0062 対【樹木使い】戦~入江の戦い(3)

 【エイリアン使い】オーマが眷属たるエイリアン達の指揮を全て副脳蟲ブレイン達に任せ、さらに【樹木使い】からの【領域戦】によって圧迫され削られていた"迷宮経済"から、それでも資源リソースを回してまで増産した突牙小魚ファングフィッシュ達。

 最果ての島の海洞に繋がる、地下空洞の1室――将来的な『海軍基地』の候補地であった場所――から飛び出した彼らは、先行していたシータ率いる『潜水班』と合流。新たに『海泳班』と改組され、5体1組の計10分隊に散開。

 "名付き"たるベータ、イプシロン、ゼータ、イータが中心となった「夜襲火攻め」の騒乱に乗じて、最果て島の沿岸域に急行することとなる。


 元々、『9氏族陥落』作戦時より、将来的な多頭竜蛇ヒュドラとの対峙を見据えて、オーマの判断によりシータ率いる『潜水班』は近隣の海域を巡回し、地形の把握や生態の調査、海流の確認などに努めていた。

 そしてその中でも最重要にして最優先の事項が、多頭竜蛇ヒュドラの出現や行動パターンの調査である。


 最果て島の近海には、多様な魚群やその他の海中生物が棲息しており、それらがオーマに新たな『因子』の獲得源となったのは、こうした『潜水班』による果敢な初期調査の功績による。

 そしてこの中で、中型から大型の海棲生物がほとんど見つからなかったことや、沿岸から沖合に向けて――数キロ単位の広大な"大陸棚"を先に行こうとすると、まるで警告するような"海鳴り"が響くこと、さらにダメ押しで最果て島が複数のやや不自然な・・・・海流によって隔絶されていることがシータらの調査から判明していた。


 これらの情報は、"海鳴り"は明らかに多頭竜蛇ヒュドラの咆哮であり、海流についても、果たして本当に多頭竜蛇の「力量」で生み出せる規模の代物であるかは疑問が残る――というソルファイドの指摘はありつつも、最果て島に流れ着くものを操作するためのものであろうとオーマによって結論付けられた。

 中型から大型の海棲生物が見かけられなかったことについても、多頭竜蛇ヒュドラが食料としてか、あるいは脅威の排除・・・・・のために食い尽くしているのだろう、という仮説が置かれている。


 流石に、詳細な海底の地形を把握するためには、たとえばオーマの元の世界の技術で言うならば超音波探信儀ソナーのような存在が必要であり、"水棲型"としては基本種に相当する突牙小魚ファングフィッシュにはそこまでの能力は無い。なんとなれば、遊泳能力を得た走狗蟲ランナーの進化種に過ぎない彼らは、水中戦ドルフィンファイトにも対応した存在であったが――対応可能・・・・であるということが卓越的な能力を有しているという意味ではなかった。


 オーマにより、【樹木使い】リッケルはただ単に"大陸"と最果て島を「海底を繋ぐ根の道リッケルファイバー」によって繋いでいるだけではなく、最果て島自体をぐるりと取り巻く、水生植物の『拠点』を複数形成していることが、看破されていた。

 実際には「水生植物」ではなく、【樹木使い】の眷属のうち、他の眷属を強化する力を持った『全ての種子達の母たる梢』の能力により【海水耐性】を付与された植物群であったが――大勢としての読みは正しかった。


 最果て島の海岸に新たに出現した4つの上陸拠点とは別に、【樹木使い】側の"本命"は海底に存在していたのである。

 その数は7つあり、いずれも『網脈の種子ヴェインシード』の"派生種"たる『稲妻の如く張り進む根』であり――リッケル3従徒スクワイアの最古参であるケッセレイが言及した【根ノ城】という施設ファシリティの構築のために、海底からその名の通りに猛烈な勢いで"根"を伸ばしていた。


 テルミト伯が竜人ドラグノスソルファイドの「眼」を通して、オーマの迷宮ダンジョンの基礎が"地下洞窟"にあるタイプのものであり、さらにそれが労役蟲レイバーという掘削を得意とする"労働種"によって縦横に掘り進められた様を見ており、これを共有されたことからリッケルが元々の計画にアレンジを加えた"本命の策"であった。

 特に、予定よりも『樹身兵団』で"転生"が成功した者が少なかったことがネックではあったが、【樹木使い】リッケルの専権的な能力であった【根枝一体】の技能スキルを扱うことのできる『樹人』が複数体に増えたことが、この戦略を可能とした。


 【樹木使い】側は、地上部での壮絶な荒らしハラス合戦に付き合いつつも――海底から一気に根を張り巡らせ、その根をオーマの地下洞窟迷宮まで伸ばして、そこから一気に【根枝一体】によって戦力を送り込むことを狙っていたのである。

 ――そして、予定よりもかなり早い段階で「海中の眷属」を擁することを武具喰らいウェポンイーターの『蒸水の船』の放水によって晒してしまったが、そこからオーマが海底の施設ファシリティに気づく可能性をリッケルは読み当てていた。


 シータが数度の決死行によって調べていた海流と海域情報に基づき、『海泳班』10分隊が最果て島の沿岸部を巡り、副脳蟲ブレイン達によってあらかじめ"くさい"と思われていた十数の地点を虱潰しにして2つの「拠点」を見つけ出す。

 彼らが走狗蟲ランナー時代から引き継いでいた強靭な足爪とその名を関する突牙ファングによって、周囲の泥砂ごと網脈の種子ヴェインシードによる【樹木使い】の本拠との魔素と命素の道を滅多斬りに寸断したことで、その2拠点は瞬く間に機能を停止して【根ノ城】の構築が停止される。


 だが、次の3拠点を見つけ出す頃には――海中戦力の出陣を予期し備えていたケッセレイの指揮下、【海水耐性】を付与された海遊生物型のたわみし偽獣フェイク=ビーストの群れが解き放たれ、各地で壮絶な水中戦ドルフィンファイトが行われることとなる。

 そして、多少遊泳能力を増したとはいえ――突牙小魚ファングフィッシュと魚型偽獣の間には、重要な違いが1点あった。

 本質が「植物体」であり厳密的な意味での呼吸器官が存在しない偽獣達と異なり、エイリアンはたとえ水棲型に進化しようとも、環境適応が未熟な突牙小魚ファングフィッシュは、肺呼吸を維持したままだったのである。


 そしてその弱点を看破され、なんとかこの3つの【根ノ城】を崩壊に追い込むことができた頃には、魚型偽獣達による"溺死作戦"によって戦力は半壊。

 さらに、これを有効打と見たケッセレイの指示により、網脈の種子ヴェインシードから槍持ち茨兵ソーンベアラーを経由した"水中派生種"としての『溺れ揺蕩う海茨』が『生まれ落ちる果樹園』や、陸上に進出していた4拠点から海中に向かって種子がばら撒かれる。

 残る2拠点を、生き残った戦力を再結集した『海泳班』がかろうじて発見した頃には、既に撓れる虚獣フェイク=ギガントまでもが海獣型となった戦力として、その全身に『海茨』をまとった状態で防衛体制を構築しており――突牙小魚ファングフィッシュ達が果敢な波状攻撃を繰り返すも、攻略は絶望的な状況となっていた。


 さらに、地上での「火攻め」に関しても、被害は出たものの【樹木使い】3従徒に加えリッケルを交えた情報共有と討議検討により、対抗策の展開が急速に進む。

 海中で突牙小魚ファングフィッシュ達が攻めあぐね、地上でもまた徐々に【樹木使い】側の戦力がオーマを圧倒し始めており、荒らしハラス合戦によって作り出されていた流血を伴う動的な膠着状態は、地力の差によって覆されつつあった。


 そしてその故に、リッケルを含めて3従徒も全員が、オーマの逆転策である「海中拠点潰し」が失敗したことを満足気にお互いに確認し合う。

 この上は、未だその姿を見せていない、対【樹木使い】の【相性戦】では間違いなく"最強"の存在である「火竜」の竜人ドラグノスであるソルファイドをどこで投入してくるか。そしてその投入に合わせて――それを「海水」によって押し止めるか、その読み合いに移行するだろう。言い換えれば、自分たちの思い描く"最終局面"に近づいている。


 そのように、誰もが考えていた。


 だからこそ、彼らは見落としてしまった。


 "名付き"と呼ばれる、種族としての眷属ファミリアの中にありながらも、個体性を与えられ、さらに【エイリアン使い】の特性により特に他の"名無し"達を越えた迷宮領主ダンジョンマスターとの繋がりを得うる、まるで従徒スクワイアのように自ら考えて判断することのできる存在の脅威を、彼らは分析することを怠っていた。


   ***


 突牙小魚ファングフィッシュシータはただひたすら泳いでいた。

 同胞はらから達が次々に溺れ死に、絶息していく中にあって――彼はただの一度も息継ぎをせず、窒息の苦痛に耐えながら、出撃の前にたらふく体内に食わされた・・・・・『命石』を猛烈な勢いで消費しながら、酸素不足によって壊死していく体力を強引に快復させながら、潜泳し、ただひたすらを目指して泳ぎ続けた。


 突牙小魚ファングフィッシュ全て・・を真の陽動として、シータには、ある隠された真の役割が与えられていたのである。


 息継ぎのために必ず水面から顔を出さねばならない、という弱点がある・・・・・、と見せつけるためだけに絶望的な水中戦を仕掛ける同系統の同胞はらから達の苦痛が【共鳴心域】を通して流れ込んでくる。

 それに反応して凶乱し、最果て島中をベータと共に【虚空渡り】によってあちこちに転移して暴れまわるイオータの悲嘆と狂える赫怒が流れ込んでくる。

 絶対的な造物主たるオーマに仕え、そのために"役割"を成して果てることこそその眷属エイリアンとしての絶対の本懐としながらも、自らもそのように狂乱できれば、どれほど"爽快"だろう、という念を抱きながらシータは窒息の苦痛とそれを上書きするような強引な命素の流れによる回復の苦痛に耐え、ひた泳ぐ。


 彼が、そこまで耐えることができた理由。

 イオータのような狂乱の個性を芽生えさせなかった理由は――ひとえに『連星』たることを造物主より望まれた、他の"名付き"達よりも強い絆で結ばれた、ゼータとイータがいたからに他ならない。


 イータもまた、その身が凍えかねないほど限界までの高度に飛び上がり、海面を監視していたのである。多頭竜蛇ヒュドラが引き起こす波飛沫や海流の変化を、海面の波紋からわずかでも見通さんがために。

 そしてゼータもまた、副脳蟲ブレイン達によって圧倒的に拡張・拡大され【眷属心話】と【共鳴心域】を通して、常にその思考をシータに寄り添わせていた。『9氏族陥落』作戦で、同じく同胞達の討ち死にに遭遇しつつ、イオータとは異なる思考を芽生えさせていたゼータは、そちらへは行くな――とは言わずとも、しかしシータの苦痛をイータと共に分かち合ってその身に引き受けていたのである。


 【エイリアン使い】オーマが、そこまで見通し読み通していたかどうかは、"名付き"達にも定かではない。

 オーマは、純粋に"名付き"の能力の高さと「エイリアン」としての強靭なまでの絶対的忠誠心を信じて、この戦いにおける最大の博打・・・・・をシータに託して送り出した。


 だが、たとえ互いに"連携"すべき距離が離れ、陸海空とそれぞれが活躍する役割の環境すら変わろうとも、それでも彼らは『連星の絆』によって結ばれた3体であったのだ。


 ――故に、シータはそれ・・を見つけ出すことに成功する。

 ――造物主オーマからは、単に彼の者・・・挑発・・せよ、とだけ命じられていた。

 ――そこには、シータが失われるかもしれないということへの覚悟すらあった。

 ――だが同時に、それがオーマの心に非常な痛みを与える結果にもなるだろう、と『連星』の3体は理解していた。

 ――だからこそ、ゼータもイータも、オーマに命じられるまでもなく『連星』の名に恥じぬ"役割"を自ら果たしたのである。


 シータがそれ・・を見つけることができたのは、そのようにして手繰り寄せられた幸運であり、そして必然であった。


   ***


《馬鹿な……どうして、今になって多頭竜蛇ヒュドラがこちらへ攻めてくる……!?》


 最果て島地上部森林を舞台としたせめぎ合い。

 「火攻め」に「転移個体」に果ては「小醜鬼ゴブリンの戦奴」と、単なる生まれたての郷爵バロンからは考えられないほど多彩な手管によって翻弄をしてきた相手であったが、着実に【領域】を増やして"迷宮経済"を構築していったことで、【樹木使い】側は、既に生半可な襲撃では拠点に近づけさせることもできないまでの軍量を擁していた。


 唯一、乾坤一擲として懸念された「海中戦」での【根ノ森】構築の阻止についても、その企みをケッセレイが阻止したことで相手は打つ手を失ったことも想定通り。

 ……やや自暴自棄になったかと思われる、多数の"上位種"を含んだ大々的な攻撃が『北の入江』に対して敢行されたことが知らされたのが、つい四半刻も前であるか。


 これまでの戦いの中から積算された「新人」の能力から見て、決戦ではないが、しかしこれまでで最大の戦力の投入であり、防衛戦を食い破ってそれなり・・・・の被害を与えてくるには十分な戦力ではある、と【樹木使い】3従徒は緊張を走らせる。

 しかし、戦況を確認して失笑したリッケルを含め、彼らはこの襲撃を「新人」の窮余の悪手だと判断していた。この戦力を、昨日『生まれ落ちる果樹園』が構築されたばかりの段階で仕掛けてきていたのであれば、こちら側の"迷宮経済"の構築も大幅に遅らされていたかもしれない。海中で【根ノ城】を構築するのに投じた魔素と命素を『生まれ落ちる果樹園』の再建に投じねばならず、本命を失うどころか最も貴重な"時間"をも失いかねなかった。


 だが、詮無きことである。

 迷宮領主ダンジョンマスター同士の闘争において最も重要なのは【情報戦】であり、生まれたての「新人」は襲来者である自分たち【樹木使い】について十分な知識を獲得する時間など無かったことは想像に難くない。実際に戦力を一当て、二当てする中でリスクと天秤にかけて情報を収集するしか無く――最初から、戦力の大部分を投じた強引な襲撃を行う決断などできなくても仕方が無かっただろう。


 故に、このタイミングでのこの襲撃は「悪手」なのである。

 "豪腕"を警戒すべき"上位種"達が、投げつける岩も枯れたか、朽木や倒木まで手当たり次第に投げ込んできているが――【樹木使い】にとってそれは資源の供給でしかないことすらわからぬほど、窮したか。


 ならば、つつがなくこれを撃退し、与えられた多少の損害も見る間に回復させる様を見せつけて追い詰めれば――いよいよ「火竜」という最後の切り札を切るしかない。こちらが、それを警戒して対抗する策を備えているとまで見抜いたのは見事であったが、結局彼はその戦略からは完全には抜け出せなかった。

 むしろ、最終局面は加速していると見てよい。

 海中で守り抜いた2箇所の【根ノ城】が、地下の空洞を"掘り当てた"という報告もまたすでにリッケルと3従徒に共有されていた。


 いよいよ、この襲撃を撃退すれば、全拠点から地下洞窟の迷宮に向けて進軍するための最後の戦力拡張の時間が訪れる。そしてその力で圧殺するというプレッシャーを与えていく。

 巧妙に隠されたものも含めて、島中に網目のように張り巡らされた多数の「入り口」の場所も、既にその大半を偽獣達の活動によって【樹木使い】側は発見済であったのだ。


 ――そんな矢先の多頭竜蛇ヒュドラの襲来であった。


《あり得ない。仮に1体、あの遊泳型の魔獣を派遣していたとして――あの程度の雑魚・・1体に多頭竜蛇ヒュドラが興味を示すはずがない》


《【鉄使い】に偽情報を掴まされたのか?》


《いや、しかし私達は現にこうして見過ごされて上陸できたはず――》


《諸君。「新人君」の魔法の正体がわかったよ。なんて奴だ、彼は"竜の怒り"もあの怖い怖い"粛清者"の存在も知らないようだね? おかしいね、界巫様の「共有知識」を少しなら、彼も読むことができるはずなのに……いや、参った》


 『臨時会議室』に、珍しくも本当に困ったという表情で現れたリッケル。

 そのすぐ後ろには撓れる虚獣フェイク=ギガントが追従しており――その手に持つ・・・・存在を眼にして、3従徒はいずれも絶句して黙り込んだ。


 そこにところどころ焼け焦げて鱗が剥がれながらも生々しく断面が蠢き、潰れかけ燻されたような蒸気を上げながらも再生しかけ・・・ながらギョロりと居並ぶ樹人達を睨めつける巨大な竜の生首・・・・・・・が、今にもそのあぎとを開けて息吹ブレスを吐き出さんと、しかし雁字搦めに植物の蔓で縛られながらもそれを引き千切ろうと怒気を隠そうともしない、そんな多頭竜蛇ヒュドラの生首があった。


《ふ、副伯閣下、なんというものを! 危険です、すぐに捨てて来てください……!》


《あっはっはっは、ケッセレイ君! 僕ぁ捨て猫を拾ってきたお使いの子供かい? あっはっは、そんなことを言われたのは何十年ぶりだか、あぁ愉快だ……あぁ、うん。今からこいつを海の反対側まで持っていけるっていうんなら、是非そうしてくれたまえよ、君》


 リッケルがそれ生首を見つけたのは偶然であった。

 「新人君」を屈服させ、返す刀で"大陸"に戦力を一気に転移させて、怨敵であり宿敵であったテルミト伯の喉元に刃を突きつける――その瞬間を一足先に夢見ようと、海岸に目をやっていたのである。


 ……その掌中に、暴いた墓から手に入れたリーデロットの遺骨を大事そうに握りながら。


 そんなリッケルの眼前で、【闇世】の紅き大海の北の沖合で――ばしゃりと水面が揺れたかと思うや、多頭竜蛇ヒュドラの焼け焦げた巨大な竜頭の生首・・・・・が浮かび上がり、唖然とするリッケルの目の前で、波に流され海岸に流れ着いてきたのであった。

 そして多頭竜蛇ヒュドラの"本体"が激しい水柱と共に水平線の方に姿を現したのは、その死んだと思われていた"生首"がギロリと目を見開き、口を開こうとして、本能的な恐怖を感じたリッケルが慌ててその口を【根枝一体】によって蔓で雁字搦めに全力で縛って閉じた、その瞬間のことであった。


 ――『連星』の"名付き"3兄弟が発見したもの。

 それは、幾週も前に、竜人ドラグノスソルファイドが最果て島に流れ着く前のこと。

 多頭竜蛇ヒュドラと対峙して「竜の闘争」を行った際に、切り飛ばして海に落ちたはずの"竜の首"の一つであった。


 そしてその竜首は――多頭竜蛇ヒュドラのあまりにも強靭過ぎる再生能力のために、焼き潰され海底に落ちて埋もれながらも、死ぬことなく生きていた・・・・・のである。


   ***


≪きゅぴぃぃえええあああ! 生首さん、お化け屋敷さん、おんねんさん! 怖いさん! おはらいさんが必要だきゅぴぃぃ!≫


≪やったぁ! にんにくさんに、お酒さんに、お塩さん。おつまみさんだぁ!≫


≪あはは、酔っぱらいさんになって追っ払うてこと? あははは≫


 悲喜こもごも、てんやわんやの馬鹿騒ぎを始めた副脳蟲ぷるきゅぴ達に対し、どうも俺から吸い取った知識・・で変なことを学習しているなと苦虫を噛み潰す気分になりつつ――放置して、俺は策の第一段階・・・・が成ったことに安堵した。

 シータを失う可能性も覚悟した"博打"であり、失敗していれば、それこそ本当に雌雄を決するための出たとこ勝負の決戦に挑まなければならなかったが――最高の展開だった。


 まさか、本当に多頭竜蛇ヒュドラ生首・・をシータが見つけ出してしまうとは。

 しかも、その生首がまさか生きて・・・いるとは。


≪ソルファイドが多頭竜蛇ヒュドラと戦った記憶を、可能な限り副脳蟲ぷるきゅぴどもに共有してもらって、そしてそれを精査した中で、俺はどうにも違和感が一つあった。別々の首が意思を持っているにも関わらず、そこまで"連携"した行動を取れるのはどうしてかってことだ≫


≪……確かに、奴の"生えかけ"の首は自分勝手に行動していたように見えた。それが他の首に「教育」されたわけではないとしたら――主殿の仮説は、その通り、今思い返せば正しかったのかもしれない≫


≪自分の首を自分で噛み切る自爆戦法。不気味なほど同期した喋り。そして1個の生き物としての連携――多頭竜蛇ヒュドラが"竜"であり、つまり迷宮領主ダンジョンマスターに匹敵する戦力があるとするなら、能力だってそうだろうな? 似たようなことができても、おかしくはない≫


≪多すぎる頭同士が――心話テレパスで繋がっている、ということですか≫


≪そうだ。まぁ、別に俺としては死んだ首でも良かったんだがな≫


 正直、ここまで・・・・の成果でなくても目的は達せられた。

 盛大に殴り込み、破壊の限りを尽くして、辺りに大量の木材・・をばらまいてきたアルファ達からの報告では、泡を食ったように【樹木使い】側は『木造船団』を構築し始めたようである。

 ル・ベリの報告でも存在の可能性が示唆されていた、虚獣の更なる"上位種"のこともあるが――自身の"分身"が迷宮領主ダンジョンマスターに辱められ、しかもそのことへの怒りの感情が心話テレパスによって"本体"に届いた多頭竜蛇ヒュドラを食い止めようとするならば、それなりの戦力を差し向けなければならないだろう。


 そして俺としては、本当に多頭竜蛇ヒュドラが来なくても良かったのである。

 シータに挑発をさせるか、多頭竜蛇の"興味を引くもの"を見つけて、その顔を水面から出させることさえできればそれだけでよかった。その可能性・・・・・を示しさえすれば、【樹木使い】は盤石と成ったはずの『生まれ落ちる果樹園』を海から襲来した多頭竜蛇ヒュドラによって蹂躙されることを恐れて、必ず足止めのための戦力を差し向けると読んでいた。


 それは海戦の都合からいっても、『木造船団』の形式になるだろうと考えていた。

 ――怒り狂う、海鳴りの咆哮を輪唱させる、単なる郷爵バロン副伯バイカントには荷が重い「竜」である。呑気に材木・・を一から、種から育てて水と肥料と太陽光を与えて何時間もかけて育てて、なんて悠長なことをするはずがあるまい?


≪あぁ、可笑しい。今俺はとっても笑いたい気分だ。だから・・・、俺はわざわざアルファ達を送って、リッケルに塩を――いや、材木を提供してやったわけだ。派手に暴れさせて、周囲を樹木の残骸だらけにしてその中に混ぜ込んでやったわけだ≫


≪御方様の叡智に身が竦む思いです≫


≪悪辣なことだな。主殿ならば、【人体使い】とも渡り合うだろうな≫


≪【火】とはこうやって使うんだ。はは、ははは≫


 まだ、緊張を完全に解くわけにはいかない。

 だが――俺がわざと提供してやった炎舞蛍ブレイズグロウの「燃酸」がたっぷりと内部に染み込んだ木材を包んだ木材・・・・・・・・を疑いもせずに『木造船団』に取り込まれたことで、作戦の第二段階が完了したことが『監視班』より報告され、俺は、まるで全身の糸が一瞬切れたように、極度の緊張が反転したかのように、笑いを止められなくなった。

 シータを失うところであった。いや、それ以外にも、そもそもこの荒らしハラス合戦の合間もずっと、エイリアン達が落命し続けていた。不測の動きや、俺の予想や副脳蟲ぷるきゅぴどもの能力を越えた事態が起きることを常に警戒し続けていた。


 まだ、安堵するにはほど遠い。まだまだ、ほど遠い。

 戦力ではすでにリッケルは十分に、俺の迷宮の戦力を上回り、駆逐しかねない軍量を確保してしまっていた。

 ――だが、最大の博打ポイントは乗り越えたのだ。


 果たして、数十分後。

 『木造船団』が、その身を合体させ合流させ、撓れる虚獣フェイク=ギガントをさらに数体束ね合わせたかのような、巨大な樹木で形成された「竜」が誕生して、多頭竜蛇ヒュドラを足止めせんと接敵、強襲を試みるが――。


 俺が"提供"した材木達は、単に「燃酸」を染み込ませただけでない。

 その中にさらに【火】の『属性結晶』を仕込んでおり――射程範囲まで飛ばしていた一ツ目雀キクロスパロウカッパーによる【火】魔法の遠隔起動によって、一気に内側から燃え上がり、瞬く間にその木造の竜もどきを炎上させ、続く多頭竜蛇ヒュドラの激しい多連の頭突きによって呆気なく粉砕されてしまったのであった。


 その様子を目の当たりにして、さらに慌てたのであろう。

 『生まれ落ちる果樹園』から新たな『木造船団』が生み出されようとするが、もはや多頭竜蛇ヒュドラの上陸を阻止できる距離ではない。

 そしてそれがわからぬリッケルではないだろう。俺がそれを見て快哉を叫んでいることもわかっているだろう。ならば、次の一手は――。


≪きゅ、きゅぴぃぃいい! 地下洞窟さんに、大量の"根"さんが侵入さんしてきてるきゅぴ!≫


≪た、大変だよ、造物主様マスター……! そ、そこからたくさんの偽獣さんが……!≫


≪あぁ、騒ぐな。ようやくだ、ようやく引きずり込めた・・・・・・・。さぁ、休日返上からの死の行軍デスマーチの時間だ。決戦だ、全戦力、地下洞窟に集え! 出し惜しみは無いぞ、全力で抗え! "根切り"の時間だ!!≫

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