【呪念の手記】 下
然も消えるどころか日に日に痣は濃くなり、それに比例して文字通り首を締められている様な息苦しさが悪化していく。
嗚呼、呪いで少しずつ追い詰めて殺すのは幽霊の常套手段だもんなぁ。
どこか他人事のようにそう思うが、そんな事を考えてても状況は悪化する一方な訳で。
「有栖川くん、最近具合悪いの?
顔が真っ青だよ?」
「……大丈夫、少し寝不足なだけだから……。有難う、羊山さん」
保健室行くならついていこうか?と、クラスメイトの羊山さんが心配してくれたけど、まさか「呪いが原因です」なんて言えるはずも無く、力無く笑って受け流すしかない。
あの後、盛り塩やらお経やら思い付く限りの様々な事を試してみたが、呪いは一向に弱まらず、破いてしまった手紙も母親に燃えるゴミとして回収されてしまった。
いやだ、いやだ、こわい、死にたくない。
まだ生まれてから15年しか生きてないのに…………。
そうどんなに思っても、肝心の手紙が無くては手も足も出せず。
そんな現実は、虚しくも変わらない。
今日で手紙が来てから7日目だ。
痣の圧迫感も、初日とは比べ物にならないくらいに強くなっている。
もう後がない。
本日中にどうにかしなければ、俺は。
学校の帰り道。
歩きながら、クラクラと揺れる酸欠の頭に泣きそうになりつつ必死に考えていると、何かが引っかかる事に気が付いた。
なんだろう、小さな違和感が。
そういえば……。
(婆ちゃん、何であの印の形を知ってたんだろう?)
そうだ、あの印は外側の『封筒』にでなく中の『手紙』に書かれてたのだ。
(もしかして、婆ちゃんも昔、手紙の呪いにかかったことがある…?)
確実とは言えない。
もしかしたら、友人に見せてもらったとかで、たまたま覚えていただけかも知れない。
けれど、少しでも可能性があるのなら……!!
そう考えた時には、自然と足が婆ちゃんの家へと向かっていた。
生憎、婆ちゃんは家を空けているのか玄関には鍵が掛かっていたので、裏口から合鍵を使って入る事にした。
勝手に私物を漁る事への罪悪感は勿論あったが、此方も命が掛かっているのだ。
幸い明日は休日だったので、親に婆ちゃんの家に泊まる連絡を入れてから、手始めに一番大きな箪笥の扉を開けてみる。
埃と箪笥特有の独特な匂い。
ヒュウヒュウと浅い耳障りな呼吸音が、激しく脈打つ心臓の存在が、逆に自分が生きている証だとハッキリ感じられて安心する。
まだ自分は生きてるんだ、大丈夫、まだ間に合う。
これで何も見つからなかったらどうしよう、無駄足だったらどうしようというネガティブな気持ちにムリヤリ蓋をして、探し物に集中した。
取り敢えず、箪笥の中にあった手近な物入れの重箱から開けてみよう。
几帳面に並べられた古びたアルバムの一つを捲ると、後貼の写真が大量に貼られた卒業写真が顔を出し、婆ちゃんが話していた通りなら恐らく殆どが呪いの手紙の被害者なのだろうと推測できた。
という事は、この辺りを探せば何か出てくるかもしれない。
しかし、日が落ちて辺りが暗くなってきても、畳の床に沢山の物が転がっても、解決の糸口は見つからなかった。
刻一刻と約束の時が迫り、残り時間も少ない今、ここ以外の場所を探す余裕なんてない。
スマホで見た今の時刻は23時45分。
なんとなく、わかる。
近づいて来ている。
ニイヤヨヅルが、俺を、殺しに。
呼吸が次第に浅くなっていくせいで時折咽せ、痣の圧迫感が増してきた。
最後に残っていた、この小さめの引き出しの中に何も見つからなければ、俺は死ぬだろう。
覚悟を決めた俺は、勢いよく引き戸を開け中を覗いた。
引き出しの中身はビー玉やメンコ、カラフルな便箋や折り紙など、当時の子供が遊んでいたであろう玩具だった。
多分、子供の頃の婆ちゃんの宝物とかだろう。
落胆しつつも、どうしても諦めきれない俺は、メンコの裏や折り紙を一つ一つ掠れた目で確認していく。
そして、指先が何かに触れた。
短い鉛筆が沢山入っていた円柱型のお茶入れの下に、見つからないように丁重に隠されていたそれを引っ張り出すと、どうやら手紙のようだ。
……しかし、残念ながら俺の方が限界のようで。
この手紙の中身を確認をしたいのに、意識が朦朧とするせいで視界がボヤけて焦点が定まらない。
だめだ、しんじゃう。
ここでがんばらなければ、しんでしまう。
わかっているのに、からだが、うごかない、まぶたがおもい。
とじかけたしかいのさきで、だれかのてが、てがみに、のばされるのが、みえた。
「昔、手紙が届いたときに誰かから助かる方法を教えてもらっていてな」
気がつけば、俺は散らかった部屋のなかで倒れていた所を、婆ちゃんに抱き起こされていた。
全て包み隠さず話して、勝手に部屋を漁った事を謝ると(正直、信じてくれるとは思わなかったが)婆ちゃんは俺の話を真剣な顔で聞いてくれ、黙って頭を撫でた後「こわかったな」と慰めてくれたのだ。
スマホの時刻が次の日の午前6時になっているのを確認し、慌てて自撮り機能で首元を見ると、あの手の様な忌まわしい痣は影も形も見当たらない。
そこで、ようやく息が楽になった事に気がつき、目から熱いものが溢れて止まらなくなる。
助かったんだ、という実感と安心を得た事で、年甲斐も無く泣きじゃくる俺の背中を、婆ちゃんは何度も撫でてくれた。
そして散々散らかしてしまった部屋の片付けをしながら、家で見つけたあの手紙は何だったのか?という俺の疑問に対する答えがこの台詞である。
本当は自分で確認したかったが、あの手紙はなぜか何処を探しても見つからず、結局中身を知ることが出来なかったのだ。
「[わたしは死にたくないし、大切な友人を身代わりにする事も出来ません。]ってはっきり書いたんじゃ。
当時も手紙が跡形もなく消えとったから、恐らくしっかり受け取ってくれた証なんじゃろ」
文通で悪霊を説得したのか……。
我が祖母ながら、とんでもない。
まだ、身体が重いような感覚はするが呪いから逃れられたという安堵の方が大きい。すぐに体調も戻ることだろう。
あぁ、生きているって何と素晴らしい事なんだろうか!!
平凡な日常に感謝しつつ、当たり前の幸せを新鮮な空気と共に思う存分噛み締める。
こうして、俺は平和な日々に戻ってきた。
『ところが、そうはいかないんだよね』
「うわああああああっ!?」
突如、自分の頭上から声が掛かる。
驚いて見上げてみると、1人の少年がぷかぷかと宙を浮いているでは無いか!!
顔は恐ろしく整っており、当たり前だが知らない奴だ。
ただ、何処となく懐かしい感じもする。
『初めまして、って言うべきかな?
一応、交流自体はしていたけど……』
「交流……? って、まさか………!!」
『そう、僕が新谷夜弦だ。
手紙をどうも有難う』
にっこりと、綺麗な笑顔を浮かべる少年。
手紙の悪霊。呪念の手記。
……俺を殺そうとした奴。
なんで、どうして、と自分が口にする前に、相手がやれやれと口を開いた。
『確かに、君が手紙に触れた事によって呪いの痣は消えた。
けどさ、肝心の手紙の内容がまずかったね。書いた本人も忘れてるみたいだったけど、書きかけだったんだよ。アレ』
書きかけ?
そうだ、助かったとき手紙は綺麗に消えていた。
ってことは、手紙は婆ちゃんが使った時も消えていたはずだ。
じゃあ、あそこにあったのは………。
『練習用のやつだよ』
サーーっと全身の血の気が引く。
「俺は、どうなるんだ……?」
『君にはまだ、呪いが残っている。
けど……実は半分解かれた事によって、僕にも呪いが返ってきてね。
流石に消えずには済んだけど、弱体化した上に呪ってた君と癒着して離れられなくなったんだ』
「つまり?」
『つまり、君は一つの身体で2人分の魂を抱えてる状態って事』
「……………。」
『これからよろしくね?』
前言撤回。
俺の受難はまだまだ続くらしい。
………
……………
…………………
この時の俺は、何一つ気づかなかった。
どうして、呪いから逃れる方法を知ってる人間の孫を、新谷夜弦が選んだのか。
どうして、婆ちゃんは【呪念の手記】の大虐殺を止められなかったのか。
始めから全て、おかしかったのに。
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