1-7 ポチとコシヌカシ
赤黒い狼は、ミミリを前にして、剥き出しだった牙を収め、縛り付ける蔦への抵抗もやめて身体の緊張を解いた。
「嘘でしょ…?あれほど、敵意剥き出しだったくせに。」
それでも、半信半疑のうさみは拘束魔法を解くことができない。
ミミリは、優しく赤黒い狼に問いかける。
「もう、お互いに傷つけるのやめにしたいな。どうかな。蔦、解いてもいいよね?」
「グワアアアァァオオオオオオン!!!」
赤黒い狼は、けたたましい鳴き声でミミリに答えた。
耳をつんざくような、獣の叫び。振動で、ビリビリとミミリたちの身体が震える。
「痛ってぇ…」
少年は左手で耳を抑えながら、右手で剣を構えるが、アルヒは変わらずミミリを見つめるままだ。
「クッ…コイツ!!」
うさみが思わず、拘束魔法を強めようと左手を宙に浮かべた瞬間、ミミリはうさみの左手を、そっと上から押さえて止めた。
「違うよ、うさみ。この子、もう戦う気ないよ。」
その証拠に、周囲に集まっていたピギーウルフは、赤黒い狼の叫びで、散り散りになって森の奥へ帰っていった。
「ほん…とだ…。」
「すごいな。君、えっと、ミミリちゃん、だっけ。この狼の言いたいことがわかるんだな。もしかして、テイマーなの?」
「テイマー?えぇと、モンスターと仲良くなれる人のことだよね?
…私は錬金術士だよ。見習いだけど。この子のことだけ、なんとなく、なんでだか自分でもよくわからないけれど、なんとなくわかるの。あとね、この子、狼じゃないと思う。」
……。
「「…エエェ!?!?」」
一瞬の間を置いて、うさみも少年も飛び上がって驚いた。
「あとね、この子、モンスターでもない。…だよね?」
キュルルルウゥと喉を鳴らして、おそらく同意したであろうことは、一同に伝わった。
「「…はあぁぁ!?!?」」
うさみも少年も、またまた飛び上がる。
初めて出会ったとは思えないシンクロ率に、思わずミミリは冗談混じりに、二人は兄妹なの?と聞いてしまうが、息もピッタリ
「「違う!」」
と答えるのであった。
「…じゃあ、何なのよ、モンスターでないんなら。この馬鹿デカイ生き物は。」
うさみはブツブツ文句を言いながらも、ミミリの言うとおり、蔦を解いてやる。
「ちょっとあんた!動かないでよね!こっ、こわいんだから!!」
うさみは真下からビシィッと右手を突き上げ、言い聞かせるように赤黒い毛の生き物を見上げて牽制した。
赤黒い毛の生き物は、先程まで見せていた威圧的な態度はどこへやら、大人しく地へ座るものの、うさみの態度が気に入らないのか、ツンとそっぽを向いている。
「…この子は多分…」
ミミリの言葉を遮って、しばらく沈黙を貫いていたアルヒが重たい口を開いた。
「…犬です。」
「…へ?…はあぁぁ?????」
一番驚いたのは少年だった。
「この、人の数倍の大きさもある、赤黒い毛を纏った生き物が犬?あんなに獰猛な叫びっぷりで、俺のこと今にも食い殺そうとしていきなり襲ってきたコイツが犬ぅ??」
「グルルルルルルルル…」
赤黒い犬は、少年をやはり目の敵にしているため、少年の一挙手一投足に反発をする。
「「ギャアアアコワイ〜!!」」
震え上がるうさみと少年をクスクス笑いながら、ミミリは赤黒い犬の毛を優しく撫でて落ち着かせてやる。
「ふふふ!やっぱり!ワンちゃんかなぁって思ったの。ワンちゃんてぬいぐるみでしか見たことないから知らないんだけど、本物はこんなにおっきいんだねぇ。それに、毛はフワフワかと思い込んでたけど、結構固めなのね?所々、毛が絡まって固まってるような感じもするのね…?」
「それは多分、モンスターの返り血を浴びて毛が固まったのかと。」
アルヒは右手を胸に当て、すっかり晴れた空の青さに目を細めながら、
「…そうですよね、ポチ。お久しぶりです。」
と、語りかけた。
ポチも落ち着きを取り戻したからなのか、アルヒを認識したようで、クゥン、と鳴いて答えた。
驚くことが多すぎて言葉も出ないうさみと少年をよそに、ミミリがポツリと
「ひえぇ、返り血なの。」
と間の抜けた声を上げたものだから、うさみも少年も肩の力がすっかり抜けてしまった。
仕切り直してうさみは言う。
「アルヒのこと、全部知ってるようで知らなかったみたい。説明、してくれるわよね?」
アルヒはもちろんです、とコクリと頷く。
「そしてアンタ!どっから何目的でどうやってココに来たわけ??洗いざらい吐きなさいよ!それになんで私の探索魔法にひっかからなかったのかもぜーーーんぶね!」
うさみは左手をおおきく振りかぶって少年に突きつける。胸を張り、背中を反って右手は腰に。
偉そうに見上げたため、麦わら帽子の鍔で隠れて見えづらかったうさみの顔が、改めて少年に初お目見えとなった。
「…ちょっと待って、お嬢ちゃん、人間じゃなかったの???」
質問に答えるどころではなく、少年はパニックになってうさみを二度見したあと、まじまじと顔を近づけた。
「ちょっと!レディーに許しもなく顔を近づけるなんて失礼じゃない!どう見ても、私はうさぎでしょう?」
うさみがプリプリと怒りながら麦わら帽子を脱ぐと、ピョンッと長いふわふわの耳が飛び出した。
「それに私は、可愛い可愛い、ぬ・い・ぐ・る・み!」
少年は最早何も考えられなくなって、足の力が抜け、ヘロヘロとかがみ込み、両手で頭を抱えた。
「全部話します。なので、この状況と、俺の頭の中を整理する時間をください。」
右手を軽く挙げ、ちょっとタイムと言わんばかりのポーズを取った。
少年はかがみ込んだまま、ミミリにおずおずと質問をした。
「あのさ、ミミリちゃんは猫耳がついた服着てるけど、もしかしなくても猫なの?」
ミミリはクスクスっと笑ってアッサリ否定する。
「違うよ、私は人間。猫耳フードの服を着てるだけ。あ、でもね、アルヒは人みたいに見えるけど、機械人形(オートマタ)だよ。」
アルヒは少年を見てニコリと微笑む。
少年はいよいよ頭が真っ白になって、
「…俺、もう、何が何だかわかんねぇや。」
と言った後、俯いたままポツリと
「…腰抜けた。」
と呟いた。
そのセリフを聞いたうさみは、
「アンタって結構腰抜かしがちね。…コシヌカシ。」
と毒づいた。
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