㍉飯召喚召喚

LA軍@多数書籍化(呪具師200万部!)

コンバット! ──レーション

 デデデデデッデッデー♪


 デデデッデッデ♪

 デデデッデッデ♪


 デデデッデーッデッデーッデッデッデー♪

 デデデッデッデッデッデッデー♪


 デッデッデデデデッデッデー♪


(脳内補完中───)


 デェン! デェン! デェン!

 

 テッテッテテテレテテ~♪



 ※ ※


 ──至急電です!!!



 カシャカシャカシャ……


 ──────────────────


 封書 大尉以上開封厳禁

 検印 中央魔王憲兵隊


        (表書き)

        超重要任務!!


              軍事郵便 検

 ──────────────────


発 第15魔道連隊長

宛 第1中隊長


          魔15連人第16877号

          統一暦1885年6月3日


 第1中隊長は、下記任務に基づき人員を差し出すこと。


           記


1 任務

  観測点における、観測員の補佐


2 人員

  水魔法に長ける者を1名

 ※ 補足 1日で最大水量50㍑を出力


3 任地

  PZ-101


4 期間

  本命令受領後速やか

  別示する時期まで


5 連絡

  第15魔道連隊本部庶務班

 ※ 内線 #00-伊400-テテテ


 ──────────────────


 ※ ※


 ビュゴォッォォォ───



 天嶮てんけん峻嶮しゅんけん、天貫く深山……龍のあぎと

 高度1588m、

 平均勾配65°のほぼ垂直に近い針のように尖った山があった。



 マルモン平原にそびえる巨大な柱の様な一本の山。

 そう、それはまさしく「柱」のようだ。



 低い雲なら山に当たり…山頂をすっぽりと覆うこともある。

 そのため、

 雲が垂れ込める日は、この山以外に遮る物のない平原において──まるで、雲を屋根とした大黒柱のようにも見える。


 その峻嶮しゅんけんな山には通常の登山では上る道などなく、

 特殊装備に身を包んだ山岳挑戦者以外に挑む者などなし。


 または、猫の額ほどの狭い山頂に降り立つ技量があれば、巨鳥ガルダドラゴンを駆りたどり着ける──かもしれない・・・・・・というもの。


 普段ならばまったくもって用事もなく、人々はただ見上げるだけの山だ。

 固く特殊な金属の含むその山は、ただそこにあるだけ。


 宝もなければ、特別な生物がいるわけでもなし。

 本当に高いだけの山。

 「見上げる景色は雄大なれど、登る価値なし」とは、著名な登山家の言葉だというが……彼は後年、この険しい山に挑戦し、落下死したという。


 もっとも、それは装備なしの素手による登山のためだったが……。


 しかして、彼の言葉は近年に至るまで、

 登山家、物見遊山、学者、冒険者、ルンペンにまでわかる共通認識であった……。








 そう、近年に至るまで──だ。







 ビュゴォォォォォォ──!


 ガキン……!

 ガキン……っ!


 スパイクのついた登山靴。

 ピッケル。

 そして鋲付きのグローブに、安全索を腰にぶら下げた状態の少女は、ただ黙々とがけを登り続けている。

 (一見、華奢に見えたその顔は、地上なら気付かなかったかもしれないが、チラリと除く肌にはくっきりと筋肉がうつり、骨格からもかなり鍛えているらしい)


「ふっ!」


 カチャカチャとカラビナが常に鳴り、そのうち、もはや耳障みみざわりとさえ感じなくなった。


 目の前には延々と上に続く、太いザイルと鎖。

 そのどちらも等間隔で打ち込まれた巨大なサーベル杭に固定されており、頑丈極まりない様子を見せている。


 この急斜面において、先人の圧倒的な労力に驚かされる思いだ。


(ったく。よく、こんなところに張ったものだよ……)


 鎖の総延長はどれ程になるのか……。

 山を螺旋状に巻いていく構造のためか、1588mを単純に登ればいいというものではない。


 ここまで上るのにすでに丸一日経過している。

 山岳訓練は受けているとはいえ、想像以上のキツさだ。


 懸垂けんすい能力はもちろんのこと、

 なによりも必要とされるのは忍耐だろうか……?


「下を見ない、下を見ない──」

 念仏のようにブツブツと繰り返される言葉。それは、まだまだ変声前を思わせるもので、随分と若い。


 防寒を兼ねたマスクの下に除く顔は灰色に近い白、

 飛び出た耳は長く細い──。

 防塵と遮光ゴーグルの下に除く目は緑色のレンズを通してもわかるほどに赤い目をしている。


 一見すればハイエルフのようにも見えるが、

 その肌は彼らの様な白磁の肌ではない。つまりは、魔族側に所属するダークエルフだと思われる。


「み、水……」


 ふいにのどの渇きを覚えて、

 背負っているキャメルバックから延びるストローに口を伸ばすが……普段は邪魔にならない位置に除けられているため、口だけで探り当てるのは困難だった。


 しかしして、両の手は使えない。


 平均勾配65°の絶壁はほとんど垂直だ。

 そして、平均の言葉が指すように、「平均」であって……全てが65°なわけではない。


 運悪く、のどの渇きが耐え難くなったのは、……如何いかにも難所と言わんばかりの120°に傾斜した──垂直どころか、逆さにならざるを得ない角度をもった意地の悪い所。


 両の手は登山の基本である三点保持のため離すことはできない。


 いや、正確には足を2点付けば片手は話していい計算だが……しがみつく様にしてザイルを握り、足を岩場に食い込ませている以上、たかだかストローの捜索のために外すことはできない。


「くそ!」


 毒づいた口がようやく、ほほそばにフラフラと揺れるストローの吸い口を捉える。


 普段は、肉付きよく──瑞々しく美しい唇も、今は渇き切ってカサカサ……見るも無惨だ。

 肌と同じく、やや暗い色の唇はいつもならもう少し薄い紫なのだが、疲労のためか黒く濁っている。


 なんとか、捕まえたストローで水を吸い上げるのだが……。


「あぁ。なによ! いつ飲み干したのよ!?」


 すかすかっ!


 中からは空気しか出ない。

 期待していた分、余計に咽が乾く!

 ……もちろん飲んだのは自分なのだ、いくら吸っても、ストローからは水が供給されることはなかったのだ。


(くっそー)


 おかしい。

 空にはなっていないはずだが、窮屈な体勢と疲労のため吸引力が弱くなっているのかもしれない……。


「あぁ、いい! もうっ、水は後──」

 自棄やけになったかのように、ペっとストローを吐き出すと、既に体から汗が吹き出さないほどに脱水が続いていることを知りつつも先へと進むことにする。


 事前のブリーフィングでは、残すところあと100mほどだ。


 この難所を超えれば幾分楽になることも聞いている。

 だから、ここは我慢だ。


「はぁはぁはぁ……」


 ザイルに体重をかけすぎないようにして、なるべく足と手の力だけで体を押し上げていく。

 二重になっている安全索をわずらわしく感じるも、

 これがあると無いでは、心の安定感が全く異なるもの。


 サーベル杭の連接箇所で慎重にカラビナを入れ替える。

 二重の安全索はこの時の安全のためだ。


 握力が落ち始めていることを感じつつも、あと少しで登頂できると自分に言い聞かせながら震える手でカラビナを入れ替えた。


 そして、難所であるこの斜面を一気に登り切る───


 ググ! っと体を引き寄せ、120°のとっかかり超えて少しでも、平面に近い方へと体を滑り込ませた。


「キツ……」

 ググゥ───と服を擦りながら、固い岩肌に密着して登り切る。

 コンプレックスでもある薄い胸・・・がこの時ばかりはありがたかった。


「───登っ……た!」

 120°の斜面を登り切れば幾分緩やかな平均勾配65°のそれが漸く顔を見せる。

 普通ならそれでも垂直に近く、恐怖心は拭えないものだが、それでも90°以上のそれに比べれば雲泥の差があるものだ。


「あとは、ここを登るだけ!」


 薄っすらとガスがかかり、視界が悪くなって来ても目の間のザイルが消えてなくなるわけでもない。

 これを辿れば、じきに頂上だ。


 それに、だ。

 ガスの中に薄っすらと明かりが見える。


 ───もうじき着く! いただきへ……頂上へ!!


 それだけで嬉しさがこみあげて、不意に涙が溢れそうになる。

 いけない、いけない! 着任早々泣いてちゃ、「泣き虫シェラ」の汚名はそそげないぞ!


 グッと唇を引き結ぶと、想定で行くところの後僅あとわずかの距離を登っていく。

 チャリンチャリンと鎖が鳴り、そこにあたるカラビナがカチャカチャと派手な金属音を立てている。


 上に人がいるなら気付いていてもおかしくはない。


 一応連絡は行っているはずなので、着任を知らないはずはないのだが、頂上の明かりは変化なし───人の気配も希薄だ。


 ふと……妙な臭いが鼻をつく。


 嗅いだことのない匂い───……肉? にしては───…もっとこう、甘い感じの……? なんだろう。

 食べ物の匂いを嗅いだことで、あまり気にしていなかった腹の虫がキュルキュルと鳴り出す。


 食事と言えば、朝のビバーク地点で食べた固いパンとベーコン、それに途中で食べたドライフルーツとナッツくらいだ。


 ……あまり食が進まなかったことを思い出す。


 高所にいる緊張感と───渇き……そして便意を恐れたからで…

 水ならなんとかキャメルバックから補給できるが、

 なんと言っても「大・小」がやっかいなのだ。


 垂れ流すわけにもいかないし、用を足そうにも3点保持の体勢では酷く困難である。


 それに───可愛く見られがちだが、これでも男だ。

 多分、誰も見ていないとはいえ……吹きっさらしのオープンスペースで人民解放う〇こするわけにもいかない…


 (ちなみに、シェラが知らないだけで、シェラを送り出した者はちゃんと下から観測していたりする……)


 結局、一度だけ小便をしただけで、大が出ないように食を抑えていた。

 本来なら、カロリー摂取をおこたるのは禁じられているのだが、こんな場所のこと───彼の判断次第だろう。


 しかしして、空腹感もさることながら───喉の渇きも耐え難い。

 ようやくガスの切れ間に、鎖とザイルの終わりを見つけたときには、思わず両の手を放して飛び上がりそうになった───当然やるはずもないが…



 そう、……もう少しだ──!



 チャリンチャリン……カチャカチャ……!


 もう少し、

 もう少し、


 チャリンチャリン……カチャカチャ……!



 もう少し、

 もう少し、


 チャリン───……カチャン……!



 もう少……。



 ひたすら登るシェラは、ついに垂直に近い斜面以外を手にする感触を得た。


 ッ!!


 た、平らな地面!?


 ザラザラとした勾配0°の地面に触れると、


 上を向いた杭!

 空だけが見える──!



 や、

 や……った。



 つ、

 ついに、





 ついに、

「着いた──!!」「動くな」



 ひっ?!



 思わず歓喜の声を悲鳴にかえたシェラに、間髪入れず冷徹な声が突き刺さる。

 甘い匂いの立ち込める頂上の空間において、冷ややかなその声は殺気を放っていた──。


 万歳の姿勢のまま上を向いて上半身だけ頂上に突き出していたシェラはそれだけで固まってしまう。


(え? なんで……な、なんで──??)


 顔を下ろせない。

 上を向いたままを強いられているのは何故か。

 それは……シェラの顔……その下の細い首──のど元にピタリと突きつけられた銃剣にせいで顔を戻せないのだ。


(な、なななな──まさか!)


 ここは軍の重要拠点。







 魔王軍、特設観測点「PZ-101」───通称「鷹の目ホークアイ







 長年続く人類との間に繰り返し行われる、くだらない決戦──その地……。

 そこは、マルモン平原。


 この寸土を幾度と取り合い、

 何度も行われる最後の決戦の地だ。



 日々続く、最後の戦いを見通す最重要観測点──それが「PZ-101」──通称「鷹の目ホークアイ」である。




 多数の犠牲と労力を費やし築かれた観測点には、常時兵を配置している。

 シェラもその交代要員として、本日付けをもって配属の予定だったのだが……。


(まさか、占領されていたなんて──!)


 それも、

 ……薄汚い人類なんぞにぃぃぃぃぃ!


 連絡がいっているうえに、遅滞なくシェラは到着した。

 ならば、諸手もろてをあげて歓迎するだろう? 普通はぁぁ!


 しかし、突き出されたのは歓迎の悪手ではなく、冷たい銃剣。

 顔を下げることもできず、ここまで登ってきた苦労を一気に崩された悔しさで、涙が溢れる。


 せめて、

 せめて、

 せめて、


 コイツを一目見てから死んでやる!


 声の質からして間違いなく男。

 どうにかしてこの拠点を占領したのだろう。


 目玉だけを限界まで押し下げて視界の隅に捉えると、黒髪、黒目、やや黄色が買った肌の海洋系人種! 間違いなく人類だ。それも一番数が多い連中。


 人間だ、

 人間だ、

 人間めえぇぇぇ!!


 反吐が出るほど見飽きたクソどもだ──!


 こんなところで捕まれば、飽きるまで慰み者にされるに決まってる。

 人間は野蛮だ! 男だろうが女だろうが、何だろうがお構いなしと聞く!


 そんな目に合うくらいなら……!

 そんな目に合うくらいなら、ここから飛び降りてやる! ザマーミロ!


 カラビナは2個……だけど、両手で一気にやれば………最初から飛び下りるつもりで外せば1秒もかからない──。


 ジッと動かない男を見て……。



 今だ!!



 グンと、体を仰け反らせてカラビナと安全索に体重を預けた。

 突然、体を空に逃がしたシェラに男は驚いて目を丸くしている。


 はははは、お前なんかの好きにさせるか──!


「チョイと何やってるんだい!」

 突然の女性の声、

 見れば男の脇から赤ら顔の、背の低い女性が顔を出した。


 褐色肌、

 燃えるような赤毛に碧眼、

 丸い耳に、低い鼻、

 そしてぶっとい腕──……!


「ドワーフ!?」

「あっぶね~……! ガキ! な、なにやってんだ!」

 そして、男が身を乗り出してシェラの胸元を鷲掴みにする。

「離せ! 離せよ外道ぉぉぉぉ! ……ってなんでドワーフと人間が一緒にいるのよぉぉ!?」

 

 ジタバタジタバタと上がれると、キュイ キュイ……とザイルと鎖が軋む。


 そして、


「ビリィ! 良いから引っ張り出しな! っと、ほら──せぃの!!」

 グン! と物凄い力で引っ張られてポーンと引き上げられる。


 しかし、安全索で未だザイルと繋がっていたので、勢いそのまま空中で安全索に引っ張られるという、珍しい現象にであう。


 口からはカエルを踏み潰したような声が──。


「ぐぇぇぇ!」


 ドスン……!

 ゼィゼィと緊張感からか、男もシェラも荒い息をつく。ドワーフの女は盛大に腰を打ったのか、顔をしかめている。


 いや、そんなことよりも──銃だ。


 無造作に落ちている銃!

 ガシャりとそれを奪い取ると、男に向け突きつけた!


「う、うううう動くな!」


 ライフルなんて扱ったことはないが、見たことはある。

 それに撃ち方がどうのよりも、固定されている銃剣があればいい──。


「おいおい……そんな撃ち方じゃ脱臼するぞ?」

 男は慌てた様子もなく、ゆっくりと動く──。

「動くなって言ったぁぁぁ!」


 ガキン! と引き金を引くが、


「弾は入ってない」

 え? と驚く間に、銃の切っ先を掴まれてヒョイっと奪われてしまった。


「ひっ!」


 それだけであっという間に優位が奪われたことを理解して顔をすくめる。


 殺され──。

 いや、もっと酷いことを!?


「ビリィ……あんまし脅かしてやんなって」

 あきれたような声を出すのはドワーフの女。

 パンパンと腰を払いつつ立ち上がると、

「あんなシェラだろ? 第11魔道連隊から派遣された───シェラ・フェルドリン一等兵」


 え? なんで?


「私はPZ-101を預かる分隊長、同じく第11魔道連隊のミュウ・ラウゼン曹長だ」

 どうみても、子供にしか見えないがこの背の低い少女───ドワーフの女性が、……上官殿ぉぉ!?


「ししししいしししし、失礼しました! シェラ・フェルドリン一等兵でありまぅぅ!」


 うん、知ってると、困ったような顔をして頭を掻く。


「いや、すまないね。急にコイツが驚かしたみたいで……」

 銃を構えて微動だにしない男の頭をスパン! とはたく。


「今日だって聞いてたんだけど、中々来ないもんだから──その、なんだ。あはは、ちょいと寝ちゃってね」


 そんで代わりにコイツが待っててくれたんだけど、見ての通りエエ格好しいでねー。と……。


「エエ格好しいって……俺かよ?」

 ブスっとした顔で男がようやく口を開く、

 本当に不満そうな顔だ。中年に差し掛かる年齢のようだが、表情は少年のソレだ。


「その通りだろうが! 新入りが来るからって張り切りやがって」

「いや、だってよー……。定例の合図がないし、敵かと思ったんだ」

「嘘コケ。どうせ規律正しい俺──カッコいい……! とか思ってたんだろ?」


 目の前でギャーギャーとやり取りをする二人。

 魔族側の亜人であるドワーフと、敵対勢力の人類の男。

 それが目の前で、命を取り合うでなく舌戦を繰り広げている。


「まあいいや。確かに合図がなかったのは事実だからね」

「合図?」


 へ……?


「聞いてないのか?」

 えっと──……。


 にこっ……。


「いや、『ニコッ』じゃなくて──ほらこれ」

 ドワーフの女性の胸から下げたそれをみてようやく合点のいったシェラ。


「あ……──!! ああああ、笛!?」


 そう。

 ガスの発生により、視界の閉ざされることもあるこの観測所では、敵味方の識別のため特徴的な符号で連絡を取り合うらしい。

 もっとも、今まで敵が占領に来たことは──ないと言う。多分。


 とは言え、今日明日にでも来ない! なんていう保証などないので、しっかりとこうした敵味方の合図は決められているのだ。

 そして、下から上ってきたシェラは、頂上にいる味方に合図送ることを、しっかりとブリーフィングで言いつけられていた。


 しかしながら……疲労と到達の喜びでその辺がスポーンと抜けていたのは隠しようがない事実。

 故に目の前の人間──ビリィに銃を突きつけられる羽目になったのだ。


 だが──。


「で、でででで、でも──な、なんで人間がいるんですか!?」

 鋭い声に、ビリィは肩をすくめて答えない。


「こら! 人間は人間でも、れっきとした友軍だよ。……アンタに取っちゃ上官だ」

「で、でも人間です!」

 シェラも譲らない。

 軍に入隊依頼、人類は敵だと教育されてきたし、……そうでなくとも敵だと思っている。


「やれやれ…筋金入りの軍国少女だね」

「あん? 少女?」

「……この子は女の子だよ?」


 ……。


「嘘だろ?」

 ビリィと呼ばれた男は、手をワキワキしながら疑わしげな眼を向けている。


 ……そういえばさっき胸を鷲掴みされた───!


「触るな!! 変態!! 僕は女の子だ! 何だと思ってんだ───!!」

 あぅ、自分で女の子とか言っちゃった。


 ビリィは……なんか知らんが鼻でフンと笑っていやがる。

 鷲掴みにした手を眺めつつ、だ。


「ち……。気ぃ使って損したぜ」

「ドー言う意味だよ!!」


 胸がなくて悪かったな!

 あったら何する気なんだか!!


 ──くっそー。こいつ嫌いだ。


「やれやれ…まぁビリィは人間には違いないが──少々訳ありでね。魔王様お気に入りの兵で、この観測点の最古参だよ。……ほら!」

 ぺシンと再び叩く。

 最古参という割に、直近の上司には頼りにされているようには──見えない。


「いってーな! ……──んっんー。ゴホン!……えー。第1近衛師団、第1儀仗中隊の万丈未来だ」


 ん?


「ば、バンジョービナイ?」

「万丈だ、ばんじょう。ば・ん・じょ・う。名は未来」

「ば……、バンジョービライ?」

「ば──」

 パシン!

 三度と叩く。

「やめときぃ。アンタの名前、発音難しんだから。ビリィでいいでしょ」

「むぐ……! び、ビリィ軍曹だ」


 軍曹──……やばい、かなりの上官だ。


「ここは将校もいないし、気楽にしてていいよ。着任報告も──ま、いまのでいいしょ」


 ミュウはそれで勝手に締めくくると、シェラの安全索を外しにかかってくれた。

 こういう時下手に手を出すより任せたほうがいいと言われる。

 なので、そのままビリィに向き直った。


 まだ警戒心を解いたわけではないが、

 魔王のお気に入りだという人間。


 そして、

「こ、近衛師団──……?!」

 しかも、魔王直属の儀仗中隊だ。

 もっとも魔王と接する機会の多い部隊として知られている。

 当然ながら精鋭中の精鋭。規律優秀にして戦技精強。


 嘘か本当かは知らないが──。


 事実だとして、魔族と人類が敵対する中──ただの人間が所属できるはずもない。

 何らかの事情があるのだろう。


「し、しししし、失礼しました! しぇ…シェラ・フェルドリン一等兵で──あります。ビリィ軍曹殿」

「おうよ。……下士官に殿はいらんぞ」


 ニカッと笑う顔は邪気がなく、好意の持てるものだったが──。

 

「──えっと、セクハラはどこに訴えればいいのでしょうか?」

 ……ズルッ、派手にずっこけるビリィ。


 

 イーッだ!……簡単に人間に心を許すものか──!



 一方で、もう一人の上官であるミュウは、カラビナと悪戦苦闘し、

「っっ! よし外れた。改めてよろしく。ミュウ──ミュウ曹長だよ。建設、修繕、環境担当だ」


 ピっと軽く敬礼、

「ビリィ──糧秣担当」

 ケッ、と不機嫌じみた顔でぶっきらぼうに答えるビリィ。

 ……セクハラが効いたらしい。


「担当──???」


 ……何の話だろう。


「おいおい。聞いてないのかい? アンタは前任者の代わりなんだよ?」


 前任者?


「病気になって止む無くね…普通はホイホイ交替できる場所でもないんだよ」

 それはそうだろう。登るのだけで命懸けだ。


「聞いておりませんが──」


 今度は忘れたわけではない。本当に聞いていないのだ。

 ただ、最重要拠点での重要な任務であると──?


 ……グゥゥゥゥ。


「おや、そういえば登頂直後だったね。……腹減ってるだろ?」

 当然だ。

 しかし、こんな場所だ。きっと補給は困難を極めるだろう。

 上官殿には申し訳ないが、食料の当てなど期待していない。そのため数日分ではあるが、自分の分は持ち込んでいる。


「だ、大丈夫です。その! ひ、火と水だけ貸してもらえれば──」

 背負っていたキャメルバックと背嚢を下ろす。

 中からベーコンとパンを取り出し、上官二人にもどうか──と差し出す。


 きっとロクな飯などないだろう。

 下手をすればその辺の苔をかじっているのかも──。


「水って、オマ……!」

「おやおや……。本当に聞いていないみたいだ。……飯は仕舞しまっときな」

「しかし、その……上官殿の貴重な食糧を──」


 は~……。


 「こりゃマイッタねー……」と顔を見合わせている上官たち。

 何かマズイことを言っただろうか?


「食料は心配すんな」

「し、しかし……」


 イイから見とけって、そう言ってミュウがビリィを促す。


「ビリィ」

「あいよー」


 釈然としない表情のシェラを無視して、ビリィが天に手をかざす──。


「見とけ新入りぃぃ!」

「エエから、はよせぃ」


 パシンと叩かれる。


 ちょぇ~っと口を尖らせつつ、










「THE・レーション!!」








 ……


 …


 ……ブフッ!


「おま! 今笑ったな!」

 いや、笑うわ!

 エエ歳こいたオッサンが「THE・レーション」て───。







 キラーン!


 ───ヒュゴゴゴゴ!!







 シェラが笑った瞬間だ。

 天が輝き、目の前に───!!



   どっすー----ん!!



「なななん、な、何これ!?」

「ふっふっふ! これが俺のスキル『レーション召喚』だ、略して『レー召喚』」

「略さんでいい」

 ぺシンと叩かれる。

「ちょ、あんまし叩くなよ! 禿げるがな!」

「誰も気にしないよ」


 ……??


「え? え? ェ? E? EEE??」


 なにこれ?

 なんなのこれ?


 突然目の前に降ってきたのは、神々しい光の先に現れた───小さな箱……。


 箱?


 へ……??


 は、はこぉ?


 神の御業みわざ見紛みまごうばかりの現象。

 その先に顕現したにしては…頼りないというか、庶民染みているというか……。


「変わった箱ですね……」


 ずるっ!!


「いや、そこかよ!」

「あはは、なかなかの大物だよ、この子は」


 いや、だって。変な箱だし。

 なんだろう、質感も見たことがない素材だと思う。

 そう、木箱ではなく───紙製だろうか?

 しかも、どことなく頑丈そう。……さらにはなにか文字が書かれているし──。


「あー……今日は日本の戦闘糧食かー…」

「ミュウぅぅ……文句言うなよ。俺は米派だからこっちが助かる」


「いくらランダムだからってさー。……昨日は台湾だとかの缶飯だろ? アメリカの最新のMREとか、フランスのがよかったよ」

「缶飯は、あれはあれで旨いからいいだろ?」


「温めないと食えないんだよ!? 今、水が貴重だって忘れたのかい!」


 ギャーギャーと、よくわからないことを言い合いしている。

 え? なに?

 なんなの?


「水なら、コイツがいるだろ?」

「んー……。そうなんだけど」


 チラっと視線よこす二人?


「はい?」


 そして、顔を見合わせている。


「んっんー……ごほん!──シェラちゃんや」

 言いにくそうにビリィが切り出すと、

 「いいよアタシが言うよ」と、ミュウが割って入る。


「あー……シェラ、単刀直入に言うけど──水魔法使えるんだよね?」



 へ……?



「え、えぇまぁ──それなりに?」


 そりゃ、魔道連隊所属ですよ? 一等兵とは言え訓練成績優秀。

 魔道の腕を見込んで抜擢された! とは聞いている──が。


「おっし!」

 グッとガッツポーズのビリィ。

「よっしゃ! はいはい、シェラちゃん──」


 んんん?


「水担当ね」


 はい?


「ま、まさか……」


 ここにきてようやく思い至る。

 補給の困難な土地。


 そして、この妙な人間。

 初めて見る魔法だか何かで──コイツが「糧秣担当」らしいとくれば──……。


「ま、まさか……僕の役目って」

 うんうん、良い笑顔の二人。

 

 きゅ、

 給──、



「給水器ぃぃぃ──────!!!!!!」


 イエス! ニカっと笑う顔が×2。キラリ~ン! と、二人して歯を光らせる…うぜぇ。


「魔法で水作って飲むとか馬鹿ですか!?」

「バカですが? なにか?」


 気にした風もないミュウに──。

 ──ビリィに至っては心配事が片付いたと言わんばかりに、箱に取り付きビリビリと開梱し始める。


「しょうがないだろ……。高山のせいか、雨雲もしょっちゅう下に行っちゃうしね──水は貴重なんだよ」


 ほれ見てよ。と、指し示す先には固い岩盤をくり抜いた溜め池の様なものがある。


「いやー……。アンタが来ない間は露天風呂が溜め池になってねー、まいったよ……。あー! ようやく大空の下で風呂に入れるってもんだ、ありがたいねー」


 って、

 あれが風呂なの!?

 え、やだよ。何が悲しくてオッサンがいるのに外で入るの?


「ん? ビリィなら気にしないことだね。スケベかもしれんが…まぁ慣れだよ、慣れ──」

 

 は……??


 な、慣れるかぁぁぁ!!


「いや、お前ちっぱいじゃん??」

「関係ない!!」


 なんで、サイズで人の羞恥心きめとんねん!!

 だいたい、すき好んで誰が人間に裸みられなきゃならないんだよ! このバカ!!


「よし、準備するから水くれ」

 聞けよ!!


 ……ビリィはビリィで、マイペース。


 なにやら、緑色の袋をとりだしてガサガサと音を立てている。

 っていうか、そんな「スプーンとって」みたいなノリで、水くれとか──言うなー!!


 魔法を何だと思ってる!?


「ウンディーネ!!」


 なんか腹立つから、水魔法でもなく、水の精霊を召喚してやったよ。

 あとは自分で交渉しろぉぉ!


「驚いた……短詠唱で、精霊召喚ったぁ」


 やるなー。と驚いた顔。

 ビリィがポカンとしたままなのをいいことに、シェラはしらんぷり。

 ミュウも最初は驚いていたようだが……大雑把な性格なのか、すぐに興味を失い、それ以上に、ビリィの出した妙な糧食? らしきものに気を取られていた。


「ビリィ、メニューは?」


 ビリィはと言えば、

 目の前に浮かぶ小さな水の塊状の裸婦に、ペコペコしながらチョロチョロと水を出してもらいつつ──。


「んー……かも肉じゃがだな」

「ん。70点だね、サバの生姜煮はあげるよ」

「好き嫌いすんなよ──シェラにやれって」


 はぃ???


「なんですかそれ? 僕の分も?」

「当たり前だよ。アイツのスキルは人数分の糧秣を召喚できるっていう奇天烈なスキルさ」


 そ、そんなの聞いたことない!


「温めるのに、時間かかるから施設案内してやれよ」

「そうだね。……シェラ、付いてきな」


 なにやら、ブシュゥゥゥゥ! という沸騰ふっとう音のようなものを立て始めているビリィの周り。


 ええ? 火なんか使ってたっけ?


「ほらこっち!」

「あ、はい」


 荷物を担ぐとミュウについていく。

 とはいえ、本当に狭い土地だった。

 一応壁の様なもので覆われているとはいえ、天井もなく吹きっさらし。壁を越えて風は十二分に入り込んでくる。


「あの壁は私と前任者で作った。一応、防風壁でもあるけど、観測の観点から…あんまし高くもできないのが難点だね」

 ぐるっと指さすと、なるほど、四周は壁に覆われており、シェラが登り切った場所だけ欠けて開けている。

 壁で囲われた箇所は半径30メートルほど…狭い。


「んで、ここが風呂──今は溜め池にしてるけど、アンタが来てくれたからね。これからは本来の風呂さ」

 そういって見せたのは深さ60cmほどの石造りのバスタブ。ゆったりと二人は入れそうな広さで、内部はすべすべに成形されている。


「火は私が起こして──そのボイラーに熱した岩を入れて湯にしてる、燃料いらずでいいだろ」


 ニッと人好きのする笑顔を見せるが──。


「あのー……囲いとかは?」

「?? ないけど?」


 え……?


 な、なんでやねん!?


「なんでやねん!?」

 あ、声に出た。


「いや、必要ないし? ビリィなら──」

「気にします! メッチャ気になります!」

「惚れたの?」

 アホか!

 僕、ノーマルやっちゅうねん!!


「そっちの、気になります・・・・・・じゃありません!」


 ……なんなんこの人!? 羞恥心しゅうちしんとかないの?

 

「くっそぉ……どうしてくれようか」

 なんで、花も恥じらう年頃の僕が──あのオッサンに裸を見せにゃならんのよ!?


 少なくとも、タダでは見せん!

 有料でも見せん!


 く……!


 でも上官だしなー。

 ……あのオッサンが寝静まってから入るしかないのかなー……トホホ。


「若い子は分かんないわねー…ハイ、次」


 おめぇのほうが分かんねぇよ! 

 大人の女の人でしょぉぉぉおお?!


 ……って、なにこれ??


 それは地面にあいた穴だった。

 中には螺旋階段が続いており、

 今は解放状態だが、成形された石の蓋もある。


「防空壕兼住居だよ…一応一個分隊は泊まれるようになってるけど、……見ての通り空き部屋だらけさ」


 案内されてソコソコの深さの所まで下りると、予想に反して明るい。

 巧みに外の明かりを取り入れているのか、採光窓だけで結構な明るさだ。


「暗くなったらランプを使う。油の補充も大変でね。なるべく使わないようにしてよ」

 コンコンと入り口付近に置かれたランプを叩いて示す。

「明かりの魔法な使えますよ、得意ではないですけど」


 そういうと、嬉しそうな顔をするミュウ。


「ほんとかい? 助かるねー。……今では油とか蝋燭ろうそくなんかはビリィの出す糧秣に、まれについてくるセット品から使ってたり、……脂の多い飯から自作してたんだ」


 そ、それは実にサバイバルな……。


「あ、でも、得意じゃないので持続時間が──」

 そうだ。

 固定させることも難しいので、常時魔力を送り続けなければ光は保てない。

 ……こればかりは要鍛錬だ。


「そ、そうかい? それじゃ、しかたないね」

 残念そうな顔をする上官に申し訳なく思いつつ、

「た、鍛錬します!」

 どうみてもここ……時間だけは無茶苦茶ありそうだし──。

「ん。いい心がけだよ」


 はい、寝室。


 と言って案内されたのは、牢獄のような部屋。

 2段ベッドが二つ並んでいるほかに机が一つ、棚が四つ。窓が一つ……。


「あはは、殺風景だけどね。人もいなしいここはアンタの個室だよ」

 むぅ……一等兵で個室とは破格の待遇だが、見れば同じような部屋があと三つある。

 奥の一室は別仕立てで、上官の部屋らしい。つまりはミュウの部屋だろう。


 予想通り、


「あそこが私の部屋で、ビリィはそこ。出入り自由だから気軽に入っていいよ。どうせ暇だし」

 で、ここがリビング兼娯楽室──。


 といって案内されたのが、ちょっとした本棚とカード類が乱雑に散らばった部屋だ。


「ほとんどは個人の私物だけどね、みんなここを去るときに置いてってくれてさ……少しずつだけど、充実してるんだよ」

 そういって、ボロボロの本をいとおし気に撫ぜる。


 その横顔は寂しげだ。


「その……普段はどうしてるんですか?」

 聞いていいのかわからなかったが、これからたったの三人で過ごすのだ。

 いずれ分かることだ。


「んー。……そうだね。下から連絡があるときは観測任務に就くし、そうでなくても日中は──応、監視はするよ」

 日中はと言うことは、

「夜は──風呂入ったり、お酒飲んだり──まぁあとはひたすらカードしたり本読んだり、だね」


 ……そ、それはなんだか、


「中々退屈そうですね……」

 明け透けない言葉に、

「はっきり言うねー。まぁビリィに比べればマシかなー……。アイツここの最古参だからね、……ぶっちゃけ何年いるのやら」


 糧食を召喚できるなど、彼以外にはいないのだろう。


 それゆえにこんな僻地に縛り付けられているのだ……。

 少しだけビリィに同情するシェラ。


「はい、案内終わりー」



 ……!?


「え? これだけ!?」

「そうだよ? あ、ここ便所とシャワー室ね」


 隅の目立たない位置にボットン式の便所があり、外に放出するソレがある。

 そして同じく排水は外にするタイプの──。


「シャワー室あるんかーい!!」

 あるなら、はよ言え! 誰が露天風呂なんか使うか!


「お湯は上の風呂と共用だからね。アタシが沸かすから任せといて」

 ガチャっと開けたシャワー室は棺並みに狭かったが…ないよりマシだ。


 こうして──シェラの軍務が始まった。

 この狭い観測点、PZ-101───通称「鷹の目ホークアイ」で、だ。

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