識がない『愚者』では、隠された呪いを感知することも解呪することもできない。
「なるほど、一種の呪いによる拘束か」
「そう。この誓約書にサインすると、常にその位置が吸血鬼たちにバレるようになっているの。この国の住人は全員、逃げ出すことは出来ないわ」
おそらく、それと同じものがブランにも仕掛けられていることだろう。
ただ、城に入ってブランを取り戻せば終わりという話ではない。
「ブランを取り戻すためには、『魔術師』のヴァンパイアロードを倒さなきゃいけない。そもそも、ブランの居場所が分からない。城に入ってしばらくは俺の存在がバレちゃまずい……」
……あまりに面倒な状況。俺一人で何とかするには心許ないか。
もっとも重要である、誓約書への対抗策を考えていると、ふと俺はサインをしていないことに気づく。あの時、低い声の衛兵が、サインをする前に取り上げてしまったせいで、何も書いていないのだ。
「そういえば俺、吸血鬼だからって見逃されたんだ」
「え、そうなの!?」
俺の居場所がバレていないというのなら、この人間を利用した新たなプランが考えられる。もとより、父親捜しのために乗り込むつもりだったのだろうから、多少無茶なことに巻き込んだとしてもいいだろう。
「なぁ、人間。俺に協力しないか? 俺は、『魔術師』のヴァンパイアロードをぶっ殺すつもりでいる。妹を奪ったアイツを許さないつもりだ」
はたから見れば、悪魔のような凄惨な笑みを浮かべていたことだろう。
けれど、微かに怯えを見せるリリシアは、俺の目を見据えて頷いて返した。
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