0067 対【樹木使い】戦~坑道の戦い(4)
アイシュヴァーク、ケッセレイが"名付き"達と死闘を繰り広げ、リューミナスが【エイリアン使い】オーマと陣取り合戦を行っていた頃。
『環状迷路』3つ目の広間で、ル・ベリはその身を『
腰から下を2重の意味で"接ぎ木"させた欺竜の首を高くもたげさせ、リッケルが両腕を高く振り上げる。その両腕には槍と斧が複雑な重心で合成された
さながら巨木が倒壊して
お返しとばかりに、4本の触手を使って手近な"丸太"を掴み、罵倒の大喝と共にリッケルの頭部に向けて投擲するが――投じられた"丸太"が高速で飛来する投槍のような「樹矢」により空中で撃ち落とされる。咄嗟にル・ベリは自身の両手でガンマの「盾」を構えるや、激しい衝撃が突き立つ。
【四肢触手】の先端の鉤爪を全て自身の腰から後方、周囲の地面に突き立てて突っ張りのように踏ん張ることで、その衝撃に耐えた。
「盾」から顔を覗かせれば、リッケルがその背中から、ル・ベリの異形を模倣した『四肢
そのうちの1本が「弓」の型を取った
続く第2射を今度は盾の角度を変えることでいなし、第3射は【四肢触手】全ての力を使って真横に跳躍して
だが、リッケルはそこにル・ベリを誘い込むことが目的であったようであり――欺竜の竜体全体を、まるで巨人が振るう長大な「
避けきれない、と咄嗟に盾を身体の正面に構え、ル・ベリはあえてその一撃を受け止めることを決断する。丸太十数本分もの巨大な質量が、竜体を大外にひねった遠心力に乗せられ、轟然と叩きつけられる。瞬間、ル・ベリは
そのまま広間の壁までは吹き飛ばされつつも――かろうじて両肘と足首から伸びた【四肢触手】で"受け身"を取り、叩きつけられることは避けることができた。
朦朧とする意識を自らの唇を噛み切ることで強引に繋ぎ止めるや。
リッケルが
そのままトドメを刺そうかという気迫であったが――ル・ベリとて無策で吹き飛ばされたわけではない。気絶させられかねない衝撃を受けることに甘んじる代わりに、リッケルの一撃によって自身が吹き飛ばされる場所を"調整"していたのである。
「……数比べが望みなら、付き合ってやるぞ、我が母を貶す枯れ損ないの生ける薪め……!」
苦々しく、憎々しく呟くル・ベリの周囲に――【
彼らは自身の"肉根"をル・ベリの肩に、腰に、背中に這わせ、皮膚下に侵入して神経と接合していき――ル・ベリは目の裏が爆発したかのように青くチカチカと点滅し、脳みそをかき乱されるような、先ほどとは別の意味での"衝撃"によって意識を落としそうになる。
≪きゅぴぃ! ル・ベリさん、20秒さんくらいだけ耐えてだきゅぴ!≫
【鋳蛹身】によって文字通りに"脱皮"し、新たなる【異形】を得た際には、ル・ベリの身体はまるで生まれた時からそうであるかのように【四肢触手】の使い方を理解していた。
それは、実際には自分が生まれた時から"芽"としては既にあったものが――母リーデロットによる施術によって隠されたものであり、外見的には「せむし」とされていた【異形】である。しかし、それでもそれは確かに身体の一部として、生まれた時からあったからこそ、"脱皮"して直後であっても自在に操ることができるものである。
しかし、今しがた敢行した
《面白い、模倣には模倣で返すということだね! 生身の君に"それ"が耐えられるというのかな?》
警戒するというよりもむしろ楽しそうに、心から期待するように、掠れ合う木の葉の如き【騒めき】の声を上げ、リッケルが今度は正面から4種の武器を上下左右から振り被りながら突っ込んでくる。ル・ベリ自身は、2つの衝撃による朦朧からすぐに立ち直れないが――しかしその心に恐れは無い。
ル・ベリの背中全体に密集するように"癒合"した6本の
そしてそれだけでなく、ル・ベリ自身の胴体を間接的に揺すって振ることで、正面からの交錯による回避ざま、【四肢触手】の"鉤爪"を竜体に引っ掛け――そのまま振り子のように振られながら、
≪きゅぴぴ! できたよ! ル・ベリさんと
瞬間、ル・ベリの全神経と全感覚を覆っていた"異物感"が急激に緩和される。
自身のものではない「
このまま樹身に取り付かれては敵わないと、ル・ベリを振り落とすべくリッケルが激しく竜頭を揺する。
しかし、ル・ベリは鉤爪付きの【四肢触手】を竜体の枝と根の間にがっちりと食い込ませながら一歩、また一歩と迫ることに集中し、
自身と敵で、合計10本もの肉と樹のしなり伸びて叩きつけられる触手同士が複雑にうねり、叩きつけ合う嵐のような「触手戦」が展開される。
「あっはっはっは! 無茶苦茶じゃないか! だが、それがいいねぇ! このままどちらかが力尽きるまで体力比べといこうじゃないか!」
【木の葉の騒めき】ではなく、リッケル自身の樹人としての葉と新芽と根毛で形成された口が愉快そうに歪み、唾の代わりに朝露を飛ばしながら耳障りな哄笑が響き渡る。
だが、その指摘は確かであった。"手数"で対抗するために
ただし、それはル・ベリ自身百も承知であった。
「頭の中どころか、脳髄の奥まで花畑と化した木偶めが。これは、こうするためのものだ!」
噛みちぎらんばかりの勢いで毒づき、ル・ベリが自身の【四肢触手】によって跳躍。
一気にリッケルの、欺竜の額に接合された『魂宿る擬人』の上体まで肉薄、背中の6体の
――当然ながら、触肢茸達はル・ベリの意図を仕掛ける前から共有しており、その背中から剥がれると同時に、リッケルの剣と斧槍と槌と大鎌を象る
「僕の! 武器との分断が君の狙いだったのか!」
そうして作り出した間隙に、ル・ベリが一気に竜頭を駆け上り、額部のリッケルの真正面に躍り出た。
歓喜に震えるように花びらでできたまぶたを吊り上げ限界まで蕾の眼を見開いたリッケル。その顔面に、右肘から伸びた触手をそのまま右腕に巻き付け――まるで螺旋獣の捩れた螺旋の筋肉のように――鉤爪を手甲の如く拳に密着させたル・ベリの右ストレートが突き刺さる。
生物であれば頭蓋骨を撃ち抜くような一撃に、樹人の顔面が花びらと樹液と千々に裂け吹き飛んだ木っ葉が撒き散らされながら陥没し、リッケルが大きく仰け反った。
衝撃と共に、みしみしと生木を裂くような音と共に、樹人の上体と欺竜の接合部を繋ぐ無数の
また、
「さて、愛息子君。このまま大人しくしていてほしいところだけれど……」
【樹木使い】の蔓蔦と自身の異形の触手を激しく戦わせる【エイリアン使い】第一の従徒ル・ベリの、その足下。
"充填"を終えた
≪あはは、あははは! やっちゃえベータさん! あはは! 僕からの"とっておき"だぁ!≫
破砕し吹き飛んだ殻の中から大量の【
結果、
ル・ベリによる【四肢触手】の拘束と合わせてその口は完全に密閉されてしまうが、既に吐き出す寸前であった【
「あぁ、なんてことをしてくれるんだ、あっはっは! あっはっはっは!!」
その幹と枝と樹皮と深緑によって形成されたその顔面の前半分ごと豪快に吹き飛んで半壊し、その衝撃で激しく仰け反る。と同時に拘束が解け、吹き飛ぶ寸前に鼻先を蹴ってル・ベリもまた後方に飛び退いて身体を一回転させながら【四肢触手】ごと受け身を取って着地する。
見れば、顔面を自爆させた反動のまま欺竜は額のリッケルごと広間の反対側の壁まで仰け反り、放射状に雑多な枝や葉や根の塊を吹き散らしながら、大きく姿勢を崩してその竜体を倒れさせたところであった。
激しく肩で息をしつつ、周囲のエイリアン達の様子に素早く目をやるル・ベリ。
やがてぴくりと欺竜の胴体が震え、ゆらゆらとその身を再び起こして――ひしゃげた樹体を【根枝一体】によって再構築しながら、哄笑をますます狂気に深めるリッケルがル・ベリを真っ直ぐに見据える。
まだ昏倒しないのかこの腐れ損ないは、と内心で毒を吐き、次なる"攻め手"を構築すべく、周囲に飛び散って
不意に目を細め、神妙な表情となってリッケルが俯く。
その十数秒後、アルファ、デルタ、イオータの連携によって『魂宿る擬人』の1体が撃破されたことが【共鳴心域】を通して
≪申し訳ありません、御方様。すぐにこの無礼知らずにして盗人猛々しい屑木偶を黙らせてご覧にいれます≫
だが、それには及ばない、と制する主オーマ。
彼の口調に、ル・ベリは、待ちに待った作戦の準備が完了したことを理解して、オーマと同じように自身の口の端が心地よく吊り上がるのを感じながらリッケルを睨めつける。
そして周囲の、既に遁走の構えに移りつつあった生き残りのエイリアン達と目配せをし合い――。
再びリッケルがル・ベリに、好敵手以上の何かよくわからない、得体の知れない気持ちの悪い執着を込めた眼差しを向ける頃には、既に広間を捨ててまっしぐらに広間から撤退したのであった。
***
《ゆ、許さない……許さない、許さない、許さない……! よくも、よくもアイシュヴァークさんを……! 仇を、必ず仇を取ってやる!》
怒りと憎しみ、復讐心に駆られたリューミナスは、逃げた
途中で何体もの"労働種"や、戦闘の中で傷を負って撤退しようとしていた"基本種"達を轢き潰し、踏みにじっていく。
『枝魂兵団』の最新人である彼女にとって、アイシュヴァークは教官役であり、最も頼りになる先達の一人であった。
彼女もまた、【樹木使い】リッケルが自治都市『花盛りのカルスポー』で勢力の樹立を宣言後、義勇兵を志願しようとした身である。しかし、世話が必要な老父母を抱えていた彼女は、二人を見捨てることができなかった。
その後の数年間はリッケルと彼の下に馳せ参じた同郷の仲間達の活躍を街の中から祈りながら、父母が寝静まった夜半に訓練に勤しむ日々を続けたのである。
そんなリューミナスに転機が訪れたのは、何度めになるかわからない【蟲使い】と【人体使い】による攻撃の防衛戦。老父母を看取って、カルスポーの守備隊に志願した初陣で、部隊ごと罠にかけられて殲滅されそうになったところを『枝魂兵団』の救援によって救われたことであった。
その際に彼女は【疵に枝垂れる傷みの巣】への参加を希望し、幼なじみの遊び友達であったウリュアルと共に【樹木使い】の配下となり、功績を積み重ねて
主となった【樹木使い】の"悪癖"には悩まされ、さらにそれが今般致命的な戦場に心の準備ができないうちに放り込まれる結果になりはしたが――それでも彼女は『枝魂兵団』の一人として、そして『樹身兵団』の結成メンバーの一人として、アイシュヴァークの戦死に強烈な動揺と憤りを覚えていた。
――無茶振りと冗談の通じぬあり得ない"試練"を与えてくるリッケルに振り回されつつ、それを他の仲間と共にかわし、あるいは諌め、あるいは受け止めながら――父母を喪ったリューミナスにとって、彼らは新しい家族のようなものであったのだ。
故にリューミナスはその秘め続けた怒りと凶暴性を発揮する。
あれだけ陣取り合戦で手こずらせておきながら、自分が赫怒に塗り潰されるや、姿を見せずに迷宮の奥深くまで引っ込んだ、異装の
――折しもリッケルがル・ベリとの「追いかけっこ」に夢中になり。
『環状迷路』の2つ目の広間を"生産拠点"化したケッセレイもまた、全体の戦術指揮に集中せざるを得なくなっていた。
――もしもアイシュヴァークが討たれていなければ、彼かまたは彼と戦術指揮の負担を分担できていたケッセレイのどちらかが、リューミナスがあまりにも性急に、そして急激に深部まで進軍し過ぎていたことを諌め、頭を冷やさせていただろう。
【エイリアン使い】オーマが残した"痕跡"を追いかけるままに、際限無く
道中の異形の魔獣達は轢き潰したはずであり、また大岩などの大きな障害物がある通路は避けたはずである。そう訝しんだリューミナスは、やむを得ず欺竜の胴体から【根枝一体】によって複数の
それらは【エイリアン使い】の
オーマは【樹木使い】の軍勢が地下迷宮に侵入する前から、『環状迷路』を含めた坑道各所の防衛のために多数の
リューミナスが誘い込まれたのはそんな一角であった。
1体1体ではとても捻れる欺竜の巨体を押し留めることはできないが、しかしそれが数十体であればどうか。
斯くして、リューミナスの怒りに任せた猛進が食い止められる。
だが、進撃に焦るリューミナスは、それが小賢しい足止めに過ぎないとますます苛立ちを深め、偽獣達に触手の排除を命じる。同時に、竜体の"密度"を高めることで質量を増し、更なる力で引き千切り振り切ってやろうと考え、そのための指示を眷属達に対して出し始めるが――
――最悪の場所で立ち止まり、意識を別のことに向けてしまったために、反応するのが決定的に遅れてしまった。
≪落とせ≫
と無慈悲にオーマが【共鳴心域】と【眷属心話】によって全エイリアンと全従徒に指示を下すが、対【眷属心話】盗聴能力を持たない【樹木使い】の従徒であるリューミナスにそれは聞こえない。
しかし、洞窟の奥から細かな揺れが聞こえ――徐々にそれが大きくなり、次いで凄まじい
轟音、豪音、剛音に継ぐ業音。
ちょうどリューミナスが"接合"していた欺竜の頭部が位置する通路の区画の天井が、さらに奥から上から下から連鎖的に天地がめくれかえるように
――坑道の深部への猛進を優先しすぎたために、リューミナスは捻れる欺竜の胴体の"密度"を疎らなものにし過ぎていた。
リッケルらがエイリアン達を粉砕するために構築したものと異なり、進軍と進撃を優先した別通路への「再構築」を前提とした、あまりに脆い竜体であった。
そしてその故に、崩落に巻き込まれた欺竜の頭部は、まるで断頭されるかのように『環状迷路』に突如として現れた下層から上層を突き抜け吹き抜ける
そのような崩落する土石礫流に飲み込まれたリューミナスは、すかすかの竜体ごとバラバラに引き千切れ轢き潰され挽き砕かれ、自分の身に一体何が起きたかを知ることもなく絶命した。
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