第九話
(……ん?)
机に置いたスマホが震えたのに気付いて、恭二はゲーム機から顔を上げた。
(なんだ。また先輩がスタンプでも送ってきたのか……?)
何しろ、今日の柚月と言ったらすごかった。というか、ひどかった。用もないだろうに、ことあるごとにスタンプ送ってくるものだから、いちいち目を通すだけでも大変だったのだ。
(……まあ、あの人らしいっちゃらしい気もするけど)
もしかしたら。やたらと『自分はオトナ』と言い張る柚月のことだから、今までスタンプとか、送ってみたくてもできなかったのかもしれない。
そう思うと、まあ多少のことには目を瞑ろうかな、という気にもなる。
だが、スマホを手に取ると、送られてきていたのはスタンプじゃなかった。
『こんばんは』
『今、電話をしても構いませんか?』
(電話?)
……なんでまた?
首をひねりつつ、『いいですけど』と返信。すぐに、柚月のほうから掛かってくる。
「……はい」
『ふふふ。こんばんは、真山くん』
初っぱなから謎に得意げな声が、スピーカー越しに聞こえる。
だが、恭二はそこで、またも「ん?」と思った。
なんだか、聞こえてくる音声に違和感がある……こう、変に響いているような。
『……ふっ』
何故か、柚月が勝ち誇ったように笑った気がした。そして言う。
『実は……今、お風呂から掛けているんです』
「はぁ!?」
危うく、スマホを落としかけた。
「いや、なんっ……風呂って!?」
『んっふふふふ。どうしたんです、そんなに慌てて。何か想像したんですか? たとえば……私の裸とか』
「そんっ……なわけないでしょ!?」
――ないのに、こうして言われると、かえって意識しそうになる。モヤモヤと、見たこともない柚月の家の風呂場が、そしてそこにいる柚月の姿が、脳内に像を結んでいく。
……だが。想像の結果、実際に脳裏に浮かんだのは艶めかしいあれそれではなく、『勝った!』とばかりにふんぞり返っている柚月のドヤ顔だった。多分今頃、本当にこういうツラしているに違いない。慌てふためく恭二の反応を楽しんで。
そう思ったら、あっという間に冷静になった。ついでに『イラッ』ともしてくる。
しかし、柚月は恭二の無言を、動揺しているせいだと受け取ったらしい。そりゃーもう楽しそうに、電話口の声が『ふっふっふ!!』と笑う。
『そうですねぇ、真山くんは私と違ってお子様ですもんねー! どうです? 私のほうがオトナだということがいい加減にわかりましたか? まあ私も、後輩に意地悪するのは気が引けますから、真山くんがどうしても許してほしいというなら今日はこのくらいで――』
「いえ、別に俺も気にしませんし。そのまま用件どうぞ」
『えっ』
「どうぞ」
電話の向こうから凄まじい沈黙が伝わる。震えながら真っ赤になっていく柚月の顔が、目に浮かぶようだった。
こうなると、逆に自分のほうが意地悪をしているようで、恭二は居心地が悪い。
「……急ぎじゃないなら、風呂上がってからにしたらどうですか? 俺もまだ寝ませんし……その、待ってるんで」
『な、何を言ってりゅんでひゅか!? そ、それではまるで、私が恥ずかしがっているようではないですか! 私はオトナですから、は、裸のまま電話するぐらい、ちちちっ、ちっとも恥ずかしくなんかありませんとも!!』
なんでこの人自ら進んで爆死しにくるの? マゾなの?
『あ、あらー? それとも真山くんはやっぱり照れているんですかー? それならそうと言ってくれればー。も、もう……! 見栄を張ったりして、子供なんですから!』
事ここに至っても、柚月はしぶとく恭二を煽り返してくるのだった。一体何が彼女をここまでさせるというのか。
『そ、そうです……! べべ、別に、見られているわけではないですし、どうってことはありません! ありませんとも!』
「先輩。俺やっぱ切っていいですかね?」
『だめです! 逃がしません! しょ、勝負はまだこれからです!』
「大人なんだから引き際くらい見極めてくださいよ」
もう強引に切るか……と、スマホを耳から離す。
その、瞬間。
『あ!? ちょっ、だめ……あー!!』
柚月の声がひときわ大きくなった。バシャッ、と派手な水音。何が起こったのかもわからないまま、画面が切り替わる。テレビ通話に。
――一瞬だけ、恭二は画面内に、白っぽい何かを見た気がした。本当に一瞬。気がついたら通話は切れていて、最後にドボンとかボチャンとか聞こえた気もして、「あー、水没」と頭のどこかで思う。
幻だったのか現実だったのか、それすらもわからない、全ては刹那の出来事であった。
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