第92話悪霊とその犯人
最近、兄上の健康状態が悪い。
全然熱が引かないし、寝ていても魘されていると聞く。
ある女房なんか、兄上の首に白い手がかけられているのを見たと騒いでいる。そのせいか、「兄上は呪詛されているのでは?」と囁かれていた。まったく。中世の時代はこれだから。どうして科学的に物事を考えてくれないんだろう?
「どうやら悪霊の仕業らしい」
右大臣が真面目な顔で言う。
マジ?
現実主義者の右大臣がどうしたの?
「私は憑かれやす体質のようだからね」
「体質ですか?」
「私の周りではよく
えっ!?
なにそれ?
そんな話……初めて聞いたよ。
「父上からなにも聞いていないかい?」
「初耳です」
兄上を安心させるためには嘘でも「聞いてました」といった方が良いんだけど、なんでか兄上には嘘がすぐばれちゃうんだよね。兄上は困ったような顔で僕を見る。居たたまれない。でも、そんなことがあったなんて全然知らなかったし。
「え……と、兄上はその……悪霊を見たことがあるのですか?」
「う~ん。悪霊というよりも彷徨っている迷子の霊が多いんだよ。自分が死んだことに気が付いていない者や気付いても何処に行けばいいのか分からない者が訪ねてくるんだよ」
「で……どうするんです?」
「彼らの行くべき道を教えてあげているよ」
「……どうやって分かるんですか?」
「道が出来るように祈ればいい事だよ。でも、危害を加える霊が現れたのは初めてで驚いたよ」
何処をどう突っ込めばいいんだろう。
兄上が神様してる。
それにしても悪霊って誰だろ?
パパ上や母更衣に至っては他の妃達の生霊が憑いていてもおかしくないけど。特に桐壺の更衣を恨んでる妃は多い。現実にありそうで怖いよ。
パパ上は……原作で誕生するはずだった数多の弟妹たちの水子が憑いてそう。桐壺の更衣が亡くならなかったせいか桐壺帝の子供は数える程度しかいない。
兄の東宮、僕、女一の宮、女二の宮、女三の宮、以上。
二男三女だよ?
原作じゃあ、皇子は八人はいたよね(冷泉帝除く)?
光源氏と仲の良い異母弟の蛍兵部卿の宮さえ生まれてない。これから先も生まれてくる気配すらない。この場合、
まあ、そんな先の事は置いておこう。
今は目先のことで精一杯だもん。
未来は未来の人が何とかするでしょう。
意外にも犯人は直ぐに捕まった。
捕まえたのはその道のプロ、陰陽師集団。
ただ、問題があった。
犯人はなんと、祖母。
嘘みたいな話だけど祖母は生霊になって兄上を呪い殺そうとしていた。東宮暗殺未遂。処刑されても文句はいえない。
「祖母君は、錯乱していたのだ。きっと物の怪が付いていたに違いない」
なーんてパパ上がばー様を庇う庇う。なんでそこまで?と思うかもしれないけど、連座で桐壺の更衣が一緒に処罰されかねないから必死だ。ついでに、僕の事もだろうけど。僕と母の命は今や風前の灯火。婆のせいで!
相手は女人という事もあり、陰陽寮で軟禁されることになった。
一時的な措置ではあるけど、一応、取り調べしないといけないらしい。
「私の不幸は夫選びから始まりました。
大納言家の一人娘として生まれた私は大臣家の次男を婿に取り、家を盛り立てていく予定だったのです。なのに、夫はうだつの上がらない凡庸な殿方で、御自分の兄君である大臣のお情けで漸く大納言になれたほどです。なのに、夫は呆気なく亡くなり、夫の遺言に従って娘を入内させたのです。娘は誰よりも清らかで美しいため、早々に帝の寵愛を得られました。けれどその一方で、他の妃たちから酷い虐めを受けていたのです。帝が庇われてくださっている事は知っていますが、それでも、何時も傍にいる訳ではございません。意地の悪い妃たちは、隙を狙っては、娘に嫌がらせをしていたんです。娘の窮状を女房たちから聞いてどれだけ悔やんだことか!『入内などさせるべきではなかった』と何度、娘に謝罪の手紙を送ったかもしれません。娘は私を心配させまいと女房に代筆させておりましたが、心労が尽きない状況であったことは容易に想像できます。
それでも、第二皇子を出産した時は、漸く、苦労が報われると感じたのです。
帝にも娘と孫をくれぐれもよろしく頼みますと何度も手紙を送って、その都度、『心配はいらない。二人は私が必ず守る』といった内容の文を貰っていたのに……帝は私の孫を立太子なさらなかった!」
これだけ長い間恨みつらみを言いながら嘆き悲しんでいられる神経の持ち主なら、ぽっくり逝く事はまずない。
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