第2話 死の真相

「なんで貴方が殺されなければならないのですか!」


 そんな悲鳴に近い叫びが、目の前で聞こえた。いつの間にか僕は目を閉じていたようで、目を開けると女の人が泣いていた。


「なんで!貴方は理想を叶えたはずでしょう!」


 薄い金色と言ったらいいのか分からないけれど、派手さを感じない金色の髪は腰当たりまでまっすぐ伸びている。透き通るような肌で目の色は蒼く、鼻立ちは高い。なんというか美しいと形容したくなる顔立ちだ。身長は何センチだ……?僕の身長が分からないから、考えようがないな……。ただ服装はなんというか、OLのような服装だった。……なんでこんなに上から目線で評価しているんだ僕は。

 あたりを見回してみれば、病衣姿の僕と、その女の人の体以外何も存在しておらず白一色の世界だった。地平線が分からず、自分の足がどこを踏みしめているのかすら少し不安になるほど同じ白一色だった。


「……えっと、いろいろと分かんないことがあるんですけど。」


 さっきのレティーシャやダンジョンの部屋だったのは何だったのか、なぜあなたは泣いているのかとか。

 でもそれ以上に、聞きたいことがある。


「なんで僕は、普通に動けるようになっているんですか?」

「なんで私が泣いてるのをそんなにナチュラルに無視するんですか!」

「順を追って話してくれないと、分からなくなりそうだからですよ。」


 すると思うところがあったのか、ポケットからハンカチを取り出し、涙と鼻水をふき取った後何事もなかったかのように装いながら説明を始めた。


「まず私は、分かりやすく言えば監督者という存在で、名前は無いです。ここまではいいですか?」

「あ、え、はい。」


 いきなり態度が変わった……?僕の目をじっと見て、真面目な顔で話している。

 というか、監督者?天使とか神様とか、そういう存在じゃないのか?


「一概に言えないけれど、人間が知っていることが増えるたびに世界を管理するためのエネルギーが必要です。世界の解像度という例えが適当でしょうね。解像度を上げて設定を作っていかなきゃいけないので。そうなってくると、管理している側からすると非常に面倒くさいです。」

「原子を発見したら中性子と陽子と電子があることを見つけたみたいな感じですか?」

「あー、それに近いですね。それで、人間のいる世界を管理するのにもエネルギーがいる訳ですけど、無限にエネルギーを投入できるわけじゃないんです。だから人間の側からエネルギーを吸い取れるようにしました。」

「さらっと凄いこと言ってませんか?」

「人間の感情のうち、幸せの感情が一番エネルギーを吸収しやすいんですよね。なので、幸せを余り感じていない人が亡くなってしまった場合、ある程度の条件を満たした人は、理想を叶えてもらって幸せを感じてもらいたいのです。そうすれば、エネルギーを効率よく回収できますから。」

「え?」


 その理屈で行くと、僕の理想を叶える=僕のダンジョンの再現になるわけなのか?それは、まぁ、願ったりかなったりではあるけど、僕の理想ってゲームの世界に入るってことだったの?

 今自分でで願ったりかなったりって考えてるからいいのか……?えぇ?まぁ、僕の深層心理ではそれが理想だったのかな?

 それはそれとして、エネルギーを回収するために、僕の理想を叶えるとなるとまたエネルギーを使うんじゃないの?矛盾してないか?

 そんな風に悶々としていると、監督者さんがさっきの真面目な雰囲気とは一転気まずそうに話しだした。


「こう、なんというか言い方が悪くなってしまって言いたくないんですけれど、生前幸せを余り感じてない人って、普通の人からしたら当たり前の幸せを――」

「幸せのハードルが低いから、リソース以上に幸せとして吸収しやすいってことなんですね。」

「えぇっと、はい。身も蓋もない言い方だと、そうなりますね……。」


 なるほど。なんというか、winwinのような関係なのか。じゃあ、ありがたく享受させてもらおう。一方的にこっちが不利になるわけでもないし、うん。


「まぁ僕の体が自由になったことはわかりました。えっと、じゃあなんで僕は殺されたんですか?」

「えっと……その……」


 すごい縮こまり始めたけど、どうしたんだろうか。


「それはこの馬鹿が、君のダンジョンマスターのアバターの存在を忘れたからだ。」

「え?」


 いきなり、ゴン!という音と共に、男勝りな声が聞こえたと思ったら、これまた美しい女性が現れた。監督者さんより高い身長みたいだ。輝くような金色で膝元まである長い髪の毛。眼も金色。男物のスーツにパンツを履いている。ただ肌の色が、白すぎる。なんだろう、人の形はそのままなんだけど困惑するくらい白い。

 ゴン!という音の正体は、どうも監督者さんを殴る音のようで、監督者さんは頭を抱えて蹲っていた。


「私は管理者、こいつの上司をやっている。今回の件に関しては、全面的にこいつが悪い。とはいえ、責任者として何もしないわけにもいかない。そもそも、君には幸せになってもらわないと困る。なので君の創ったダンジョンに戻ってもらう。何か要望はあるかい?」


 色々と都合がよすぎるような気もするけど、まぁしてくれるというのであれば考えてみようかな?……ん?いや、ちょっと待て。


「いやちょっと待ってください。さっきそこの監督者さん、悲痛そうに泣き叫んでましたよ?もっと、そこらへん詳しく説明してもらっていいですか。」


 監督者さんはハッ!と僕のほうに顔を上げた。管理者さんは一瞬監督者さんのことを睨むと、僕に向かって頭を下げた。


「本当に申し訳ない。君がプレイしていた中で、ダンジョンマスターのアバターって殆ど表示されていなかったんじゃないか?だから君の理想の記憶を読み取った監督者は、ダンジョンマスターのアバターの存在に気付かないまま、君のことをダンジョンに転移させてしまったわけだ。」

「え?だから、どういう……。」


 管理者さんは頭を上げると、監督者さんの横に座り一発一発拳骨を下ろしながら説明を続けた。


「この!バカは!ダンジョンマスターのアバターも用意せずに!君を転移させて!殺されたのを!現地の守護者が!暴走したと勘違いして!君に同情して泣き叫んだんだ!」


 ……何とも言えない。なんだろう、最初殴られてて可哀想と思っていたんだけど、なんか妥当な気がしてきた。

 監督者さんは、痛みに耐えながら涙目になり始めている。蹲りながらこっちを上目遣いで申し訳なさそうにしている。


「えっと……不幸中の幸いで、ダンジョンで死ぬとき一切痛みを感じなかったんですよ。そこだけは、よかったですけど……。」

「君はもっと怒ったほうがいいぞ!?他人のミスで死んだのに、そいつミスに気付かずに君に同情してるんだからな!?」


 一気に分かりやすくなったな……。うん?死んだことばっかりに目が行ってたけど監督者さんのせいで、念願ともいえる守護者たちと話す機会があんな一方的に終わってしまったと考えると……。

 

「まぁ、そう考えると僕何にも悪くないのに、よくもまぁぬけぬけと『なんで!貴方は理想を叶えたはずでしょう!』なんて言えましたねこの人。」

「■■■■■!!!お前よりにもよってとんでもないこと言いやがったなぁ!!」


 管理者さんが聞き取れない発音をしながら叫んだけど、どうも監督者さんのことのようで、髪の毛を引っ張り始めた。美しかった顔が修羅のようになり、もはや口調を整える余裕すらさなさそう。そして監督者さんが口を開く前に怒号で発言をふさいでいく。


 間に入るのも怖かったので、暫く後ろを向いて待つことにした。


**************


「取り乱して申し訳ない。私も責任者として、もっと早く対処できる可能性があったことに対しても申し訳なく思う。」

「ごのたびはぼうじわけありまぜんでじた……」


 振り返ると、管理者さんが90度に腰を曲げて謝っている。監督者さんのほうは右隣で僕に土下座している。顔は見えないが発音がうまくいってないあたり……うん。


「さて、改めて。ダンジョンに戻ってもらう上で、なにか追加で頼みたいこととかあるかい?」

 

 管理者さんは顔をあげて、さわやかに聞いた。ただ、監督者さんが頭を上げようとしたら、それを手でグイっと押し下げていた。

 内容はもう決めてある。


「はい。まず僕の体と、ダンジョンマスターのアバターを自由意思で入れ替えることができるようにすること。そして、身体能力はダンジョンマスターのアバターのほうに僕の体も併せてください。それで、僕とダンジョンマスターの姿を、守護者たちには中身は同一人物だと認識できるようにしてください。それで、僕が殺されてから一日経った時間軸に僕をこの姿で戻してください。あとダンジョンの外の世界は中世ぐらいの文明があることにしてください。その世界の生物の強さは任せます。あとダンジョン内ではゲームと同じようにダンジョン内の設定を変化できるようにしてください。あぁ、あと大前提として魔法が使えるようにお願いします。」

「……あぁ、分かった。あとは送り届けるだけだが最後に聞きたいこととかあるかい?」

「えっと、その……こういうことって閻魔様とか天使とか神様とかがやることなんじゃないんですか?」


 その瞬間、管理者さんの顔が強張った。


「あぁ、よく勘違いされるんだが我々名前なしからすれば、神様の使いである天使様でさえ、足元すら見ることは許されることは一切ないんだ。閻魔様に関しては、罪人や冤罪をもつ人が裁く存在としか聞いていない。……もう、いいかな?」

「あっ、はい。有難うございます。えっと、どうやって戻るんですか?」


そう聞くと、肩の重荷が下りたような顔になった。


「それは覚悟を決めて目をつむってくれたら、いつでも戻すよ。またダンジョンの君の部屋でいいんだよね?」

「あぁ、はい。」


 ふんわりしてるなぁ……なんか、こう無いのかな。演出みたいなの。

 そんな風に困惑して、どうやって覚悟を決めるか迷っていた時管理者さんがすごい弾んだ声で話しかけてきた。


「あっ!そうだ!君ってさ、ダンジョンを創ってたんだよね?それが君の理想なんだよね?だったら、そのままその世界を丸ごと君のダンジョンにしてくれない?」

「え!?どういうことですか!?」

「君の理想の世界を、惑星全部にするってこと!君って自由に動けなかったから、自然の雄大さみたいなの知らないでしょ?星全部君のダンジョンにしちゃえば、絶景独り占めにしたい放題だよ!そのほうがいいって!」

「なんとなくわかりますけど、だからって全部ダンジョンにする必要あるんですか!?」

「いいから、ダンジョン編集のところに拡張する機能つけておくから!じゃあ、お願いね!そのほうが達成感もあるって!」

「だから、どういうことなんですか!?」

「大丈夫大丈夫!君の幸せのついででいいから!じゃあ、お願いね!」

「お願いってどうい――――」


 その言葉を言い切る前に、真っ白な世界から追い出された。

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