自分を自分で褒めよ

 キリカ様は言った。

 

「自分を自分で褒めよ」

 

 ⌘⌘⌘

 

 アフタヌーンティーの支度が終わった後、キリカ様に再び尋ねられて、僕は答えた。

 

「僕の名前はスヴニール。テージア孤児院に五歳の時に引き取られました。その前の記憶はありません。今は十三です。好きなものは、刈たての芝生の香りです。嫌いなものは、特にありません。楽しいことも悲しいことも、特にはありません」

 

 僕は女王にそっくりそのまま一つずつ答えた。けれど、自分のことながら、つまらない。僕には何もなかった。

 

「そうかい。好きなことはあるんだね。それに今思いつかないだけかもしれない。また思いついたら教えておくれ」


 悠然と微笑まれて、緊張のあまり声をうわずらせながら言った。

 

「僕のような者の話は女王様にわざわざお聞かせするようなものではありません」

「ほう、私に口答えするのかい?」

「そんなことは、決して……!」

「褒めるところが一つもないものはいないと言ったろう。お前は、自分に自信がないのだね」

 

 確かにそうだった。自分なんて、キリカ様だけじゃなく、誰にも褒められる資格なんて、あるのかどうか……。

 そう考えてしまう自分の卑屈さも嫌だった。

 

「ふふ、やっぱりお前はとっても愛おしい子だね。くしゃくしゃに撫でてやりたいよ」

「お、恐れ多い……」

「自分に自信がないのは、かつての私もそうだった。いや、今もないのかもしれないけれど」

「え……?」

 

 似つかわしくない言葉を聞いて、キリカ様の方をみると、キリカ様はすいと視線を遠くにやって見下ろした。庭を見ているようだった。

 僕も青々しい庭を見た。そこにはキリカ様の愛する庭園もある。

 

 キリカ様は、言った。

 

「自分で自分を褒めよ」

 

 自分でこんな愚かな自身を褒めるなど、滅相もないと思った。

 

「そんな、無理ですよ……」

「自分を自分で褒められる人間でないと、いくら褒めようと受け止めることができない。受け取ってくれないと、わたくしは寂しい!」

「寂しい、ですか……」

 

 自分に自信のないことを言うのが、人を寂しくさせるだなんて考えたこともなかった。

 

「それに完璧に無理なことはない。受け止める器を頭に思い浮かべるのさ」


 キリカ様はいつのまにか、僕を見ていた。澄んだ瞳はどこかもっと遠くを見て憂いているように見えた。

 

「どんな些細なことでもいい。自分を自分で褒めるのだよ。不遜と笑う者もいるだろう。でも、自信をなくして、世界を憎むくらいなら、他の世界中の全てを忘れて、自分を褒めていいのよ」

 

 急に言われても、それこそ受け止めることができなかった。

 でも、その時僕は、キリカ様のことをもっと知りたくなった。

 

 そして、その時飲んだ紅茶の味を僕は一生忘れないと思った。

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