【執美の骨棺】 中の三


 執美の骨棺、その曰くは美匣彩る終骨。


 美しい装飾が施された木製の棺。


 見目麗しい人間が近づくと精神に干渉して自ら中に入るように誘導し、一度棺に収まってしまうと自力で出る事は勿論、悲鳴もスマホの電波等も外部から完全に遮断され閉じ込められる。


 そして哀れな被害者は、棺の内部で長い時間をかけて生きたまま肉を剥がされ血液を抜かれ、一つの芸術作品として「加工」されてしまうだろう。


 元は彫刻家の若い女性。

 

 腕の良い職人だった彼女は、木で作れる物であれば椅子でも机でも何でも作って商品にし、生計を立てていた。


 ある日、彼女に位の高い貴族の方から大きな仕事の依頼が来る。

 

 その依頼というのは、年老いてきた大婆様の最期を迎える棺を、木で作って欲しいとの事だった。


 どうやら死を悟った本人からの希望らしく、かなり難しい注文だが、相手を満足させる品ができれば大金を手に入れる事が出来るだろう。


 更に上手くいけば、この貴族の跡取り息子と親しくなれるかも知れない。

 

 散々悩んだ末に、彼女は仕事を請け負う事にした。


 今までコツコツと貯めていた貯金を全て崩し、近くで質のいい宝石や素材が売っていれば、すぐに買いに行き紙幣が飛んだ。

 木材に出来た幾つものササクレに手を刺され、元々タコや傷だらけの手は更にぐちゃぐちゃになった。

 寝る間も惜しんでデザインを見直し、体力も精神も擦り減らしながら自分の全てを作品に注ぎ込んでゆく。


 そんな血の滲むような試行錯誤の末、とうとう彼女は棺を完成させた。


 それは細かい金の装飾や星の様に散りばめられた宝石、美しい花の彫刻、満遍なく塗られたニスがなめらかに輝く文句無しの一級品。

 依頼主と大婆様も一目見て気に入り、彼女に多額の報酬金を支払ったうえに、葬儀の時には特別に招待するという約束まで取り付けて貰えた。


 

 そして数年後、予想していた通り大婆様は大往生を迎えたのだった。



 葬儀は盛大に行われ、生前の彼女がどれほど慕われていたかが良く分かる。


 手向けられた大量の生花に埋め尽くされながら、永遠に眠り続ける老婆は安らかな表情で棺に収まっていた。

 

 その後、彼女は噂の若い跡取りを含め複数の地位の高い人間達と交流する機会を得る事ができ、数々の賞賛を受け取ると共に安堵していた。

 葬儀も明日の埋葬さえ済めば滞りなく終わりそうだ。


 金も出費を大幅に上回るほど貰え、全てが順調に進んでいる。

 今回の事で評判が広まれば仕事も増えるだろう。


……良い事尽くめの筈だ、それなのに。


 棺を見つめる彼女の心を満たすのは、達成感でも大婆様の死を悼む気持ちでもなかった。


 ぼんやりとした頭と心に、一つの黒く燻る強烈な感情だけが駆け巡る。



 ……違う。


 

 私の最高傑作を汚すな。



 その棺に収まるべきなのは、そんな皺だらけの醜い老婆の遺体なんかじゃないっ!!!!


 

 そう、この世界一美しい棺に、ふさわしいのは……!!




 翌朝、跡取りの男と彫刻家の女の姿が何処にも見当たらず、その場にいた全員で必死に探し回る羽目となる。



 二人に「男女の間違い」があってはならぬと屋敷中の隅々まで探し回り、漸くあと一部屋まで絞り込めた。

 


 棺が安置されていた筈の部屋は、扉越しでも分かるほど酷い異臭が漂い、剥ぎ取られた皮膚付きの肉と臓物、そして若い跡取りが着ていたはずの高価な衣服が千切れて床に散乱し、酷い有り様だ。



 そして部屋の中心、そこで皆が見たものは。



 散った花弁を被って乱雑に投げ捨てられた大婆様の遺体と、代わりに棺に収められた真っ白な若い人間の全身の骨だった。



 もちろん一緒に居なくなった彫刻家の女が疑われたが、彼女「だけ」は何処を探しても見つからない。



 その後、そのまま彼女の姿を見た人は誰一人として居なかったそうだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 曰くを聞いて、ゾッとする。


 今までの殆どの怪異達は自業自得の面がある奴はいれど、みな不幸な境遇や理不尽な死に様に絶望している部分があり、同情の感情が少なからずあった。


 けど、この怪異は……!!


『本当なら仕事と割り切るべきなのに、注いだ情熱の分だけ拗らせちゃったみたい。』


「わ、分かんない……!! お金も手に入って、気になっていた相手とも接点を持てたのに、どうして自分から台無しにするんだよ……っ!?」


 【愛しのコーデリア】は例外として【固執の姿絵】とか芸術系の怪異って、どうしてこうも自分の作品に対して執着し過ぎるのか。


 それは、俺みたいな凡人からすると到底理解出来ない考え方で、得体の知れない恐怖すら感じる。


『うーん、あくまで想像だけど……。

良い作品を作ろうとした結果、それ以外の周りが見えなくなったんじゃないかな? 人間って面白いよねぇ。』


 全然、面白くないっ!!!


 しかし、曰くを知った以上ますます放っておけない。

 

 これは退治しなければならない、危険な怪異だ。


「とりあえず、実物を見せて貰わないと話が進まない……よね? ちょっと怖いなぁ。」


『ん? 何を怖がる必要があるんだい?

多分……いや絶対、莉玖くんは襲われないから安心していいよ。』


 サラッと物凄く失礼な事を言われてないっ!?!?

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