第16話 ※友達は大切にしましょう。

 時というものはあっという間に過ぎるもので、気がつけば今現在、すでに放課後の時間へと突入していた。



「日並ー帰ろうぜー」



 すると当然、横から友人の声がかかる。



「おう、帰るか」



 昨日は用事があったので迅速に帰ったが、今日は一人で先に下校する理由もない。


 快く返事をしてやると、



「ういっし」



 ちょっと癖のある反応で返ってくる。



「そういや、今日はできるのか?」



 そのまま、カバンを背負って二人して玄関口まで来たところで、景井が聴いてくる。


 主語が欠けているが、付き合いが長いので何が言いたいかは分かっていた。



「ZPEXか?」

「ああ、もちろんだ」

「うーん、まあ夜遅くじゃなければいけるかな」



 友戯との予定はあるものの、あくまで夜の話である。


 もちろんのこと、景井や他の友人と遊ぶのも普通に楽しいので、トオルには断る理由がなかった。



「おっけー、じゃあ帰ったら早速用意するわー」

「うい」



 そんなこんなで、今日一日のスケジュールがパンパンに詰まると、



「まあ任せとけ! 昨日三回も勝利した俺がキャリーしてやるからよー」

「おう期待しとくよ──」



 校門を通り抜けつつ、ゲーム談義に花を咲かせていく。



 ──今日はいつもより更に楽しめそ……。



 その最中、景井と友戯──両方との約束により一日中も友達と遊べるという事実にトオルは満足感を得ていたが、



 ──…………また視線?



 不意に、誰かの視線を背中に感じた。


 昼休みの時もそうだったが、何やら今日は何者かに付け狙われているようである。



 ──まさか、今朝の男子か?



 思い浮かぶ該当者は、今朝、友戯と二人のとこを見られた男子軍団の誰かだった。


 それ以外だと自分に関心を向ける人物は思い当たらないので、おそらくあそこで何らかの恨みを買ったか、もしくは真偽を確かめるために尾行している可能性が高いだろう。


 残念ながら、彼らの顔までは確認していないので、今周囲を見渡しても犯人を見つけることはできないのだが。



 ──まあ、大丈夫か。



 結果、どちらにしろ、今日はもう友戯と会う予定は無いので、何の証拠も上がらないだろうとトオルはたかを括ることにした。



 ──…………へ?



 したのだが、



 ──な、何で……。



 視界の端に映った人物に、目を見開かされる。



 ──何で、友戯がここにっ!!??



 喋りながら併走している景井の、さらにその右に現れた、黒髪の少女──後ろで組んだ手にカバンをぶら下げる彼女は、紛れもなくあの友戯であった。



 ──おいおい、何しに来たんだ……!?



 何やら様子を伺うように、前傾姿勢で顔を覗かせてきている友戯に、トオルは絶句する。


 それもそのはず、よりによって人目のあるこのタイミング──それも、少なくとも景井にはバレるであろうこの状況で何をしようというのか、ヒヤヒヤせざるを得ない。


 今のところ、こちらを向いている景井は気づいていないが、この距離感と気配ではそう遠くない内に感づかれるだろう。



「ちょっといい?」



 が、そんな懸念ごと吹き飛ばすように、友戯は堂々と声をかけてきた。



「うわっ……友戯さん……?」



 当然、背後から不意を突かれた景井は驚いてた様子で、それを見ていたトオルはハラハラとさせられる。



「確か、同じクラスの日並くん……と景井くん、だよね?」

「あ、うん、そうだよー……?」



 何のつもりだと聴くに聴けない状況に混乱しつつも、とりあえず他人という設定の方で話しかけてくれたことに安堵した。



「えっと、どうしたの友戯さん?」



 少しでも情報が得たいトオルは、状況を把握しきれていない景井の代わりに尋ねてみるが、



「…………」



 なぜか、ジトッとした視線を向けられてしまう。



「……ほら、せっかく同じクラスなのに、二人とも話したことなかったから。いい機会かなって」

「ああ、なるほどー」



 少しの間を空けて回答をくれた友戯に、景井は納得するように頷いているが、トオルに限ってはそうはいかない。



 ──いや、どういうスタンスなの!?



 何せ、自身と友戯はすでに友達なのだから、まず そこに関しては嘘である。


 さらに、例え景井と友好を深めるのが目的だとしても、そんなのはこちらに相談してくれれば良いだけで、わざわざこんな遠回りをする必要は無いはずだ。


 考えれば考るほど、ますます友戯の意図が掴めず、トオルの頭は困惑していくが。



「何の話してたの?」

「ゲームの話だよ、二人でよくやるんだよねー」

「……へぇ、そうなんだ」



 そんな最中も、友戯は変わらずクールな出で立ちで話を続けてくるが、



 ──景井お前、順応性高いな……。



 てっきり、あたふたでもするかと思っていた景井は、同類とは思えないほどにしっかりと返答をしていた。


 流石は生活指導の常連になれるだけの図太さだと、改めて感心せざるを得ない。



「他の人とはやらないの?」

「ああ、まあ中学の頃の友達とかも誘ったりするねー」



 友戯の質問攻めにも特に意識することなく平然と答えており、本当に同じ人類かと疑ってしまうほどにマイペースだった。


 トオルには小学生の頃の親友というフィルターがあるためある程度の対応ができるが、本来は友戯も女子──それも、学校全体で見てもトップに属するレベルの美少女である。


 そんな相手がいきなり話しかけてこようものなら、トオルであればビビり散らかしていたに違いないだろう。



「あ、やっぱりそうなんだっ」



 一方、景井の回答に対する友戯の反応はといえば、何故か声の調子が少し跳ねているように感じられ、



「まあでも、誰が一番遊ぶかって言ったら、やっぱ日並になるかなー」

「……ふーん」



 かと思えば一気に冷めたりと、普段イメージしてる友戯らしくない感情の起伏を見せていた。



 ──本当に何しに来たんだ?



 何やら、景井に対してやたらと問いかけているが、やはり彼との交流が目的なのだろうか。



「ゲーム以外もするの?」

「いやーあんましないかなー。日並の家に行った時に漫画読んだりするくらい?」

「へえ、外に出かけたりとかしないんだ?」

「まあ、レジャー施設とかカラオケとか、いわゆる高校生の遊びーみたいなとこは行かないねー──」



 その後も、なんの違和感も無く二人の会話は続き、友戯と友人のはずの自分が逆にハブられる形となっていた。



 ──まさかここまでとはな。



 前々から景井の方がコミュ力はあると思っていたが、同じクラスになって一ヶ月しか経っていない女子相手にここまで立ち回れるとは思いもしなかった。


 やろうと思えば、自分以外にもたくさん友達が作れるに違いないと思うと、今こうして友人でいてくれてることに感謝しかない。


 と、そんな風に別の方向へと思考が向きそうになっていると、



「──ふーん……じゃあやっぱり、日並くんとは前から友達って感じなんだ」

「うん、と言うかまあ──」



 友戯が改めて確認するように尋ね、



「──親友って方が正しいかも?」



 景井は恥ずかしげもなく答えていた。



 ──景井、お前ってやつぁっ……。



 その言葉はどこか気恥ずかしいものではあったが、それをはっきり言えるだけの確証が景井にあると思えば、嬉しくないわけがないものでもある。


 これに感動せずしていつ感動しろというのか。



「へえ、親友……ね」



 だが、友の言葉に感動していたトオルはふと、空気が変わっていることに気がつく。



 ──え、ん……?



 景井は相変わらずのボサボサ髪で目が隠れていて表情が分かりにくいが、のほほんとした雰囲気を醸し出しているのは変わっていないのでおそらく原因ではないだろう。


 ではやはり友戯の方かと見てみれば、こちらも安定のポーカーフェイスを浮かべており、



 ──あれ、ちょっと不機嫌……?



 よく観察してみるとほんの僅か眉をしかめていることに気がつく。



「あ、ごめん友戯さん。俺、こっちだからー」



 しかし、その答えを得るよりも早く、景井が足を止めて分かれ道の先を指さしていた。


 どうやら、いつも景井と別れている場所に着いていたようだ。


 トオルはもうそんなに歩いていたかと思いつつ、



「ん……じゃあね景井くん」



 不機嫌らしき友戯がここからも付いてくるのだという事実に気が付き、不安になってくる。



 ──いったいなんなんだ……?



 友戯の心を揺さぶっているものが分からないトオルはとりあえず彼女からの行動を待ってみるが、



「…………」

「…………」



 それから数分歩いても、二人の間に会話は生まれなかった。



 ──なんでっ!?



 おかしい、と思った。


 今朝はあんなに楽しそうに話せていたし、昼休みだって普通程度には会話できていたはずだ。


 それがどうしたらお互い無言で下校することになるというのだろう。



「あ、じゃあ、俺ここなので……」

「…………」



 そしてとうとう、自宅マンションの前まで着いてしまった。


 友戯はといえば、別れの言葉にも反応せずこちらをジッと見つめてくるのみ。



 ──し、しかたない……。



 これは、今日の約束もお流れかもしれない。


 そんな予感が脳内を駆け巡ったトオルは落ち込みつつエントランスをくぐり、足をエレベーターの方へと進めていく。


 が、



「うわっ!?」



 エレベーターに乗って扉を閉じようとした瞬間、物凄い速度で割り込んで来る者が現れた。



「と、友戯っ……?」



 その人物がマンション前に置いてきたはずの友戯だと理解したトオルに、



「ねぇ、何か忘れてない」



 彼女はようやく言葉を発してくれる。



「え?」



 忘れてることなど何かあっただろうかとトオルは首を傾げるが、



「…………」

「ち、ちょっと待ってッ!! ええっと──」



 友戯からのジト目を受けて慌てて真面目に思考を切り替える。



 ──ええ、今日といえば夜のことだよな。そりゃ友戯と一緒にゲームをして……。



「──あ」



 そこでようやく、大事なことを忘れてることに気がついた。


 ゲーム機が無ければゲームはできず、友戯にそれを用意すると言ったのはトオルである。



「はぁ……今日、どうやって遊ぶつもりだったの?」



 そんなトオルの抜けっぷりに友戯は呆れたのか、深くため息をつく。



「すみません……」



 結果、ようやく友戯の心情を理解したトオルは、正直に頭を下げるのだった。

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