【完結】平安時代絵巻物語～皇子の挑戦～

つくも茄子

～桐壺の章～

いつの帝（みかど）の御代（みよ）のことだったでしょう。

大勢の妃たち（女御や更衣）がいる中で、帝（みかど）の寵愛を一身に受けた低い身分の更衣（こうい）がおりました。

その寵愛は世間でも噂されるほどで、「大変な御寵愛ぶりだ。唐の国でもこのようなことが発端（ほったん）で、世が乱れた前例がある。かの更衣（こうい）はまるで楊貴妃（ようきひ）のようではないか」と公家（くげ）たちは囁き合い、帝（みかど）の振る舞いに眉を顰めておりました。

更衣（こうい）の父は大納言（だいなごん）でしたが既に亡くなっており、頼りになる後ろ盾がいないため、なにかあった時は、やはり不安定な立場にいたのです。

帝（みかど）の寵愛を唯一の頼りにしていた更衣（こうい）でしたが、一方で、その寵愛故に、かえって辛い思いもしておりました。

なにしろ、帝（みかど）の内裏（後宮）には身分高く美しい妃たちが、帝（みかど）の寵愛を独占する更衣（こうい）を目障りに思い蔑（さげす）み妬（ねた）んでいる者ばかりだったのです。

しかし、妃たちを責める事は出来ません。

帝（みかど）の更衣（こうい）に対する寵愛は目に余るものがあったのです。

更衣（こうい）の局（つぼね）は淑景舎（しげいしゃ）の一局である「桐壺（きりつぼ）」にありました。

「桐壺（きりつぼ）」は、帝（みかど）の住まう清涼殿（せいりょうでん）から最も遠く離れた場所に

あり、帝（みかど）は足繫（あししげ）く桐壺（きりつぼ）の更衣（こうい）の局（部屋）に通っていることは、数多の妃たちの局（部屋）の前を素通りすることに他なりません。

まるで見せつけるかのような桐壺（きりつぼ）の更衣（こうい）への寵愛ぶりに他の妃たちは益々桐壺（きりつぼ）の更衣（こうい）に憎悪の炎を燃やし、それは桐壺（きりつぼ）の更衣（こうい）自身に降りかかりました。後宮中の妃たちから疎まれ、粗探（あらさが）しをされては陰で嘲笑われる桐壺（きりつぼ）の更衣（こうい）。その嫌がらせは徐々に拡大していき、桐壺（きりつぼ）の更衣（こうい）は常に心労が尽きない日々を送っておりました。

その心労から桐壺（きりつぼ）の更衣（こうい）は窶れていく一方でありましたが、却って、桐壺（きりつぼ）の更衣（こうい）の美しさを引き立てておりました。

儚くも美しい桐壺（きりつぼ）の更衣（こうい）の姿を見た帝（みかど）は、桐壺（きりつぼ）の更衣（こうい）を一掃（いっそう）不憫に思われ、世間の誹（そし）りも我関せずといった態度で、より桐壺（きりつぼ）の更衣（こうい）を偏愛したのであります。

そんななか、桐壺（きりつぼ）の更衣（こうい）に世にも美しい皇子が産まれました。帝（みかど）は大層喜び、その皇子を格別に愛しんだのです。

帝（みかど）には弘徽殿（こきでん）の女御（にょうご）との間に第一皇子が誕生しておりました。

この第一皇子は、右大臣（うだいじん）という強い後ろ盾があり、次期東宮（とうぐう）間違いなしと、世間でも見られていたのです。ですが、桐壺（きりつぼ）の更衣（こうい）母子への溺愛ぶりに「もしや、第二皇子が東宮（とうぐう）に立たれるのではないか」と囁（ささや）かれ、これには弘徽殿（こきでん）の女御（にょうご）も疑心暗鬼になられるほどでした。