謎は謎のままでいて

白川ちさと

謎のソース掛け、謎の肉バーグ


『謎のソース掛け、謎の肉バーグ』なるメニューが大学の学食に存在する。それは幻のメニューで、一日一食しか提供されない。


 聞いた話によると、大きな球体の肉に謎の骨が突き刺さり、黒々とした謎のソースがかかっている。もちろん、何の肉かは謎だ。ひき肉であることは間違いないのだが。


 午前の講義が終わって食堂に向かっても、当然売り切れている。僕はまだ一年生だから午前中の授業はぎっしりと詰まっていた。


「そんなに食べてみたいかね? その謎の肉を」


 目の前のフレームのない眼鏡をかけた女性が僕に尋ねる。


「もちろんですよ、先輩。だって、謎の肉ですよ。元ミステリー研究会の人間として、その肉を食べてみないと卒業できません」


「そういうもんかね」


 先輩と僕は高校のとき、同じミステリー研究会に所属していた。所属していたと言っても、当時研究会にいたのは二人だけ。高三のときは僕だけになって、研究会は消滅した。


 同じ地元の大学に進んだものの、ミステリー研究会を結成させようとは思わなかった。なにせ、先輩が既に他のサークルに入っていたからだ。なぜミステリー研究会からくら替えしたかは謎だが、まあ先輩も人が多いサークルに入りたかったのかもしれない。


 僕はどこのサークルにも所属していないが、昼どきはたまに先輩とこうして昼食を取っている。


「ふむ。よいことを考えついたぞ」


 先輩は眼鏡のブリッジをくいっと押し上げて、ニヤリと笑んだ。


「よいことですか?」


 先輩がこういう顔をする場合、あまり本当によいことだったことはない。


「あの謎のメニューは大概、十一時過ぎに販売される。そこでだ。午前の最後の一コマが休みの日に私が代わりにキープして置こう。なに、少々冷えるが構わないだろう?」


 僕は先輩の顔を見つめる。まさか、本当によいことだったなんて。


「た・だ・し」


 先輩は人差し指を一本立てた。ほらみろ。交換条件があるんだ。だけど、謎の肉が食べられるなら――。


「何ですか? 何でも言うことを聞きます!」


 僕は身を乗り出してそう言った。


「な、何でも?」


「はい!」


 すると先輩はそれまで堂々としていたのに、そわそわと挙動不審になる。


「えっ? 何でもするの? 謎の肉のために?? え? どうしよ、でも、うーん。これじゃ、あれだし。ど、どう……」


「先輩?」


 僕が呼ぶと、ハッとした様子で先輩は眼鏡のブリッジを押し上げる。


「そうね。当日までに考えておくわ。じゃあ、楽しみになさい」


 先輩は完食した食器を下げに、トレイを持って立ち上がった。何を言われるか分からないけれど、謎の肉が食べられる。楽しみだ。ふと見ると、先輩は人とぶつかって頭を下げていた。





 ~三日後~


 ついにこの日がやって来た。朝、先輩からラインがあって、今日の昼に決行するそうだ。僕はソワソワしながら講義を聞く。


 そして、ついに昼休みだ。僕は早足で食堂に向かう。すると、窓際の席に人だかりが出来ていた。なんだろうと思ったけれど、隙間から先輩が座っているのが見える。


 僕はすぐに駆け寄った。


「先輩!!」


 人だかりが出来ている訳はすぐに分かった。先輩の目の前に、謎のメニューが置かれているからだ。


「す、すごい……!!」


 それは想像以上のインパクトだ。


 まず、デカい。皿をはみ出さんばかりに肉の塊らしきものがどーんと乗っている。らしきというのは、肉かどうか判別できないからだ。真っ黒なソースが肉が見えないぐらいかかり、てかっている。


 そして、肉らしきものにはたくさんのものが刺さっている。聞いていた骨だけではない。ブロッコリーにポテト、人参などなど。スティック状のものが刺さっている。


 これを今から食べるのかと思うと、なんだか震えて来た。


「待っていたわよ。さあ、座って」


 動揺している僕に先輩は不敵に笑う。僕は言われた通り、席に座った。


「ありがとうございます、先輩。わざわざ、僕のために頑張ってくれたんですよね」


「ち、ちち、ちちち、違う! 君のためじゃない、君が何でも言うことを聞くとかいうからだ。それに、そんなに頑張ってないからな」


 先輩はそういうが、頑張っていないはずはないだろう。限定の謎メニューは毎回争奪戦だと聞く。よく見たら、先輩の髪が不自然に浮き上がっている。


「先輩」


「ふわっ!?」


 僕は立ち上がって、先輩の髪を撫でつけた。よし、いつもの先輩だ。


「な、なななな、なんだよ! いい子いい子したって、言うことは聞いてもらうんだからね!!」


「あ、そうでしたね。さあ、先輩の要求を教えてください」


「あ、ああ」


 先輩はいつものように眼鏡のブリッジを押し上げる。


「私の要求はこうだ。君はこの料理を切り分けて、私の口に運ぶ。それだけだ」


「口に運ぶ?」


 謎の肉には確かに食べやすいようにナイフとフォークがセットになっている。切り分けないと食べることは不可能だ。だけど、何故先輩の口に運ぶ必要が?


「ふふ。戸惑っているね。君のことだから、謎に思うと思っていたよ。さあ、答えは出るかね?」


 不敵に笑う先輩。そうか。これは先輩からの挑戦状。この謎を解かないと、謎の肉は食べられないのだ。


「……実際にやってみても?」


「え! え、ええええええ、ええ、い、いいわよ」


 僕は料理を自分に寄せて、ナイフとフォークを手にとった。ナイフを入れると、じゅわりと肉汁が染み出てくる。中は思った通り、ひき肉だ。しかし、それだけではない。


「あ! 卵! 謎の卵が入っています!」


 これは切ったものだけにしか分からないだろう。


「じゃあ、先輩口を開けてください」


 僕は一口大に切った肉をフォークで刺して、先輩に差し出す。もちろん、黒い謎のソースはたっぷりかかっている。


 先輩は顔を赤くして、口を開けた。ちょっとだけ震えているようにも見える。僕はゆっくりと口の中に肉を入れる。


「んっ……」


 先輩の口から黒いソースが垂れる。


「ああ! すみません!」


 思わず僕は立ち上がって、そのソースをすくった。すると、周りからおおっと声が上がる。そういえば、周りのギャラリーはそのままだ。


「そうか!!」


 僕は閃く。


「先輩は周りに自慢したかったんですね! 限定メニューを手に入れた勝者として、周りに知らしめたかった。だから、さらに目立つよう僕の手から食べたかったんだ! さも、女王さまのように!!」


「も、もう、それでいい……」


 先輩は何故か眼鏡を外して、顔を手で覆っている。 


「では、僕もいただきます!」


 謎を解いた僕はさっそく自分用に肉を切り分けた。そっと口に入れる。


 すると、口の中がスパイスの香りでいっぱいになった。なにの肉かはやはり分からない。けれど、噛めば噛むほど肉のうま味が舌を刺激する。ソースも甘酸っぱくて肉に程よく絡んでいた。まるでお口の中で星が弾けているようだ。


 それぐらい――。


「お、おいしいーッ!」


 これはすぐに売り切れてしまう訳だ。


「あ、先輩ももう一口どうですか」


 僕は肉をフォークで刺して差し出す。


「か、間接、きす……。で、でも、もうお腹いっぱい……」


「そうですか? 何か他に食べたんですか?」


 首を捻りつつも、僕は謎の肉を食べ続ける。不思議と先輩はそんな僕を嬉しそうに見ていた。




 おわり




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