PM 20:30 ~その頃の柚月~

 ――どうでもいいはずの相手のことが。いつまで経っても頭を離れてくれないのは、一体どういうわけなのだろう。


(何よ、格好付けて)

 ベッドの上。お気に入りのぬいぐるみを抱え込んで、柚月はむっすりと顔を顰める。

 今日の出来事は、ハッキリ言って誤算の連続だった。あんなところ、見られるはずじゃなかったし、その後だって。

 本当なら、妹の前で彼をからかって。精々、恥ずかしい思いをさせてやろうと思っていたのに。「今まで舐めた口利いてすみませんでした」とか、そういうことを言わせて。つまり、わからせてやろうと。そういう予定だったのに、全部台無しだ。


 それもこれも、


『兄のこと、好きなんですか』


「あーーーーー!!」

 ビターン! ゴロゴロゴロゴロ、ゴンッ!

 床を転げ回ってはあっちこっちに頭をぶつける音が、いつまでもいつまでも止まない。

 こうして床上をのたうち回るのもこれで何度目か。防音はしっかりしているほうだと思うけれど、そろそろ下の階から苦情が来てもおかしくはない。

「べ、別にあんな奴……好き、とかじゃ……」

 転がるのをやめて、起き上がらないまま床で丸くなった。いじいじ、とつま先がラグをいじり回す。

 そうだ。別に、なんとも思っちゃいない。あんな男のことなんか。


 なのに、


『お世話になってるんだよ』


『感謝もして、るし』


『嫌々一緒にいるわけじゃない』


『むしろずっと一緒にいたい』


『先輩、好きです――』


「だからそれは言われてないんだってばああああうあああああーあーあー!!」

 下から衝撃を食らったかのごとく、柚月は奇声を上げながら突然の海老反り。そのまま衝動的にブリッジ。そして崩れ落ちる。

 おかしい。なんで自分は、こんな意味のわからない奇行に走っているのだろう。むしろジタバタすべきはあっちのほうではないのか。少なくとも、当初の予定ではそうなるはずだった。こんなの思ってたのと違う。

「こんなはずじゃないのに!! ちーがーうーのーにぃぃぃぃ!!」

 ばったばったと、めちゃくちゃに手足を振り回す姿は、まるっきり打ち上げられた魚だった。

 最早床で暴れるだけでは収まらず、抱えていたぬいぐるみを掴んで放り投げる。天井を直撃したぬいぐるみは勢いそのまま跳ね返り、『何すんじゃい』とばかりに柚月の顔に墜落してきた。上の階からも苦情が来るかも知れない。


 普通のマンションなら苦情必至の大騒ぎを(一人で)繰り広げながら、休日の夜が更けていく。

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