8話 元凶

「貴方は彼が、彼女の為にアイドルを辞めるつもりで失踪したと?」

「だろうな。失踪とか言ってるけど普通に彼女の家にいんだろ」

「その出会って数ヶ月の女性の為に何年もの努力を無駄にしたと本気で思ってるんですか?」

「恋とかってそんなもんだろ?」


絶望が呼吸と同時に身体の中に広がって私の言葉を喉に詰まらせた。


「まぁショックだろうけど、そんなもんだよ。

だってさ、俺がレッスンの休憩中にコンビニ行こうとした時、何かの用事でシエルちゃんが事務所の近くまで来てたらしくて、2人が外で話してるのたまたま見かけたんだけど、その時コウ泣いてたからな」

と、得意げな様な馬鹿にした様な態度で暴露し始めた。

「シエルちゃん何か一生懸命話してるのに、ずっとティシュで目押さえててさ」


私は足を刺されている事を忘れたかのように嬉々として他人の恋愛を暴露する男を軽蔑する気持ちと、この男が語る物語が信じられない気持ちで相槌を打つことすら出来なくなっていた。


私の態度に、左足の恨みで私を傷付けたくなったのが、松蒲は見る見る膨れ上がるかの様に得意気な態度になっていった。


「紙袋に入った何かを押し付けられてたけど、多分シエルちゃんの家に置いてったコウの私物だろうな。

まぁ喧嘩してたんだろうけど、男が泣くとかどんだけ好きだよって思うじゃん。でもそれだけ真剣だったんだろうな、だって「もう、分かりました」

遮る様に止めた私の様子を見て、松蒲は今度はいよいよニヤニヤし始めた。


「俺も、足まで刺されたからには一言君に言いたいんだけど、君らファンがどれだけ俺達アイドルに夢見てるか知らないけど、俺らは普通にモテるし、モテるからアイドルやってるんだしさ現実見なよ。

君達みたいなアイドル追い掛けてるモテない子じゃなく、俺らと同じくらいモテる可愛い子と普通に恋愛してんの。むしろ、それが普通だと思わない?なんて言うか同じレベル同士の方が気が合うに決まってるじゃん。

俺達恨むより、レベルの低い自分恨めよ」


もう得意気も調子に乗るも通り越して、ファンという存在を愚弄し始めた。



目の前の男は、どうすれば忘れられるのか私には想像も出来ないが

自分が殺されかけている事も忘れて、ただ私を傷つけてやりたい一心なのだろう


私が何に絶望しているのかも、理由も意味も分かっていない癖に。


ヒロは私が想像していたよりもずっと愚かだった。


そしてやっぱり全ての原因を作ったのはヒロだった。


そうなれば刺したことに後悔はない


もう何も聞くことが無くなった私は

背中に向かって何か文句を叫び続けている松蒲公英を無視して、駐車場を後にした。

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