~輝く日の宮の章~

第55話読書始め

さっぱり読めん。

暇を待て余していたから本でも読もう、そう思った時もありました。

そう、未来の光源氏こと若君さまは、ただいま読書中。

しかも古典文学だった。

仮名文字がミミズのようにうねって見える。

読めん。


原作の光源氏のように華麗なる天才児爆誕!にはならなかった。

初手で頓挫したよ。

 

 

「あらあら、若君には、まだ早うございますよ」

 

 

書物を広げながらうんうんと唸っていた僕を心配したのか、大弐乳母が見かねて声を掛けてきた。

背伸びしたい幼子に向ける優しい眼差し。

目が痛いよ。


「若君、こちらを用意いたしましたので乳母がお読みいたしますね」



大弐乳母が持ってきたそれは、誰もが知る古典文学の名作「かぐや姫」だった。

正確には「竹取物語」だ。


大弐乳母は僕を膝に座らすと、綺麗な声で物語を語り始めた。



「今は昔、竹取の翁といふ者ありけり。

野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。

名をば、さぬきの造となむいひける。


その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。

あやしがりて、寄りて見るに、筒の中光りたり。

それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり。



----------(略)----------



大臣、上達部かみたちべして、「いづれの山か天に近き」と問はせたまふに、ある人奏す、「駿河するがの国にあるなる山なむ、この都も近く、天も近くはべる」と奏す。

これを聞かせたまひて、


あふこともなみだにうかぶ我が身には死なむ薬も何にかはせむ


かのたてまつ不死ふし薬壺やっこに文具して御使おつかいたまはす。勅使ちょくしには、つきのいはがさといふ人を召して、駿河の国にあなる山の頂に持てつくべきよし仰せたまふ。みねにてすべきやう教へさせたまふ。

御文、不死の薬の壺ならべて、火をつけて燃やすべきよし仰せたまふ。


そのよしうけたまはりて、つわものどもあまた具して山へのぼりけるよりなむ。その山を「ふじの山」とは名づけける。


そのけむり、いまだ雲の中へ立ちのぼるとぞ、いひ伝えたる。」





……

…………なが!


長いよ!

かぐや姫!


えっ!?

こんな長文だった???


これ読んでもらっただけで、一日が終わったよ???

恐るべし日本文学!



その日を境に、大弐乳母の読み聞かせの日々が始まった。

俗にいう読書始(よみはじめ)だ。




宇津保物語。

落窪物語。

伊勢物語。

大和物語。


……

…………



結論から申し上げますと、全てが長かった。

一日では読み切れなかったよ?

なにこれ???

幼児が読むもの???

ていうか、伊勢物語も大和物語も、物語じゃないよ。

和歌だよ、和歌!


なんだろ、この異様な疲れは。

子供に聞かせるなら、もっとこう、楽しくて可愛らしい話がいいよ。

シンデレラとか。

白雪姫とか。

人魚姫とか。

親指姫とか。

眠り姫とか。


……あかん。


平安時代にヨーロッパの話はダメだわ。

理解できない。


日本ならではの話がいい。

そうだ!

日本昔話!!

桃太郎とか。

一寸法師とか。

鶴の恩返しとか。

浦島太郎とか。


……あれ?

これって、いつから出来たっけ?


……

………


「大弐の乳母!」


困った時は大弐の乳母に聞くべし!




訊ねた結果、なかった。

まだ作られないようだった。


ショックだ。


落ち込んでる姿を見ていた大弐の乳母が、流石に見かねたのか声を掛けてきた。


「若君は、人とは違う才がございます。先ほどの御伽草子など、今まで聞いたことがございませんでしたが、とても面白うございました」


幼児の我が儘に対する、生温い視線。

余計に凹むよ。

ん、待てよ。

なければ作ればいいじゃないかホトトギス。

これだ!!!









◇◇◇◇◇◇

読書始め:皇族や貴族の子弟が、初めて孝経などの読み方を授けられる儀式。

薬壺:薬を入れていた蓋付きの焼きもの。

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