人間生活と死神の二刀流

折上莢

第1話 鏡と御伽

昼は会社員。だけど夜は。


「あ〜! 昼も働いて夜も働くなんてどういうこと⁉︎ 過労死するが⁉︎ は⁉︎」

「ぴーぴー騒ぐな、御伽。とっとと捕まえろ」


 直属の上司である鏡さんがそこそこの力で私の頭を殴る。パワハラだ。

 目の前にはふよふよと浮遊する魂。これは事故死した人間の魂だ。このまま放置しておくと、未練のある場所に取り憑いて悪霊と化す。


 その前に捕まえて、天国や地獄へ導くのが『死神』の仕事。そしてそれが、私の夜の姿。


 目の前の浮遊霊を捕まえる。専用の箱の中に入れて、その箱を抱え直した。


「鏡さぁん、もう疲れましたよ…今日だって朝八時に出社、そこから十二時にお昼休憩、そこからまた六時まで仕事、仮眠を三時間ほど取って十時から死神業…」

「次は西方面だ。動け」

「ひどい…」


 しくしく泣く真似をしながら、鏡さんの後に続いた。道中見つけた浮遊霊を捕まえながら、次の現場に向かって民家の屋根を伝って行く。


「…んなに騒ぐんなら、仕事辞めればいいじゃねぇか」

「え? やめられるんですか? 死神」

「違ぇよ馬鹿。昼の会社勤めだよ」


 さらりと月明かりを浴びて輝く鏡さんの銀髪が眩しい。彼はちらりと流し目で、後ろにいる私を見た。


「無理ですよ。私、鏡さん見たく階級が高くないんで。死神業だけじゃ食べていけないです」


 死神にも、天使と同じような階級が存在する。上位三隊、中位三隊、下位三隊というふうなものだ。そのうち、私は下位三隊、鏡さんは上位三隊に打ち分けられる。死神業だけで生活していくには、最低でも上位三隊に入らないと無理だ。

 そして私は現在、下位三隊。遠い夢である。


「…結婚とか、あるだろ」

「結婚〜? そんなのもっと無理ですよ、さっき言ったじゃないですか! 昼は会社勤め、夜は死神業。どこに出会いがあるっていうんですか」


 ひょいと次の屋根に飛び移る。少し先を行く鏡さんの顔は見えない。何を考えているのかもわからない。突然結婚の話なんてどうしたんだ。

 もしかして、鏡さん、結婚するのか?


「…ご祝儀、いくら包めばいいですか?」

「なんでご祝儀の話になってんだよ」

「いやだって、鏡さんの口から結婚なんて話題が出てくるから…鏡さん結婚するんですか⁉︎ どんな美人と⁉︎」


 改めて口に出すと驚きが勝る。そのまま足を伸ばして、鏡さんの隣に並んだ。この人は口は悪いがかなりの美人だ。女でも羨むようなまつ毛、毛穴ひとつない真っ白な肌、さらりと月光を反射する銀髪。ファンクラブができるのも頷ける。


 どんな顔をしているのかと覗き込むと、なぜかぎろりと睨まれた。


「…はあ」

「そんなこれみよがしにため息吐かないでくださいよぅ。お付き合いしてる人いるんですか? どんな人? 死神ですか?」

「…付き合ってはない。俺の片想いだ」

「片想い!」


 あの鏡さんが片想い!

 上位三隊の中でも冷徹で口が悪くて愛想も悪くてなぜか他部署の女性人気だけが異常に高い鏡さんが。片想い。


「え、え、その話詳しく聞きたいです!」

「…いいぜ。じゃあ協力しろ」

「もちろんです! 微力ながら協力させていただきます!」


 ぐっとサムズアップすると、その親指を握られ本来曲がらない方向に折られた。痛い。



骨が折れる仕事があらかた済んだ丑三つ時。適当に入った二十四時間営業のファミレスで、私は興味津々を隠さず身を乗り出す。


「それでそれで? どんな人ですか?」

「騒ぐな」


 ピシャリと言い放った鏡さんは優雅にコーヒーカップに口をつける。私は注文したサラダのトマトにフォークを突き刺しながら、口を尖らせた。


「協力するんだから教えてくださいよ」

「…相手は同じ死神だ」


 なぜか鏡さんは苦々しい顔をしている。ブラックコーヒーが苦かったのだろうか。ちなみに私はコーヒーは飲めない。せいぜいカフェオレが限度だ。限度だがカフェオレを飲むくらいならオレンジジュースを飲む。


「兼業している。昼は死神以外の仕事だ」

「ふむ、私と同じですね」

「…そうだな…」


 急に鏡さんの表情が死んだ。コーヒーそんなに苦かったのか。私は飲まないようにしよう。


「ということは、私がかなり協力できますね! まず、お休みの日は寝てる可能性があるので、事前にアポ取った日以外は誘わない方がいいです」

「そうなのか?」

「はい。お相手がどのような昼のお仕事についているのかわかりませんが、死神との兼業っていうのは楽じゃないんです!」


 鏡さんは何かを考えるように顎を撫でる。これは相手方のことを考えているな。


「ならいつ誘えばいい? 休みの日が駄目になると、他の日は仕事で忙しいじゃねぇか」

「別に丸一日じゃなくてもいいんです。塵も積もれば山となる、一緒にお昼食べにいったりとか、帰り送って行ったりとか! そういうことから始めましょう!」


 ふむ、と納得の声を漏らす鏡さん。好感触ににやけながら、オレンジジュースに差したストローをくるりと回す。


「ところで、その相手方はどんな方ですか? 兼業してるってことは、中位か下位あたりですよね?」

「…下位だよ」

「わ! 同僚だ! どの子ですか? 私も知ってる子ですか?」

「うるせぇなあ、いいだろなんでも!」

「協力するんですから教えてくれたっていいじゃないですか!」


 深夜で人の少ない店内をいいことに少しだけ声を荒らげる。鏡さんは顔を顰めたのち、諦めるように息を吐いた。


「どんな人ですか?」


 再度尋ねると、鏡さんの耳が赤くなった。


「…コーヒーが飲めなくて、オレンジジュースが好きなガキだよ」


 すっと視線が手元に落ちる。

 私が持っているのもオレンジジュース。


「…その子ととても趣味が合いそうです!」

「ああそうだったよお前はそういうやつだ」


 額に手を当ててため息を吐く鏡さん。私と趣味が合いそうなことがそんなにショックだったのだろうか。もう、独占欲ですか? まだ付き合ってすらいないのに。

 


 

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