首切りキリカ様は褒めて殺したい!
二夕零生
首切り女王編
わたくしに褒させなさい
キリカ様は言った。
「褒められるのは飽きた。わたくしに褒させなさい」
⌘⌘⌘
これは、首切り女王として悪名を馳せた、キリカ=ボワ・ド・ジャスティスの誰にも知られることのなかった秘密の日々の記録である。
⌘⌘⌘
キリカ=ボアは一七七五年、クーデグラス国の国王、エルル八世と王妃、エメラルダとの間に第一王女として生まれた。
一七九三年、両陛下が不慮の事故で崩御されたのちに王位を継承し、若干十八歳の身にして、クーデグラスの女王となる。
名君として知られた先王の後継者として並々ならぬ期待を国民から向けられた彼女だったが、彼女は就任して一年後には、暴君として内外から恐れられるようになる。
彼女は褒め称えられるのを好み、忖度して自分のことを賛美する者をとりわけ贔屓した。
対照的に自分の意にそぐわない者を、彼女は許さなかった。
そしてその程は苛烈を極め、彼女は自分に逆らい用済みとなった摂政を公開処刑したのを皮切りに、次々と処刑を命じていった。
反乱勢力に属する者。自分の意にそぐわない者、自分を褒め称えない者。少しでも気に触ると、身の回りの世話をする従者さえも例外なく、彼女は断頭台送りにした。
彼女の気性の荒さを表す逸話がある。
彼女は城の中に自分だけの中庭を造らせて、庭師に管理させていた。
彼女は紫の薔薇を寵愛していた。彼女の庭は時期になると、一面の紫色で染まった。
女王が二十歳の誕生日の日だった。女王は自分の庭に黄色の雛菊があるのに気がついた。庭師が誤って植えてしまったものだった。秋になって花ひらいたその花を見て女王は激怒し、雛菊を踏み潰した。
そうしてから剣を取ると庭の全ての薔薇の首を落とし、その後で庭師を断頭台へ送るようにと命じたという。
⌘⌘⌘
僕は十三歳の時、女王の小姓として宮廷に入った。
孤児院育ちから召し抱えられた僕も、彼女の悪行は耳にしていた。身を縮めながら謁見室に入って女王を目の前にして一礼しても、歯の根が合わないほど震えが治まらなかった。
そんな僕に向かって、彼女が初対面で言い放った言葉は以下の通りだ。
キリカ様は言った。
「褒められるのは飽きた。わたくしに褒させなさい」
王座の前でぽかんとするしかなかった。もちろん自分の耳の方を疑った。それまで用意してきた女王への賛辞の言葉が全て吹っ飛んでしまった。
顔を上げて見ると、目の前にいる女性はプラチナブロンドの髪を輝かさせて、自信に満ちた表情で僕を見下ろしていた。
彼女は孤児院にいた僕より少し年上のお姉さんと同じくらいに見えた。けれど、立ち姿や態度には女王の威厳が感じられた。
「何をぽかんとしている。なんのためにお前を呼んだと思っているのさ。わたくしの褒めたい欲を満たすためだよ。さあ、胸をお張り。めいっぱいわたくしに褒められなさい!」
「……僕が褒めるのではなく、女王陛下が褒めてくださるのですか?」
「ああ、そうだよ。お前は褒められ係になるんだよ!」
キリカ様はふふんと鼻を鳴らして笑った。
褒められ係。そんなの聞いてない! と僕は心の中で叫んだ。
けれど、断ったらそれこそ首を刎ねられてしまうかも、と思うと断る勇気がなかった。
しかし、僕には気がかりがあった。
「とても光栄ですが、女王様。僕に務まるかどうか……」
にわかに空気が張り詰めた。
「なぜだい?」
縮こまった。やばい、これは、死ぬ。
けれど、僕は言わねばならなかった。
「僕には一つも褒めるところなどないのです」
僕はなんの能力もない孤児だった。友達だって少ないし、人に優しくできるわけじゃない。どうして召し抱えられたのかも、正直わかっていなかった。
キリカ様は目を丸くした。いつくか瞬きをした後、顎を上げてケラケラと笑い出す。お腹を抱えながら、女王は言った。
「お前は愛らしい子だね」
女王様は、玉座から離れて僕の目の前に立った。周囲がざわつく。しかし止められる者などいないのだろう。部屋には僕と女王様の侍女が他に二人しかいない。緊張で自ら首がもげそうだ。
頭の上に、女王様の手がかざされた。
身を固くしてギュッと目を瞑る。
首を飛ばされると思った瞬間には、頭に優しい温もりが置かれた。
「首をとばしたりなどしないよ。それこそ死ぬほどに、これからお前は私に褒め殺されるんだ」
侍女たちがくすくすと笑っている。
僕の頭を優しく撫でながら、女王様は言った。
「お前は褒められるところなんてないと言ったね。けど、一つも褒めるところのない人間などいないさ」
「……」
「お前にも良いところがたくさんあるよ。私にたくさん褒めさせておくれ」
憂いに満ちた笑顔で、女王陛下は僕だけに微笑んだ。
⌘⌘⌘
キリカ様と僕が過ごしたのはたった三ヶ月だ。
キリカ=ボアは一七九五年に起こった革命戦争の責任を負って、処刑台へと送られた。
暗君として恐れられ、数々の命を摘んできた首切り女王は、自らの罪を象徴する断頭台へと消えたのだ。
この記録は僕の秘密の日記だ。彼女の言葉を逃すまいと、必死になって書き残したあの日々をここに閉じ込めた。
彼女と僕が過ごした最期の三ヶ月。
その一日一日、一言一言をここに記録する。
これは、キリカ様の褒められ係である僕こと、スヴニールが記す、彼女が断頭台へ消えるまでの大切で愛おしい記憶の物語である。
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