第54話 ※守るより攻める方が得意です。

 波乱の昼食を終えてからしばらく経った頃。



「…………」



 エルナは先ほどの出来事を思い出しながらぼうっと歩き、



「──石徹白さんはどう?」

「ひゃいっ!?」



 不意にかけられた声に、びくりと肩を跳ねさせられる。



「な、なにかなっ」

「もうルナ、ぼうっとしすぎ。どこか行きたいところあるのかって話」

「あ、あぁっ、そうだったね!」



 呆れるように笑う遊愛ちゃんにたしなめられ、エルナは慌てて意識を立て直した。



 ──い、いけないいけないっ。



 今は三人でのショッピング中である。


 一人、しょうもないことに惚けていては訝しまれてしまう。



 ──か、間接キスとか、気にする方が恥ずかしいよねっ。



 エルナにとってそれは初めてのことではあったが、所詮は同じ食べ物を共有しただけのこと。


 慣れてしまえばどうということはないと、思考から除去することにした。



「そうだなぁ、食べ物はしばらくいいから、やっぱり服とかかな?」



 そこから、とりあえず話を進めようと、無難な意見を提示してみると、



「いいかもだけど……日並はどうするの?」



 遊愛ちゃんは賛成を示してくれるが、気がかりもあるらしく、日並くんの方をちらと見ている。



「ああ、俺は適当に周ってくるからいいよ。元々、二人の約束だったんだし、楽しんできなよ」



 すると、彼は何の躊躇いもなくそう言ってのけた。


 一見、それは何の気なしの言葉にも見えたが、



 ──もしかして、私に気を遣って……?



 ふと、エルナにはそんな風にも映っていた。


 態度に出てしまっていたのか、それとも単純に察してくれたのかは分からないが、優しい彼のことだ。


 おそらく、何らかの気遣いであることは間違いないだろう。


 少なくとも、わざわざ招待されて来た場所で一人行動することほど、寂しいものもないはずだ。



「そう? じゃあしばらく別行動ってことで──」



 しかし、相変わらず鈍い遊愛ちゃんは平気でそれを了承していて、



「──ま、待ってっ」



 エルナは思わず口を挟んでしまっていた。


 そのまま黙っていれば目論見通り二人きりになれたのだが、身体が自然と動いてしまったのだ。



「ルナ?」

「えっとっ……どうせなら日並くんの感想を聴けた方が面白いかなー……って」



 後悔しても仕方がないと、それらしい理由を説明し、



「ああうん、確かにそれもいいかも」

「え、いいの? じゃあ、せっかくだしそうしようかな」



 無事、その意見が取り入れられるムードとなってくれた。



 ──まあ、流石に一人にするのは可愛そうだし……。



 自身の気持ちもそういうことで納得させ、三人の足はそのまま衣料品売り場へと向かう。



「何か俺の場違い感すごいな……」



 が、日並くんは到着して早々、気恥ずかしそうに頭をかいていた。


 店内を見ればどこを見てもほとんど女性しかおらず、いても精々カップルらしき二人組くらいなものなので、彼がそう思うのも無理はないだろう。



「ほら、早くいこっ」

「わっ!?」



 しかし、エルナとしては早く服を見に行きたいので、入口で尻込みをしていたくもない。


 無意識に彼の腕を掴むと、無理やり店内へと引っ張り込んでいく。



「わぁ……どこから行こっかなぁ……」



 目の前に広がる綺羅びやかな光景に、やはりブティックは良いものだと再認識するエルナ。


 最近、ちょうど新しい服が欲しくなってきた気分だったので、ついあちらこちらへと目移りするが、



 ──……?



 ふと、視線を感じで周囲を見渡す。


 容姿のせいで好奇の目を受けることには慣れているが、それとはまた違う雰囲気がしたのだ。



「いや〜若いね〜」

「ね〜私も彼氏ほしくなってくる〜」



 と、すぐにその原因が周りの女性客であることに気がつき、



「……あっ!?」



 自身の手が男の子の腕を握っていることにも気がついた。



「ご、ごめっ!?」

「ああ、ははっ、いや大丈夫だよ」



 慌てて手を離すが、それで動揺が収まるということもない。



 ──うぅ〜〜っ! やらかした〜っ!



 おかげで変に意識してしまうし、顔も自然と熱くなってしまう。



「い、石徹白さんってこういうところ好きなんだ?」

「う、うん……」

「へぇ……ははっ……」



 そして、そんな雰囲気が伝わってしまったのか、日並くんまで照れ始める始末。


 互いに地面を見ながら、言葉の無い時間が過ぎていき、



「何してるの、二人とも」

「!?」



 不意の声に驚かされることとなる。



「え、あっ、あはは、何でもないよっ……!」



 特に悪いことをしてたわけでもないが、何故か不貞の現場を目撃されたかのような心地である。


 何を思ったのか、無機質な表情でこちらをじーっと見つめる遊愛ちゃんは、



「……ねえ日並」

「ん?」

「その……あっちの方とか、見てみたいんだけど……」



 少しの間を空けて、日並くんに声をかけた。


 どうやら、行きたいところがあるらしいが、



「ああ、いいよ」

「…………」



 彼の許可が出ても彼女はその場を動かない。


 そして、



「お、っと……?」



 焦れた様子で日並くんの袖を掴むと、



「意見くれるんでしょっ」

「あ、あぁ……」



 若干の不満をにじませた声色で説明しながら、どこかへと引っ張って行ってしまった。


 その一部始終をぼうっと眺めていたエルナは、



「あー、そういう感じか」

「青春だね〜」



 再び聞こえてきた野次にハッとさせられる。



 ──まさか、嫉妬でもしたのかな……?



 むすっとした顔に、不機嫌そうな声。


 そこから導き出される答えは本来であればそうなるはずだが、その可能性は彼女自身が昨日否定していた。



 ──でも、もし……。



 しかし、事情があって話せない、もしくは単純に無自覚というだけの場合もあり得るだろう。


 もしも、本当はそういうことなのだとしたら……



「ふ、二人とも待ってーっ……!」



 直後、身体は無意識に駆け出していた。



 ──べ、別にいいんだけどっ……遊愛ちゃんそういうの疎いし、私が付いてないとだしっ……!!



 そんな、気持ちとは裏腹なはずの行動に、エルナは自身のことを棚に上げることで説明をつけつつ、彼らの後を追うのだった。









 そんなこんなで三人での試着会が幕を開けたわけだが、



「もう、遊愛ちゃんまた似たようなのばかりっ。こっちのとかも着てみようよ!」

「い、いいでしょ別にっ。それに、そういうのは似合わないって」



 気がつけば先ほどまでのことなど、どこかへ行ってしまったかのような楽しい時間となっていた。



「え〜? 絶対似合うのに〜」

「いいの、私はこれで」



 以前からの恒例である、遊愛ちゃんに可愛い服を勧めては照れながら断られるという流れだが、久しぶりということもあって非常に楽しく感じてしまう。



 ──確かに、今のも遊愛ちゃんらしくていいんだけどねー。



 今日の彼女は七分袖のパーカーに、ショートパンツを合わせた、夏仕様ということ以外は定番の組み合わせである。


 もちろん、同年代の男子より少し背が低い程度──それこそ日並くんとほぼ同身長の遊愛ちゃん的にはフリフリした服のハードルが高いという理屈も分からなくはない。



「……えいっ」



 しかし、今日のエルナはいつもと違う。


 仲直り記念でテンションの高くなっているため、そう簡単に諦めることはない。



「? 何してるの?」

「着てくれないなら、こっちで勝手に見ちゃうから」



 いつも自分が着ているような、リボンやフリルのあしわらわれたガーリーな衣服を持ってくると、遊愛ちゃんに照準を合わせて擬似的に試着させる。


 これなら、いくら彼女が断ろうが好き放題堪能できるというわけだったが、



「まあ、それくらいなら」



 残念ながら、いい反応を見ることはできなかった。



 ──まあ、これはこれでいいか。



 とりあえず、頭の中の可愛い遊愛ちゃんだけで我慢するかと諦めかけたその時、



「へぇ、どれどれ?」

「っ!」



 横から傍観していた日並くんが、割って入ってくる。


 遊愛ちゃんに意見を伝えようとでも思ったのか、エルナの横から顔を覗かせてきたが、



「や、やっぱダメっ!」



 それよりも早く、エルナが持っていた服を手でどけてきた。


 一瞬、何故なのか分からなかったエルナだが、



 ──もしかして、日並くんに見られるのは恥ずかしいの?



 この状況では答えはそう多くない。


 やはり、そういうことなのだろうかと再び疑念が湧きかけるが、



 ──いいこと思いついちゃった……♪



 今はそんなことよりも、やるべきことがあるだろう。


 エルナは頭の中に浮かんだ妙案に口をニヤリと曲げ、



「はい♪」

「だからっ……ダメだって……!」



 諦めずに衣服を被せていった。


 当然、遊愛ちゃんはそれを妨害してくるが、



「日並くん、そこの服持ってきて?」

「え、ああうん」



 即座に配下へと指示を出す。



「これでいいの?」

「うん、それ遊愛ちゃんに似合いそうじゃない?」

「あっ……!」



 そして、従順な彼を巧みに誘導すると、遊愛ちゃんもエルナの思惑に気がついたらしい。



「日並っ、それ戻してきて!」

「え?」



 エルナの指示とは真逆の発言に日並くんが戸惑うも、



「え〜? ほら、こんな感じで……」

「る、ルナッ……!!」



 そこへ自身の持っている服を被せにいくことで、隙を生じさせない。



「ど、どう日並くんっ!?」

「え、いや石徹白さんの背中でよく見えな」

「日並はあっち行ってて!」

「何でッ!?」



 だが、抵抗はなおも激しく、決定的瞬間を日並くんに見せることが中々できず、



「友戯が意見欲しいって連れてきたんじゃん?」

「そ、それはそうなんだけどっ……!」



 さりとて、謎の攻防を繰り広げることに疑問を持たれた遊愛ちゃんは返答に困っていた。



 ──しどろもどろになる遊愛ちゃんかわいい〜♡



 服を着せるという目的自体は達成できていないものの、可愛いリアクションが見られるという観点ではこれ以上にない成果であろう。



「ぜ、絶対に馬鹿にされるし……」



 加えて、そんな風に顔を赤くしてぼそりとつぶやかれようものなら、



「はぅっ……!?」

「ぐっ!!」



 エルナだけでなく、日並くんまで心を射抜かれてしまっていた。



 ──うんっ……!



 瞬間、考えたことが同じであったのか自然に彼と見合うと、こくりと頷き合い、



「友戯、これとか似合うんじゃないかっ!」

「見て見て日並くん、これなんかも良さそうだよ〜♪」

「っ!?」



 まるで熟練の相棒かのように手際よく攻め立て始める。



「な、何なのもうっ──」



 これには、さしもの彼女も焦ったのか慌ててその場から逃げ出そうとするが、



「──っ、ちょっ、ルナ……!?」

「ダメだよ、まだ全然見てないんだから……♪」



 あいにく、獲物を逃がすほどエルナは鈍重ではない。


 アサシンのごとく背後に回り込むと、その身体を羽交い締めにし、



「日並くんっ!」

「応ッ」



 素早く相方に声をかけた。



「〜〜っ!! わ、分かったからっ……一着だけ着るからっ……!!」



 自由を奪われた遊愛ちゃんはバタバタと暴れながら交渉を試みてくるが、時すでに遅しである。



 ──自業自得だよ、遊愛ちゃんっ♪



 これは、せっかくのお誘いに第三者を連れてくるという無粋な真似をした者への当然の裁き。


 その大義を持ったエルナを止めることなど、もはや不可能なのであった。










 かくして、着せ替え人形として存分にリアクションを楽しんだエルナは、まだ早い時間ながら帰路へとついていた。



「ご、ごめんね遊愛ちゃん……?」

「別にっ」

「あぅっ……」



 理由はもちろん、被害者である遊愛ちゃんが不機嫌になったからであり、



「で、でもほら、実際似合ってたし!」

「うるさい」

「うっ……」



 こうして日並くんと二人でご機嫌取りをするはめになっているというわけだ。



 ──拗ねてる遊愛ちゃんも可愛いけど、流石にやりすぎた……。



 あの後、調子に乗ったエルナは彼女を更衣室に連れ込んだ挙げ句、一度だけという約束を破り何着も着替えさせようとしてしまっていた。


 結果、三回目あたりで我慢の限界が来たのか、遊愛ちゃんは完全なお冠となってしまったのだが、これは当然のことだと納得するしかない。



「その、でも本当に良かったと思うぞ? 普段とのギャップがあって新鮮だったし、ちょっと慣れてないところも逆に可愛いかったというか──」



 が、日並くんは諦めることなくべた褒めし続け、



「──それに……」

「も、もう分かったからっ! それやめてっ!!」



 やがて、耐えきれなくなったのか、遊愛ちゃんは観念しながら止めに入った。



 ──そう言えば私もくらったなーあれ。



 顔を赤くしながら制止するその光景に、つい先日の出来事を昔のように感じながら思い出す。


 あの時の自分も同じように慌てふためいてしまっていた気がするが、傍から見るとこんな感じなのかと今は他人事のように思えてしまう。



 ──どう、なんだろ。



 そんなことを考えていると、ふと気になることが出てきてしまう。



 ──日並くんと遊愛ちゃん。



 それはもちろん、目の前二人に関することである。


 まず、彼らが互いを想う感情はそれぞれどういったものなのか。


 少なくとも、対外的には恋人的な関係でないことを主張してはいるが、一連の付き合い方を見ていると、それ以上の何かで結ばれているようにも見える。



 ──それで、私は……。



 そして、そんな二人の間に割って入ることとなった自分自身は、どう思っているのだろうか。


 彼らが楽しそうに話しているとどこか羨ましいような感情が生まれてくるが、いったいそれが何に対して向いているのかは漠然としていて分からない。


 個人的には認めたくないが、日並くんへの対応が他の誰とも違うような気がするのも事実。



 ──でも、まあ。



 しかし、今日という日で一つだけ分かったことがある。



 ──やっぱり、私は遊愛ちゃんが好きだ。



 それは、気のせいかもしれない他の感情とは異なる確かな友情で、



「ごめんね遊愛ちゃんっ、久しぶりだったからついテンション上がっちゃってっ──」



 故に、ひとまず他のことは全部忘れて彼女と一緒にいたいと、そう思うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る