山吹色の魚
緋雪
第1話 山吹色の魚
バイクの集団が前から来て、私の傍を通り抜けた。またしばらくすると別の集団が。
暴走族というわけではなく、ただのバイク好きの集まりに見えた。
そういう人たちが好むルートなのかもしれない。
ただのバイク好き?と思っていたら、後ろからきたバイク2台の男の子が声をかけてくる。
「旅行?この街の子じゃないよね?」
「よかったら案内するよ?」
まさかの「ナンパ」?
私、全然、「子」っていう年齢じゃないし。可笑しくなって笑いながら、丁重にお断りする。
そんなバイク乗りの人たちも、たまにいるんだな。
彼らが混ぜた空気の中に、潮の香りを見つける。降りたバス停の名前に、海岸の文字があった。だから降りたのだけれど。
バス停の脇の細い道を、潮の香りを追って歩く。
と、急に視界が開けて、浜に出た。こんなに海が近いと思わなくて、少し驚きながら見渡す。
ちょっとした海水浴場になっているようで、泳いでいる人たち、砂浜でくつろいでいる人たちもいる。
こんなに人がいるところに来たかったわけでもないのだけれど、まあいいかと、桟敷の一角を借りて休むことにした。
賑やかな海も嫌いではない。ちゃんと管理されていて、波打ち際も砂浜も綺麗だ。管理人に荷物を預け、水着に着替える。賑やかな海水浴客に混ざって、海に入った。
私の故郷の海よりも冷たくて波が高い。 波が立つ度に所々からキャーキャーとはしゃぐ声。ザバッと潜ると、音は殆どなくなる。見たことのない小さな魚たちがチョロチョロと泳ぐ。
一匹、大きい山吹色の魚が、小さな魚目当てだろうか、横切っていく。
綺麗な山吹色の魚に触れようとして、不意に腕を捕まれた。驚いて一気に水面に戻る。
日に焼けて真っ黒な少年が、慌てたように私の腕から手を離した。
「あんた他所の人だろ。」
怒ったように言う。
何かいけないことをした子供のように、私はびくびくしながら頷く。
「あの魚は凄い力で噛みつくんだよ。だから触っちゃダメ。」
ああ、そういうことか。
だけど、海水浴場に普通にそんな危険な魚がいるのが不思議だ。
「この辺の人はそんな魚がいて平気なの?」
少年は海の方を見て、誰かに合図を送って、言う。
「地元の人たちは知ってるけど、たまにやられてる。」
「そんな危険な所で泳いでるの?」
「他にもう安全に泳げる場所なんてないのさ。だから今は俺らが交代で守ってる。」
彼の視線の先で別の少年が手をあげた。
「来て。」
彼に側のブロックの上に引き上げられた。
彼はどんどん先に行くが、私はそんなに速く歩けない。
ブロックの上は波で削れてゴツゴツしていて、裸足に痛いのだ。
それでも必死で彼についていき、ブロックの先端に着いた。
「見て。」
彼が指差す方を見ると、金属の網で仕切られた簡単な罠のようなものが大量に仕掛けられている。
その中は、さっきの山吹色の魚で溢れていた。
見渡すと、向こう側も同じようにブロックが続いていて、
ぐるっとそれらに囲まれたビーチなのだと気づいた。
ブロックの中心部は開いているが、細かい目のネットが張り巡らされていて、
大きな魚は通り抜けられないようになっているのだと少年は言った。
「危険な魚が増えすぎたんだ。だから簡単に海では泳げなくなった。」
「そうなんだ…でも何で?」
「詳しいことは知らない。でも少なくともこいつらは普通の魚じゃない。」
「だから駆除を?」
「駆除?駆除ねぇ…」彼は可笑しそうに笑って言った。
「駆除はしてるつもりなんだけどねえ。そんなハンパな数じゃねえんだよ。」
「ここにいるのはどうするの?」
「こいつらは引き上げて別の場所に持ってって、始末する。一日中ね。それが俺らの夏の仕事。海水浴客がいる間のね。」
少年たちは、沈めていた「罠」を上げて、次々と浜へ戻って行っている。
その中はさっきの山吹色の魚で一杯だった。
「だけど、時々ネットの目をくぐれる大きさの奴がいて入ってくる。そして知らないうちに育つ。」
少年は最後の罠を引き上げながら言う。
「あんたが触ろうとしてた奴もそのうちの一匹だ。」
ゾッとした。
どんなにどんなに注意していても、侵入させまいと捕らえても、
危険な魚は、どんな網の目をくぐってでも入ってくるのだ。
綺麗な色をして。さも自然な様子で。こんなに沢山。
「この魚は、食べられないの?」
網を背負って浜へと歩く少年の後を追いながらたずねる。
少年は振り返り、からかうように言った。
「食べてみる?なかなか旨いらしいよ。猛毒持ってるけど。」
「え…」
「だから何の得もない、ただただ迷惑な奴らに過ぎないんだ。」
そうか…だからギリギリ水際で侵入を防いでるんだな…。
「そんなことになってるなんて知らなかった…。」
そう言うと、彼は笑った。
「そんなの今始まったわけじゃない。昔からだよ。」
「でも、昔は安全に泳げたじゃない?どこの海水浴場でも。」
「いや、じわじわと侵入してたのさ。皆知らないうちにね。」
「そうなんだ…。」
「最近顕著になって、やっと皆気づいた頃には、もう殆どの海にこいつは侵入してたのさ。」
そうなのか。どの海も昔と変わらず、青く美しく見えていたのに。
「知らないことが多いんだな、私。」
私のそんな呟きに、少年は笑って言った。
「皆、知らないことだらけさ。関係者以外はね。」
そうかもしれない。本当にそうかもしれない。
知らないとわからない。
でも、知る術がなければ、知ることはできない。
そもそも関係ないことは興味もなくて、
知ろうともしないのが人の現実。
「あんた、旅行者?泊まるとことかねえよ、この辺。」
魚の入った網を仲間に渡して、少年は戻ってきた。
私は泳ぐのを諦めて、帰る用意を始めていた。
「大丈夫。ここからバスで少し行った所に友達がいるから。」
「そっか。じゃ、気を付けて。」
彼は真っ白な歯を見せて笑い、手を振ると、仲間たちの元へ帰って行った。
バスの窓から海が見える。
海岸線まで、ずっとずっと青く美しく。
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