27.公王陛下3


「…給料の件はどうなんですか?」

「それも、コリン独自の考えが原因かしら? あの子にとって使用人は仕えて当然なのよ」

「母上、仰っている意味が分かりません」

「そうね。分かり易くいうと『主人である辺境伯爵家に仕えるのは名誉な事であり、そこに金品が発生する事はない。仕える者たちは喜んで我々辺境伯爵家に奉仕している』といったところかしら?」

「給料払わずどうやって暮らしていくんですか? 使用人たちは飽く迄も仕事として仕えているんですよ? その対価として給料を支払っているんじゃないですか」

「コリンのことだから『屋敷でし、そこで我々辺境伯爵家と同じ空間でのに、なぜ対価が発生するんだ』とでも思っているのではないかしら? だから忠義のために無料奉仕は当然と考えているのかもしれないわね」

「使用人といっても全員が住み込みというわけではありませんよ? 住み込みの者達にだって家族はいますから、休みには実家に帰る者もいるでしょう。なかには、家族を養うために働いている者だっている訳ですし」

「そんなことはコリンには関係ないことよ。コリンは使用人の家族が領内で暮らしている事も知らないでしょうし、ましてや帰る家があることも考慮に入れていないんじゃないかしら? だって、そうでしょう? コリンは屋敷内から殆ど出た事がないのよ? 領内散策だって護衛監視が数人ついているし、使用人の家族と会う機会なんて全くないわ。見た事がない人達はコリンにとって“存在しない者”なのよ」


呆れ果てるとはこのことを言うのだろうか?

どうやら思っていた以上に叔父上は独特な感覚の持ち主だったようだ。

気付かなかったな……。


「アレクサンドルが気が付かなかったのも無理はないわ。

コリンと長期間暮らした事がないのだもの。コリンはあの通り眉目秀麗でしょう? それに加えて愛嬌もあるし甘え上手なところもあるわ。

辺境の貴族たちとの交流でも社交性を発揮しているし、会話だってウィットに富んで楽しい。華やかな社交家のコリンしか見た事がないのだもの。コリンの辺境地域での評判が良かった事も、貴男が気付かなかった理由でしょうね」


確かに。

大貴族出身とは思えない気さくさが辺境の貴族にウケている。歳を経ても変わらない美貌もあるだろう。観賞用には打って付けだ。その綺麗なお人形が人懐っこいとなれば可愛がる年配者も多かったはず。辺境とはいえ、王都の騒動は当然知っているが、何分、物理的に距離があるし、辺境の貴族たちからしたら他人事だ。

帝国軍の駐留は王都だし、寧ろ、帝国との取引が増えて喜んだ領主も多いのではないか?

そういった事を踏まえても叔父上は辺境での生活は悪くなかったんだろう。



「領内の商会たちとの取引を停止したのは何故ですか?」

「コリンはね、王都の商会と取引しようとしていたの。辺境伯爵家がいつまでも田舎の商会を贔屓するのは良くない、と言ってね」

「贔屓もなにも自領の商会を盛り立てることは領内の経済を活性化させるためですよ?」

「コリンがそんなことを理解している訳ないでしょう。大方、王都の商品で身を固めて、如何に都会的で洗練されているかを自慢したいんでしょう。ああ見えて酷く見栄っ張りなところがあるから。そういった事が積もり積もった結果が今なのよ。辺境伯爵家としても一度や二度なら兎も角、何度もあっては……ね。辺境伯爵家に致命的な被害が出る前にどこかに押し込めてしまおう、という事になったの。

当然よね? 少なからず影響が出始めているんですもの。我がヘッセン公爵家としても庇うつもりはありませんから、貴男もよけいなお節介はしてはダメよ」

「は…い」


叔父上は悪い人ではないのだが…領地経営に支障が出れば致し方ない。

それに、母上が口を濁した部分がある。他にもやらかしているに違いない。“なにをするのか分からない人物”を屋敷内に放置しておいていたら気が休まらないだろう。それならいっそ、別宅を用意して、監視役兼愛人の女をあてがって面倒を見させた方が気が楽だ。


母上曰く、「仕事に忠実で貴族社会に詳しい女性を愛人に選んでいるから問題ない」というのだから、そういう事だ。

相手の女性は没落貴族だろう。

王国では金銭が苦しくなって没落していく下位貴族が数多いる。愛人契約には事欠かないだろう。没落貴族の女性の行きつく先など知れたことだ。

貴族の愛人に収まれるだけ幸運というもの。



「これはアントニアだけの考えではないのよ、コリン以外の家族全員が認めたことなの」


にこやかに微笑んで告げる母上。

どうやら叔父上は従兄妹達からの信頼もなかったようだ。

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