1-8 記念日
聞きたいことはたくさんあるけれど、まずは落ち着いて、諸々整えてからにしようということになり、橋を渡ってミミリたちの家がある方の川沿いへ場所を移した。
ミミリは【マジックバッグ】から手際良く、まるで初めからピクニックをするつもりだったのかと思うようなレジャーグッズを出して少年をもてなした。
君も一緒に休んだらどうかと誘ってみたものの、私は大丈夫と元気いっぱいに答えてくれたので、少年はミミリの好意をありがたく受け取ることにした。
少年は【マジックバッグ】なるものを初めて見た。
小さなバッグの許容量を明らかに超えた品々が、しかもパンやスープはアツアツのまま出てくることに驚いたが、そもそも、うさぎのぬいぐるみが喋って動いて魔法を使うくらいなのだから自分の常識で物事を考えることを放棄した。
それに、こんなにたくさんの品々を運んでさぞ重たかったろうとも思ったが、ミミリは怪力とは程遠い容姿であるため、何かうまいことできているんだろう、そういった一切合切の辻褄を合わせるものが錬金術というものなんだろう、と変に納得できた。
今は、【マジックバッグ】から出してもらった木の椅子に座って、美味しいパンとスープをいただいた後、清涼感のあるミンティーと共に、これまた美味しい【アップルパイ】に舌鼓を打っている。
…うさぎのぬいぐるみと丸いテーブルを囲んで。
うさぎのぬいぐるみがフォークを使って【アップルパイ】を口に運んでは手品のように消えていくが、あまりに美味しそうに頬に手を当てうっとりして見えるので、ぬいぐるみも人並みに食事をしているんだろうと解釈することにした。
ここは、今まで少年が生きてきた世界とは全く別次元の世界なのだと、そう考えることにした。
うさみは、美味しい【アップルパイ】を堪能しながら、少し離れたところでポチの身体を洗ってやっている、ミミリとアルヒを眺めている。
「クリーンルームに走って行って何を取ってきたのかと思えば、【シャボン石鹸】とタオルだったのね。ミミリってば、準備いいんだから。
…それにしても。
『濡れて薄ら透けた服を肌に吸い付かせ、陽の眩しさに手をかざしながら、犬の身体を洗うために甲斐甲斐しく奉仕する美女2人。
背景にはすがすがしいほど青い空に青々と葉をつけた木々。
獰猛だった犬も可愛い少女と美しい少女、そして豊かな自然に囲まれて身も心も洗練されたのだろう。薄汚れた衣を脱ぎ捨て、今、まさに本来の姿を取り戻そうとしている。
さあ!そんな今日を名付けよう。
俗世へ還ってきたポチの記念日と!!』
ンッフフフ。たまらんわぁ。」
うさみのメンタルケアは上々なようで、両手で頬杖をつきながら。ふるふると満足気にしっぽを震わせた。
御自身の世界に浸りながら、【アップルパイ】もすすんでいるようで。
「…アノ、大丈夫デスカ。」
うさみの趣味の世界に引き気味、ではなく完全に引いた少年の問いにうさみは、
「うるっさい。コシヌカシ。」
と毒づいて一蹴し、黒いビー玉の目でキッと少年をねめつけた。
「コシヌ…!?」
「あぁん??」
少年は反論しようと思ったが、うさみに気圧され、何も言えなくなった。
「…カシはあまりにもひどいなと思ったんですけど…。…いえ、なんでも。スミマセン。」
「よろしい。」
…このうさぎのぬいぐるみ、めちゃくちゃコワイ。
「お〜い!うさみ!終わったよぉ〜!乾かして〜!」
ミミリはブンブンと両手を振ってうさみを呼ぶ。
ポチはブルブルッと身体を震わせ、ポチが払った水飛沫と【シャボン石鹸】の泡をミミリとアルヒが浴びてしまい、キャッキャやめてとなかなかに楽しそうである。
「いい眺めねぇ。
…清浄なる温風、ミンティーを添えて。」
うさみが【ミンティーの結晶】を一粒空へ放り投げると、結晶は一瞬にして粉砕され、粉末となって温風に乗りミミリたちを優しく包み込む。
ミミリたちは清涼感のある温風に包まれ、あっという間にふんわりと乾いてしまった。身体も洗いあげたかのようなさっぱりとした仕上がり。
「ありがと〜!!」
ミミリはブンブンとうさみに手を振ったあと、フワフワの毛並みになったポチにしがみついている。
モンスターの返り血で固まった赤黒い毛が嘘のよう。ハチミツ色のフワフワの毛ながれが蘇り、陽の光が反射して毛に光の輪が見える。
アルヒはミミリたちを見て、とても嬉しそうに微笑んでいる。
「すっげぇ…。魔法、って本当にすごいな。アルヒさんの剣技といい、ミミリちゃんは錬金術士だって言うし…。世界は広いや。」
「私たちがすっっごく可愛いらしくて、おまけに有能だからって、腰抜かさないでよね、コシヌカシ!それに、こんな簡単な魔法で驚かないでよね。こんな魔法あったら便利だな〜って思いつきで作っただけだし。」
「創作魔法…。それって逆にすごいことなんじゃないのか?」
少年の魔法の知識は乏しいが、少なくともうさみが使うような魔法は見たことがない。
特にモンスター、いや、モンスター改めポチに放った攻撃魔法のようなものは。
だからおそらく、うさみの魔法は素晴らしいのだろう、創作魔法は途方もないような偉業なのだろうと想像できた。
そもそも、魔法を使える人間は特別な存在なのだと聞いたことがある。それこそ、大きな街で重用され重宝され、崇められることもあるほどの存在であると。
少年の人生において、魔法を使える人間と出会ったのはうさみが二人目であった。まぁ、うさみは人ではないことはさておき。それほど魔法使いは稀有な存在であるのだ。
…そういえば、錬金術士と出会うのは初めてだな、とふと考えた。
うさみは、少年の言葉にうーんと唸り、ふぅむ、と少し考え込んで口元に手をやった。
「…創作魔法、ねぇ。私が作った魔法だけじゃなくて、元々知ってた魔法もあるような気がするんだけど…、私自身よくわからないのよねぇ。なんで私が魔法が使えるのか、そもそもなんで動けるのかも。私の存在する理由が、わからないのよ。」
そう言って、うさみはピョンっと椅子から飛び降りた。
出会い頭から、常に勝気なうさみの小さな背中が、心なしか丸まって見えて、少年は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。出会って間もない間柄だというのに、越えてはいけない一線を越えてしまったに違いない。
懸念したとおり、うさみは俯いて、フルフルと肩を震わせている。
「あのさ、なんて言うか、その、余計なこと言っちゃったみたいで。ごめ…」
「でもよ?」
うさみは少年の言葉を遮って、振り返ってパチリとウインクした。
「わからないことだらけでも、人生楽しまなきゃ損よねん☆人生って言うかぬいぐるみ生?ま、いっかいっか。
…そんなことより、うずうずしてもう、身体の震えが止まらなーーーい!誰も私を止められなーーーーい!!」
うさみはミミリたちに向かって両手を広げて駆け出した。
「私も混ぜて〜♡ポチー!モフモフさせなさーいっ!!」
「グルルルルルルルル」
ポチはとっても嫌そうだ。
…ていうか。
「身体が震えてたの、そうゆうこと〜??」
少年は呆気に取られるも、思わずツッコミを入れ吹き出してしまった。
うさみはポチの意向も少年のツッコミも気にしない様子で、うきうきを止めることができずに耳もしっぽもパタつかせている。
ミミリとアルヒは、迫り来る恐怖に嫌がるポチを宥めるのに必死そうだ。
うさみは、そうだ、と走りながら振り返り、手をこちらへ突きつけた。
「私たちみたいな美少女3人ついでにポチに出会えた今日はアンタにとって記念日よ!ありがたく心に刻みなさい!」
うさみはフフンと笑ってピョンピョン元気に駆けてゆくが、迎えるポチの不機嫌が過ぎて、その対比に思わずお腹を抱えて笑ってしまった。
「…とんっでもねぇうさぎ。」
…考え方も、生き様も。
「きーこーえーてーるーわーよー!!!」
遠くからうさみがこちらを睨んでいる。
…うさみって、やっぱりめちゃくちゃコワイ。
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