第21話 協力妖と懸念

 一通りの説明を受け、わたくしたちが向かったのは高地自然公園だった。

 湖の前で呼びかける露払の前に、目的の高地湖はあっさりと現れる。彼はいつぞやの男子生徒の姿ではなく、大きな鰭のある本性のままこちらの話を黙って聞いていた。


【人と妖に仇なす不届き者についてはオレも報告を受けている】

 周囲にびりびりと威圧を感じさせる妖の声音。以前公園であった時よりも感情は希薄で、高地湖はまさしく主といった風格だった。


【まあ手を貸して欲しいってうのは理解できるぜ。――だが】


 長い首をぐいっとわたくしの方へ向けて、湖の化身である妖は鼻で笑った。


【報酬が破邪師との式神契約とは舐め過ぎだ】


 やはり、というか分かっていた展開ではある。露払から提案はされたが、高地湖が快諾しないであろうことは彼との少ないやりとりで予想可能だ。

 どうしてわたくしとの式神契約なのかと露払には問いただしていたが、彼は「いけるから」しか事前に言わなかった。


「なんでだよ!? 他の締結師の契約蹴った時は、黒髪美少女巫女なら式神になってやってもいいって言ってただろ!?」

【属性が足りてねぇぜ! オレは黒髪ロングのクール系貧乳美少女巫女じゃないと絶対式神契約も簡易契約もしないからな】

「それ装填のメルヒェンツァウバーのヒロインやん……」

 高地湖と露払の喧嘩腰のやりとりを聞いていた暦がぼそりと呟いた。以前教えてもらった漫画のタイトルだ。それで何となくこうなった経緯を把握する。高地湖がご執心の作品に登場する人物に少しだけ似たわたくしで釣ろうとしたのだ。結果はご覧の有様だが。


「そんな奴現実にいるわけな……いだろ」

 一瞬言い淀んだ露払だったが、切り替えるのは早かった。


「じゃあ別の報酬にしよう。地主のじい様に聞いたが最近貰ったスマホ、いつものようにテンション上がり過ぎて水没させたんだって? ほら、新しいスマホだぞ。もちろんお前の望みのマンガアプリは入れてあるし課金もしてある」

【そっちを先に出せよ!】


 水面から身体を伸ばして、露払の手元の箱へと触れようとする高地湖。けれど取り上げるかのように、露払は餌であるスマートフォンを後ろへと隠した。


「協力してくれるんだな?」

【……ああ、いいぜ】

 不満げな態度を隠す様子もなく、こうして高地湖の参加が決定した。




 今夜、近頃町を脅かしている妖を手練れの締結師たちで探しに行くという話は先程露払から聞いていた。

 彼は急遽作戦班に加わることになったらしく、高地湖への嘆願も露払の提案だそうだ。

 曰く、格の低い妖が偶然弱った上位の妖を発見し、本性へと介入し暴走させている可能性がある。ならば囮として衰弱した格の高い妖を用意すればいい、とのことだ。

 契約している式神に己の身を削って弱体化しろ、という命令はなかなか従わせづらい。


 では自ら弱体化しその行為にも抵抗のない妖に手伝ってもらえばいいのではという考えに帰結した。


 すなわち家出を繰り返し自分を見失うことすら厭わない、高地湖のことだ。


 自然公園の湖の主である高地湖は、公園から一定距離離れると自我があやふやになり近くにいる波長の合う人間の性格や姿記憶を模倣する。今回協力してもらうに当たり、突然そんな状況に放り込まれても仕事だと納得して動く人物として暦が選ばれた。

 揃っている人員の中では、性格的には一番高地湖に近いからぴったりだ、とは露払の弁だ。


 わたくしたちは距離を取り、暦と妖姿の高地湖は公園の外へと向かって行く。入り口を出て歩道を数歩進んだ所で、ぐにゃぐにゃと高地湖の身体が歪む。模倣が完成しきる前に暦がゆっくりと後退りを始めた。


「あれ、うちなんでこんなとこに?」

「何してんだ、右夜。仕事行くぞ」

「露払せんせ? あ、しごと、仕事かうん。わかった」


 変化後の高地湖はあまりにも暦そっくりだった。動揺することもなく露払は近くに停車して待機していた他の締結師が乗る乗用車に偽の暦を案内する。

 そして離れた位置で待っていたわたくしと暦に近寄り、真新しいスマートフォンの箱を渡してきた。


「終わり次第引き渡せ、とのご希望だからな。これ頼めるか。高地湖がそっちに戻ったら連絡するから」

「はいよー。もううち帰ってええ?」

「ああ助かったよ。櫛笥ももしよかったら、なんだが――」

「はい。露払さんが戻るまでお邪魔させてもらいます」

「悪いな。ああこれ、2人で晩飯好きに食っていいぞ」

「わあー! 今日は高級焼肉弁当や!!」


 露払から貰った万札を嬉しそうに握り締め、暦がその場で飛び跳ねる。


 別れる前に見た露払の顔は――苦笑だったと思う。

 夕食を楽しみにする弟子の様子に表情を緩め、彼は仲間の締結師たちが待つ車に乗って去ってしまう。


 あんなにも美しかった夕焼けは、もうほとんど沈んでしまっていた。





 ◆ ◆ ◆ ◆





「いやあ、わりとあっさり片付きましたね」

 若い締結師の男が肩に昆虫のような式神を乗せたまま、狗彦を振り返る。他の締結師たちも皆一様に安堵の表情を浮かべていた。


 高地湖に助力を乞い、彼を囮とした作戦は驚くほど上手くいった。

 下級レベルまで格の落ちた高地湖をひとり歩かせると、数十分して黒い根のようなものが付け狙いだす。周囲で息を殺していた締結師たちは襲おうとしていた妖の根元を追跡し、古い民家でその本体を叩くことに成功した。


 狗彦の睨んだ通り、その正体は過去まなこ吸いと仮に名付けられた妖だった。根に似た長い手足で自分より上位の妖を狂わせ、好みの目玉を収集していたようだ。

 しかし――。


「……あいつ下級のままだったな」

 記録よりも格は僅かに上がっていたが、それでも元凶は弱いままだった。


「弱った格上を利用できたなんて運がいい奴ですね。襲われた妖たちからすると運が悪いですけど」

「……そうだな」


 疲弊した中級の妖が複数、偶然まなこ吸いの生息範囲をうろうろしている。


 あまりにも都合が良すぎる状況に、狗彦は妙な胸騒ぎを覚えた。

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