第35話蔵人の中将と北山の姫君の結婚報告


紆余曲折の末、蔵人の中将と北山の姫君姫将軍は結婚した。


あの状況下でよくもまぁ口説き落とせたもんだと感心した。初手から躓いていたのに一体どうやって結婚まで至らしめたのか謎だ。


「私の誠意が姫君に通じたのです!」


晴れやかな顔で言い切られたけど絶対に違うと思う。一緒に内裏の『桐壺』まで挨拶に来てくれた北山の姫君は呆れた顔をしているから間違いない。


「犬も三日飼えば情が移ると申します」


北山の姫君の言葉が全てを物語っていた。


「番犬代わりにはなりますから」


それって求婚して来ている妻子持ちの皇族のこと?蔵人の中将が夫なら近づけさせないだろうし、流石の皇族も内大臣と事を構えることは避けるだろうしね。


「よくおとどがゆるちたね?(訳:よく大臣が許したね?)」


「父上にも私の説得に応じてくださいました。私の熱意が父上にも伝わった結果です」


「私と結婚できなければ生涯独身を通すと仰られて、皇族との縁組を勝手に取りやめてしまわれた中将様に対して内大臣様は大層お怒りになりました。北の方様も寝込んでしまわれたのです。

余りに引くことの無い中将様に内大臣様も折れて『側室ならば認める』と仰ったのですが、中将様が『正室でなければ意味がない。どうしても許さないと言うのなら今すぐ髪をって出家する』と言い返されました。それを知らされた北の方様はとうとう食事ものどを通らないほど弱られてしまって……」


「母上が全面的に私たちの味方をしてくださったのです!」


「中将様は以前から出世のための小競り合いや権力闘争を毛嫌いしていたらしく、北の方様にも『今の地位を返上して田舎に籠りたい』、『早く俗世から離れたい』と日頃から仰っていらしたそうです。それが遂に現実になる位ならば、私と結婚させて公家社会で生きていく事を約束させた方が良い、と内大臣様に訴えられたのです」


蔵人の中将が省いているであろう内容を詳細にかつ丁寧に説明してくれる姫君は優秀だ。早い話が、蔵人の中将の粘り勝ちという奴だろう。そこに母親である北の方の説得が功を奏したのは言うまでもない。


「ちゅーとめもんじゃいはかいけつしじゃね(訳:姑問題は解決だね)」


「それは勿論!母上は姫君をいたく気にっており、何かと気に掛けてくださいます!」


「中将様は御自宅である内大臣家には戻らず、毎日、我が按察使あぜちの大納言家に戻られますので、北の方様から何かと贈り物が届くのです」


内大臣の北の方可哀そう!

きっと一番苦労しただろう。

でも流石は母親。自分の息子の性質をよく理解してる。


「母上は姫君を正室に迎えたお陰で、私が以前よりも仕事に集中していると、大変喜んでおります!」


「蔵人の中将という身分でありながら中将様が人間関係に気薄な事を北の方様は案じておられたようです。お役目をきちんと出来ているのか、仲間たちと上手くいっているのか、付き合いが悪いと囁かれ、変わり者よと噂されていた事を随分と気に悩まれておられましたので……」


これは……お母さん、見る目あるわ。内大臣よりもよっぽと分かってる。


息子の所業に困っていた処に、その問題児の息子の尻を引っぱたたいて、手綱を握れる女人が現れたものだから、そりゃあ歓喜しするわな。半ば決まっていた縁談も勝手に破断した息子が選んだ嫁を、内大臣相手に一歩も引かずに迎え入れた事からも、北の方の必死さが分かろうというもの。母は偉大だ……。


蔵人の中将は一本気だ。

公家というよりも武家の子息といわれた方が納得するほどに武術の達人でもある。

頭だって良い。

家柄も血筋も育ちも良い。

なのに宮仕えに全く向かない性格ときている。

そこら辺を、きっと北山の姫君がフォローしていくんだろうな。


うん。まさに割れ鍋に綴じ蓋のお似合いカップルだ。


因みに、縁談を破棄したのは中務の宮の孫娘らしい。

皇族出身の姫との縁談を破棄した変わり者として有名になったけど、田舎に引っ込まれたり、出家されたりするよりはずっとマシだろうという、北の方の判断は正しい。


縁談を破談された中務の宮家は、「大臣家と嫡男との縁組が成されなかった事は残念だが当人同士の相性というのもある。双方に縁が無かったのならば致し方ない」と、穏便に済んだ模様。

中務の宮が温厚な人達で良かったね。

中務の宮家の姫君もその後、別の公達を結婚して子宝に恵まれた。



この時の僕は知らなかった。

既に、原作の源氏物語からかけ離れた展開になってしまったことに。

源氏物語のヒロインである紫の上と、准ヒロインといっても過言ではない明石の上。

その最重要人物の二人の姫が生まれてこないという異常事態になってしまった事に気付くのは大分、先の未来だった。


本当なら結ばれるはずの蔵人の中将と中務の宮の孫娘が、明石の入道夫妻であったこと。

二人から生まれるはずの明石の上が誕生しないことは、明石の姫君も誕生しないことを意味する。ここで明石の上の系統の皇族は誕生しない事になった。


そして、亡き按察使あぜちの大納言に姫将軍が、本作では既に亡くなっている

兵部卿の宮の側室であり、紫の上の生母であった。

ヒロイン誕生を知らないうちに阻止していたのである。


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