天使と悪魔

ハイカンコウ

瑞穂

ステンドグラスを通して差し込む日光で、私の部屋は万華鏡の内側になります。窓から放射して伝わる春の冷気を吸い込み、濁った空気を吐き出す作業は、体の内側を掃除しているような気持ちがして、なんとも言えず心地よい気がします。

色とりどりのまばゆい光彩に包まれた春の朝、私は優しい気持ちでいっぱいでした。今日が地球最後の日であれば、間違いなく私は誰よりも清らかで、神の国に一番近い人間であると胸を張って言うことができます。

テーブルに肘をついてパンの耳を齧りながら、今日見た夢を思い出そうとするのですが、夢のはしっこは求めるほどに逃げていってしまいます。男性に抱擁をされていたような気がしますが、誰であったのかは思い出せません。

なんだか急に、泣き出したいような気持ちになりました。胸をいっぱいに満たすこの感情はおそらく愛情だと思うのですが、それが誰に向けられたものなのか分かりません。

女の子なのだから、そういう時もあります。

誰に向けられたものか分からない感情は、裏を返せば誰に向けたっていい感情なわけで、私は急いで朝の支度を始めました。


バスの中は通勤、通学の人達が沢山いました。みんな眠そうな顔をしています。私がこの車内では一番幸せだなと思いながら周りを見渡して、制服を着た男の子の隣に腰を下ろしました。

野球部と思われるその男の子は細長いケースを肩に斜めがけし、膝の上に紺色のエナメルバッグを載せています。私が隣に座った時、一瞬ちらりとこちらを見たのですが、すぐに顔を背けて窓の方を向いてしまいました。

私は右手を彼の後頭部に回してくいっと顔をこちらに向けさせると、思いっきりキスをしました。唇がぺしゃんこになるくらいに顔を前に突き出して。舌先同士が軽く触れた感触がしましたが、彼はそれをすぐに引っ込めてしまいました。私は目をつぶっていたので、その時男の子がどんな顔をしているのか知りません。彼にとって一生忘れることのできない女であれますように。

数秒のあと体を離すと、彼の唇は私の口紅で赤く染まっていました。次の停車場で颯爽と降りていった私の姿を、彼はどんな目で見ていたでしょうか。スキップをしながら私は家に帰りました。

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