~後涼殿の章~

第36話二人の更衣の懐妊


桐壺の更衣が懐妊した。

父帝は、一部を除いて、母更衣しか寵愛していないので別段おかしくもない。


「おお!再び、光のように愛らしくも美しい吾子が誕生するとは、今から楽しみだ!」


「……」


「何を言うのだ。次も更衣によく似た美しい子に決まっている。光がいるのだから、次は姫宮がよいな」


「……」


「安心すると良い。姫宮を嫁がせるような真似はせぬ。皇女が独身を貫くことは慣例。降嫁する多くは、将来が不安定な憐れな皇女が殆どだ」


「……」


「そ、そんことはないぞ。桐壺の更衣。産まれてくる子には我らがいるではないか、決して不自由はさせぬ」


「……」


「将来の事も勿論考えている。生涯不自由がない財を残すつもりだ」


「……」


「そのように不安になる事はない。我らの娘には光が付いているではないか。美しく優秀な親王の元、姫宮も安心して暮らしていけるというもの」


「……」


「あああ、いけないぞ。桐壺の更衣。そのような事を考えるのは、お腹の子にもよろしくない。少し横になった方がよい」



両親の会話が不穏過ぎる。

しかも、何故か生まれてくる子供が皇女だと決めてかかっている。

まだ生まれていないのに……皇子が産まれたらどうするんだろう?

その前に、父よ、『美しく優秀な親王』とは誰の事だ?

まさかとは思うけど、僕の事を言っている訳じゃないよね?

僕は臣籍に降りるんだよね?ね?……不安だ。


いやいや、将来の不安より目の前の不安の方が優先だ。

母の懐妊が分かったらまた内裏が煩いだろうな……。今から頭が痛い。







翌日――




「桐壺の更衣が懐妊なさったとか」


「はしたない行為に耽っておいでの割には遅い懐妊ですこと」


「また、大それた望みを抱いておいでなのかしら?」


「ほほほほほ。ただの更衣の身分の者が何人子を産んだ処で只人ただびとになるだけの事ですのに。主上も惨いことをなさいますわ」


「主上は今度は姫宮をお望みのようですわよ?」


「それは…また」


「更衣腹の皇女など、真っ先に降嫁する定めでしょうに」


「降嫁先も難航するのではありませんか?後ろ盾のない皇女を正妻に望む公達は少ないでしょう」


「聞いた話では、主上は生まれてくる姫宮を嫁がす気はないようですわよ」


「では、どうなさるのです?出家させるおつもりかしら?」


「それが、手元に置いておくと仰って憚らないようですわ。なんでも、桐壺の更衣によく似た姫宮を愛でたい、と仰せになっているとか」


「まあ、いやらしい」


「女狐が一匹増えますのね」




怖い会話が続いていらっしゃる……。

それにしても、相変わらず内裏の妃達は情報通だ。

昨日の出来事をを全て把握している。

女御や更衣たちが実家から連れて来た女房は、いわば、間者スパイだ。

なにかしら情報網を構築している可能性は高い(住んでいる家がスパイ天国ってヤダ)。

それでも、清涼殿での会話が筒抜け、ていうのはどうもおかしい(盗聴や盗撮なんて無いはずなのに!)。

父帝付きの女官あたりに間者スパイがいそうな気配をビンビン感じる。


内裏が桐壺の更衣の懐妊の話題に色んな意味で花を咲かせていた頃、もう一つの命を宿した女人が居た事をまだ誰も知らない。


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