【くしゃく様】 中
もし、メールの主の言う事が本当だったら、どうしよう。
新谷先輩から解放される。
それ自体は、俺にとって望ましい事であるはずだ。
新谷先輩は凄く意地悪だし、俺を騙して怪異の所に連れて行くし、彼に出逢ってから幾度も怖い目に遭って死にかけた。
それに、彼だって好きで俺に取り憑いている訳ではないのだ。
けれど柏木と名乗るメールの相手は、陰陽師だと、怪異を祓うと書いてあった。
新谷先輩は確かに厄介だけど、嫌いな訳じゃない、消えて欲しい訳じゃない。
実際、危険に晒されたのと同じだけ助けてもらった事も何度もあった。
ピンチの時、いつも背中を押してくれるのも彼だ。
どうしよう、どうすればいいんだろう。
ぽてぽてと此方に歩いてきた霧呼が、きゅーんと鳴きながら心配そうに俺を見上げている。
刻一刻と時間は過ぎて、とうとう約束の時間まで30分を切った。
『莉玖くん、行くよ。』
新谷先輩の声は、いつも通りで動揺を感じない。
それは家を抜け出し、学校に着くまで変わらなかった。
「新谷先輩は、怖くないの?」
気がつくと、そう問いかけていた。
『…………莉玖くんは、僕に消えて欲しい?』
「……質問に質問で返さないでよ。」
『ふふふ。』
仏頂面で返すと、ケラケラと笑われてしまった。解せない。
『消されちゃったら、その程度の運命だったって事さ。どうせ怪異が消えて悲しむ人間なんて居ないしね。』
何故、そんなに達観出来るのか。
何となく悲しくなりながら、悠々と校舎に入る新谷先輩に黙ってついて行った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「貴方が、柏木さんですか?」
暗く不気味な校内を俺達は進み、唯一灯りのついていた視聴覚室へ辿り着く。
部屋の中では、一人の男が佇んでいた。
「そうだよ、来てくれて有難う。」
不思議な人だな、と思った。
背の高さと雰囲気を見る限りは、成人していそうだが、童顔と高めの声の所為で何歳くらいなのかは分からない。
「遅くに呼び出してごめんね?早速だけど夜も遅いから本題に入ろうか」
と此方が口を挟む前に勝手に話し始めてしまう。
「知ってのとおり、陰陽師は怪異や悪霊を祓う事を生業にしている訳だけど。
君に取り憑いている【呪念の手記】。
ソイツはボク達、陰陽師の一族からも重要視されていてね?
捕らえたら地位の向上や褒美が約束されているんだ。
……要するに、かなり高めの賞金首みたいなものだと思ってくれて良い。」
「えぇー!?何やったの新谷先輩!!」
『知らないよ。』
「今の有栖川くんは【半憑】……中途半端に呪いを解いて半分だけ怪異を取り込んじゃった状態だから、いまなら大怪異である【呪念の手記】を弱らせたまま引き剥がせる。
ボクらにとっても絶好のチャンスなんだよ。」
要約すると【半憑】になった人間は不幸だが、どんな強い怪異も【半憑】に遭うと弱ってしまうので、陰陽師にとっては功績を楽に挙げられて有難いという事らしい。
だから、俺にコンタクトを取ったのか。
「新谷先ぱ……【呪念の手記】は、俺から剥がした後、どうなるんですか?」
その途端、柏木さんは笑った。
ゾッとする程、優しい笑顔だった。
「勿論、君から引き剥がした後はボク達が責任持って、この凶悪な怪異を祓わせてもらうよ。
君や過去の被害者達のような人間が永遠に居なくなる様に…………二度と日の目を見れない程に念入りに痛め付けてから消し去るんだ。」
例えば……と続けられたその「お祓い」の詳細は、酷く残忍で、痛々しく、むごい。
俺から聞いてきたにも関わらず、耳を塞ぎたくなる程に。
いくら弱っていても、そこまでしないと完全に消せないほど、新谷先輩は咎を背負っているとのことだった。
……彼の言っていることは正論だ。
利害の一致とはいえ、俺の事を思って言ってくれているのだし、きっと柏木さんは陰陽師だから新谷先輩を怪異としか見ていないのだろう。
分かっては、いるんだけど。
「……ダメです。」
少し怒気が滲んでしまった俺の声にピクリ、と相手の眉が動く。
『莉玖くん……?』
息を飲んだような、困惑した様子の新谷先輩の声が横からして、柏木さんは口元を歪めた。
「有栖川くん、情が移るのは分かるけど良く思い出して欲しい。
ソイツは、今まで君を危険な目に遭わせてきたんだよ?過去に沢山の人間を殺して、苦しませてもいた。君が庇う価値なんて、その怪異には無いんだよ。」
「……っ、それでも!」
確かに、新谷先輩は沢山の人を殺したかもしれない。俺だって散々煮え湯を飲まされてきた。
でも、西岡くんも高橋さんのお父さんも、怪異を放置していたら死んでいたかも知れない人間達も!!
新谷先輩が居なかったら、救えなかった!!!!
悪い所ばかりに目を向けて、新谷先輩の善行を丸々無視して、自分の功績の為に酷い目に遭わせるなんて、許せるわけがない。
「新谷先輩は殺させません!
確かに悪い事もしていた様ですが、人を救った事も沢山しているんです。
心配してくれた事には感謝しますが、俺達が貴方の手を借りる事はありません!!」
ハッキリというと、視聴覚室がシンと静まり返った。
「そっかぁ、残念だな。」
柏木さんの声が急に低くなる。
ずずずっ、と砂袋を引き摺る様な音がすると。
男の背後から、大きな鎌を持った巨大な化け物が現れた。
「あの少年を捕らえろ。
生きたままなら、腕や足の一本二本は切っちゃって構わないから。」
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