28.公王陛下4


私の婚姻相手は難航した。というのも、母上の過去が原因だ。

勿論、今も昔も母上に落ち度はない。

瑕疵一つない姫君に対して、ありもしない罪をでっちあげて地下牢に連行しようとした王国出身の女性との婚姻を、帝国側が反対しているのだ。

まあ、無理もない。

帝国側からしたら、皇族の血を引く母上に対して有り得ない行動をしている過去があるのだから。

王国は、母上の冤罪事件から国際的に非常に厳しい立場にいる。

帝国の『保護指定国』となっているからこそ、諸外国との交流は続いているに等しい状態だ。




「王国側からしたら、アレクサンドルに王国出身の貴族令嬢を娶って欲しいのでしょう」


午後のティータイムの時間。

母上からズバリと放たれた言葉。


「欲をいえば、王女殿下を娶って貰いたいのでしょうね」

「母上、流石にそれは無理というものです。王国側とてそれは分かっているはずですし、無茶な事は言いださないでしょう」

「ふふふ。アレクサンドルは王国人を理解していないわね。彼らはその無茶を時として平然とするのよ? 私の一件で反省しているみたいだけど、王国にとって最善であると判断すれば、そんなもの“なかったこと”にしてしまうわ。今は帝国の目があるから行動に移していないに過ぎないのよ。彼らからしたら“ヘッセン公爵家の跡取アレクサンドルりを未来の女王になる王女の夫にしたい”というのが本音でしょうね」

「王国は数年前に法律が変わり、女性でも爵位継承が可能になっていますが、王家は依然として男子優先のはずです。女王を認めるでしょうか?」

「今の王家は残念な事に王子が誕生しなかったわ。生まれるのは、皆、王女ばかり。王家の血を絶やさないためには『女王即位』も視野に入れざるを得ないわ」


母上の仰ることは正しい。

王家の男子はいずれ絶える。

まさか罪人の元王太子を担ぎ出すわけにはいかない。

このままいけば『女王誕生』は間違いないだろう。


「王国の高官たちの中には、アレクサンドルを担ぎ出したい一派がいるそうよ。どうかしら? 玉座を狙ってみる?」

「母上、私には王位など興味がありません。確かにそういった輩がいることは聞き及んでおりますが、その一方で、私を即位させたくない勢力も存在しております」


寧ろ、私を王にしたくない勢力の方が多い。

私が国王になれば、帝国の干渉が今以上になるからだ。貴族からすればこれ以上、帝国の影響力が増えるのはごめんだろう。かといって次期ヘッセン公爵の私を切り捨てる事は絶対に出来ない。


「クスクスッ。帝国の保護下から抜け出したい貴族は数多くいますからね」

「保護下といいますが、実際は属国状態です」

「だからこそ、帝国の血を受け継ぐアレクサンドルを王配に据えたい者が出てくるのです。貴男を『女王の配偶者』にすれば、帝国の皇族の血が手に入る。女王から生まれる子供は帝国の血が入っているのですから、帝国の目も緩やかになると踏んでいるのでしょう」

「長期戦ですね。その前に、子供が誕生しなければ意味がないのでは?」

「子供がいなくとも貴男が王家に居るだけで状況は違ってきます。貴男は帝国とヘッセン公爵家に対する人質。それも極上の人質になりえる存在です。帝国からの不平等条約の一部改正をさせるだけの価値はありますから」


人質ですか。

相変わらず母上は言いにくい事をハッキリと仰る。

しかし、幾ら帝国皇女の血筋とはいえ、かなり血は薄まってしまっている。私では帝国から譲歩を引き出せるとは到底思えないのだが。なにしろ、良くも悪くも帝国は実力主義だ。帝国に対してなんら貢献していない私では切り捨てられて終わりだと思うのだが?


「王家の事よりも、目下もっか警戒しなければならないのは貴族達でしょうね。

特に伯爵家以下の貴族には注意なさい。場合によっては夜会に参加するのを控えても構いません。貴男の安全が第一ですからね」


私はどこの箱入り娘ですか。

だが、母上が警戒するのも無理はない。

ここ数年の間に貴族たちの没落が相次いでいる。


その原因が、帝国の干渉によるものだ。

干渉といっても、政治の腐敗撲滅と治安維持、外交の交渉権を握っている位だ。

そもそも、帝国を介していないと諸外国と貿易も出来ない状態なのだから致し方ない。

他国を仲介して交流しているため、貿易赤字になっている分野もあるらしく、それが領地経営に直結してしまった。「自由に貿易が出来ていた頃はここまでの赤字は出さなかった」と言って憚らない。

なら、帝国は仲介を辞めるといえば、「それは困る。貿易出来なくなる」と泣きつくのだから、どうしようもない。


貴族の者達からすれば、帝国がもう少し王国を気遣ってくれれば没落する貴族がいなくなる、と思っている節がある。

図々しいにも程がある。

王国貴族が言っていることは、「帝国に、自分達に便宜を図ってくれ!」と訴えている事だ。

よくもまあ、そんなことが言えるものだ。

腹立たしい事に、王国貴族の殆どがそう思っている。


その傾向が特に強いのが下位貴族だった。

貴族の没落の中で下位貴族の凋落ぶりは目を覆いたくなるほど酷かった。


別に下位貴族の没落は帝国のせいでもなんでもないのだが、彼らはそうとは思っていないようだ。

そういった輩は、時として酷く行動的だ。

私と既成事実をつくりたい令嬢が一時期大勢いた。媚薬を盛られかけたこともある。令嬢達の狙いはヘッセン公爵家と縁をつくること。

下位貴族では仮令関係を持ったとしても『妻』には出来ない。『妾』止まりだ。

なのに「それでも構わない」という者が後を絶たなかった。

辺境伯爵家に赴くことを口実にしていたのも、それらを避けるためだった。

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