【愛しのコーデリア】 中

【愛しのコーデリア】


 その曰くは、渇望する微笑。


 ある少女の1番美しい時の姿を切り取ったとされる肖像画、右下の数字は描かれた当時の日付けとのこと。


 男性が一目見ると、絵の虜になり骨抜きになってしまう能力があり、世界中の美術館に突如として現れては、いつのまにか消えてしまう。


 元々は画家だった男が戦争に駆り出され、心の支えにする為に愛娘の姿を描いた品。

 敵に捕まり捕虜になった男は、絵に一目惚れをした敵将に「モデルの女性が誰なのか答えれば解放してやる」と言われるが、どんなに脅しても宝を積んでも男は口を開かなかった。

 そして、酷い拷問をされても頑なに黙り続けたため、とうとう殺されてしまう。

 その後、敵将は絵をそのまま自分のものにしたが、その絵は死んだ男の魂が入り込み奇妙な力を得ていた。

 曰く付きの絵を得た敵将は、何をするにも絵を見ていなくては気が済まなくなり、それを止めようとした部下も次々と同じ状態に陥ってしまう始末。

 そして、誰も仕事に手が付かなくなり……結局、最後には内部崩壊を起こしてしまったのだった。


 以上が【愛しのコーデリア】について俺と新谷先輩が集められた情報だ。

 過去にオークションで大金を掛けてでも取引したいと募集する人が居たとか、当時の被害者の恨み言とか、モデルとなった少女の事とか、色々と出てきたけど今は割愛させてもらう。

 そして……土曜日が来た。


「ようこそ、我が大西栄美術館へ。

 ……君が、有栖川君かな?」


「は、はい! 有栖川 莉玖です。

ご招待、有難う御座います!」


 チケットを受付の人に差し出すと「少々お待ち下さい」と言われ、奥の部屋から館長を名乗るデップリと肥えた偉そうなおじさんが出てきた。

 とても丁寧な対応だけど、値踏みする様にジロジロと見られて居心地が悪い。

 彼が、チケットを送りつけてきたのだろうか?


「自分で言うのもなんだが、此処の美術品は一級品ばかりだ。是非、楽しんで行ってくれたまえ」


「あの、何で「ああ! そうそう! 1番人気の絵画コーナーは真っ直ぐ行って、右に曲がった所にあってだね、世界の壺展は……」」


 色々と聞きたい事が山ほどあったが、まるで俺の話など聞きたくないとばかりに話をぶった切られてしまった。

 大変不服だが招待された身の上、大人しく引かざるを得ない。


『嫌な感じだね』


「新谷先輩もそう思う?

丁寧だけど、なーんか感じ悪い」


 不審に思われないように、展示されている絵画を眺めながら小声でコソコソと新谷先輩と話す。

 外だから彼もスマホの中だが、窮屈そうだ。


 ふと周りを見渡すと、男性客が何人か右側の部屋に入っていくのが見えた。

 皆、何処となく虚な表情のまま他の展示品には目もくれずに、扉に引き寄せられる様に扉を開く。


『どうやら、彼処に【彼女】がいるようだ。莉玖君、アレの準備は良いかい?』


「うん、大丈夫!! ……たぶん」


 そう答えた俺はカバンから「あるもの」を取り出し、身につけてから扉のノブに手をかけた。




 扉を開けた先は、一言で言えば異様だった。


 部屋の内装はどこよりも豪華で宝石や黄金細工で眩くギラギラしており、部屋の中央で大勢の老若男性が、ある者は宝石を手に、ある者はただ触れようと、手を伸ばし我先にと群がっている。


『あれが【愛しのコーデリア】か』


 いつの間にかスマホから出ていた新谷先輩が呟く。

 男達の伸ばした手の、視線の先に。

 柵に覆われた一枚の絵画がある。

 俺はサングラスで視界をワザと暗くしているからよく見えないが、少女のシルエットだけは何とかボンヤリと把握できた。

 サングラスは、この怪異の生まれた時代に無かった物だから効果があるんじゃないか?という新谷先輩の読みはどうやら当たっていたらしい。


 そして、絵のすぐ側には……


「っ!! 館長さん!?!?」


 曖昧な視界でも分かった。

 あの太った体型、偉そうな喋り方、間違いない。

 新谷先輩も頷いてるし。


『彼、目に何も付けて無いね。

持ち主には耐性があるのか』


 俺にはよく見えないから分からないけど、館長はサングラスを付けていないのか。

 確かに、周りの男性よりも動きや話し方がハッキリしている気がする。


「諸君、本日もお集まり頂き感謝する! 彼女も君たちに会えて喜んでいるぞ」


「君たちの支援のお陰で、日増しに彼女の美しさは磨きが掛かってきておる!! 見たまえ! この幸せそうな微笑みを!!

彼女の幸福は、諸君の資金によって成り立っているのだ!」


 彼はそう高らかに告げ、物言わぬコーデリアを俺の女だと言わんばかりの態度で周囲に見せつけ、指を芋虫の様に這わせてみせた。

 輪郭をなぞるように、撫でるように、愛しげに。

 視界が不明瞭にも関わらず、絵に触れているだけの動作に理解し難い気色悪さを感じて背筋に寒気が走った。


……だが、それを感じている人間は俺だけらしい。


 周りの男達は、こぞって歓声、羨望の声や彼女を称賛する声を上げ始める。

 どうやら、この怪異の影響力は思っていたよりもかなり強力みたいだ。

 どさくさに紛れて捧げ物を女性スタッフが回収しているが、そんな事も目に入らないほど彼らは夢中になっているのだ。直に見ていたら俺も危なかっただろう。

 しかし参った、この人集りでは怪異に近づけない。

 そうこうしているうちに。


「む……!?

貴様!! 何故彼女を見ても平気でいられるっ!!」


 しまった。

 遠目で見ていたのが逆にまずかったのか、館長に見つかってしまった。

 周りの男達の視線が、一気に俺へと集中する。


「……まさか、彼女を。

俺の【愛しのコーデリア】の魅力が分からないのか!? こんなに! 美しい!! 彼女を!?」


 信じられない物を見た様子で、大声で捲し立てる館長に最初に会った時の理性は無い。

「ありえない」「そんな事、あってはならない」「俺のコーデリアは、全てを魅了するんだ」ブツブツと何か呟きながら館長は揺れ出し、男達の視線には殺気が混じり始める。

 嫌な予感に冷や汗が流れた。


 【愛しのコーデリア】を直接見ているのに、何故館長は正気でいられるのかと疑問だったが、とんでもない。

 彼が【愛しのコーデリア】へと向ける感情は、ここに居る誰よりも狂愛的ではないか!!


「お前たち!! そこの小僧がコーデリアに危害を加えようとしているぞ!!

とっ捕まえて、コイツにも彼女の素晴らしさを教えてやれっ!!」


 嫌な予感は見事に当たり、館長の声を皮切りにコーデリアへと群がっていた男達が、今度は俺へと駆け寄って来た!!!


「え? ……ちょっ、ズルいっ!?

うわぁっ!?!?」


 逃げようとする間もなく、男達に詰め寄られてあっという間に捕まってしまう。

 足や胴が、床に強く押さえ付けられて苦しい。


 そんな俺の無様な様子に、館長は上機嫌そうにニタニタと笑いながら。

「……そのサングラスが怪しいな。

おい、そこのお前!! こいつからサングラスを取り上げろ」

と、言ってきた。

 館長の言葉を聞いて、男達の中の1人が俺の顔に手を伸ばしてくる。

 視界に【愛しのコーデリア】が入る様に、男達が道を開け、顔を上げさせられる。


「!?

やだっ!!! 離せぇっ!!!!!」


 まずいっ!!

 がむしゃらに手足を動かして、サングラスを取られない様に必死に暴れてみるものの、残念ながら大人と未成年では力の差は歴然で。


 カチャリ、と。

 抵抗虚しくサングラスは奪われ、美しく微笑む少女の姿だけが視界を占領した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る