第10話 お父さんとゆずり葉

「じゃあ、また来るね」「また来ますね」

「……どうも、どうも。元気で……」


お盆に夫の実家に行ってきたデバネズミ。

帰りぎわの挨拶。お義父とうさんが少し寂しそうに感じる。


義母かあさんが亡くなってもうすぐ二十年。

今年九十才になったお父さんは相変わらず穏やかな人だ。


コロナ禍を言い訳にしてずっと行ってなかった夫の実家。

くさだけの庭。積まれた新聞紙。


「食欲はありますか?」「あるよ。大丈夫だ」

自分のことは自分でしているお父さん。

自分で車を運転してスーパーにも行っているという。


「今月、赤ちゃんが生まれるよ。大じいじになるで

元気でいてもらわないと……」夫が言う。


「そうか」お父さんの微笑み。穏やかで温かい。

私はお父さんのこの微笑みに何度も救われてきた。




◆□◆□

「お母さん、もう頑張れない。どうしよう」


結婚三年目、私は泣きながら実母ははに電話した。

お財布だけ持って、公衆電話から電話した。


結婚後すぐ仕事を辞めた夫。借金。

誰にも言えなかった二年間。


そんな中で、毎週のように夫の実家に行く生活。

義母かあさんはみんなでご飯を食べるのが好きだった。

毎日のお弁当作りは大変だよって嘘をつく私。

自分の両親にも、夫の両親にも心配かけたくない。


「お母さん、お金貸して……」泣きつく私。

「その足で旦那の実家に行きなさい。

 旦那の親を頼りなさい。

 その方がずっと可愛がって貰えるから……」


実母ははに諭され、そのまま夫の実家へ。

全てを話すと、夫の両親は気づかなかったことを

謝ってくれた……一緒に泣いてくれたお義母かあさん。


「お前たちは俺が守る」と言ってくれたお義父とうさん。


本当にずっと、ずっと、守って可愛がってくださいました。



◆□◆

実父の元で二十七年間。義父の元で二十七年間。

同じ年月になった。

お父さんに会ったその夜、私はある詩を読んだ。

仲津さまの『詩を読む』感想エッセイの詩。


感謝の涙があふれた。

今度は私たちがお父さんを守るね。夫と誓う。

そして、この強さと愛を娘に孫に……。


河井酔茗かわいすいめい 『ゆずり葉』からの一文


世のお父さん、お母さんたちは

何一つ持ってゆかない。

みんなお前たちに譲ってゆくために

いのちあるもの、よいもの、美しいものを

一生懸命造っています。



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