第4話 後輩

 今日は昨日と違い、何だか平和な日のようだ。

特に施設のトラブルはないし、敵艦もいない。

この戦艦『ヴィード』はあまりにも大きな組織のため、下剋上を果たすために襲いかかってくる戦艦がよく現れる。

結局はこっちのほうが設備は最新鋭のため、すぐに撃沈させられる敵なしの戦艦なのだ。

 こんなに何もない日はほとんどが事務仕事をしている。

事務仕事はいつでも忙しい仕事のため、補佐官である俺が助っ人で入ることもよくあることだ。


「――――」


 俺が書類を整理していると、突然後ろに誰かいる気配がした。

後ろを振り向くと、いきなり巨大で揺れるものが眼に入った。


「ヴァリット補佐官こんにちは!」


「やっぱりお前か、エミリア」


「えへへ〜。今日もお疲れ様です、先輩!」


「この場所でその呼び方はよしてくれ……」


 本当に俺の年下かと思うくらいに大人びた体型をした彼女は、俺に向かってニコリと笑った。

彼女の名はエミリア。

本名はエミリア・カビルと言って、実は俺が通っていた学校の中等部の後輩なのだ。

腰まで伸びた長い赤い髪と大きな瞳、そしてなんと言っても特徴的なのがこの胸の大きさ。

今にもはち切れてしまいそうになってしまっている。

 そして、胸の大きさの割に体はかなり細いため、くびれが目立って色気が凄いのだ。

モデルに出たら即人気が出そうなその容姿のおかげで、男子艦員は勿論のこと、憧れがあってか女性艦員にもかなり人気がある。 


「別に良いじゃないですか。エミリアの先輩なのは事実ですし、みんな知ってますよ?」


「だとしてもだなエミリア、今は仕事中だからな? 今は俺を呼ぶ時はちゃんと補佐官と呼んでくれ」


「はーい……」


「なんで生返事になる」


「えー? だってずっと先輩って呼んできたエミリアからすれば、補佐官って言いづらいんですもーん」


 エミリアの悪いところ、それはこのゆったりとした口調からいやいや言ってくること。

普段からおっとりとした口調なのだが、こういうふうに一旦揉めだすとこうなってしまうという、厄介な性格を持っている。

まるでイヤイヤ期に入った子どもの大人バージョンのようだ。


「そんなことより、俺に何の用だ?」


「お昼ご飯、一緒に食べましょう!」


「もうそんな時間になったのか……。よし、じゃあ食堂へ行こうか」


「わーい!」


 飛び跳ねて喜ぶエミリア。

本当に子どもみたいだなこいつは……。

 中等部の頃からずっとそんな感じだが、前よりもさらにひどくなっている気がするのは気のせいだろうか。

おかげで最近さらにエミリアに振り回されている気がする……。








◇◇◇







 戦艦ヴィードの食堂は他の戦艦に比べてかなり広い。

甲板で仕事をしている者は海風に当たってやりやすいだろうが、戦艦内は必要最低限で作られているため、幅が狭く、天井も低い設計になっている。

こういう環境でずっと作業しているというのはかなりストレスがかかるものだ。

 食堂は艦員にとって唯一の憩いの場。

それに配慮するために食堂だけは、くつろげるくらい快適な広さになっているのだ。


「先輩お待たせいたしましたあ!」


「だからその呼び方を大声で言うなって……」


「あ、すいません……。先輩」


「だから直ってないって」


「ぐっ……。あーもう! 先輩は相変わらず面倒くさい人ですね! 昔から知ってる人は別に良いじゃないですか! 」


 面倒くさいのはお前の方だからなエミリア……。


「あのなあ、この戦艦でのルールと社会の常識というものがあってだな――――」


「そんなルール意味ありますか!?」


 全く、こいつの頭の中はどうなっているんだ?

学生時代からの付き合いがあったとしても今は同じ職場で働いていて、それに新しい環境。

役職の名前を使って呼ぶことは当たり前だが、俺が恥ずかしくなってくる。

何故ならエミリアは今年入ったばかりの新人だからだ。

それなのに急に馴れ馴れしく先輩呼ばれされたら、聞いた周りの人はえっ!? てなるだろうし、それ色々と面倒くさいことになってしまうに決まっている。


「それに先輩とはもっと仲良くしたいので!」


「わかったわかった! だけど人がいる時はちゃんと呼べよ。いいな?」


「はーい分かりましたヴァル補佐官! じゃあいただきまーす!」


 エミリアは手を上げてそう返事をすると、早速昼食を食べ始めた。

こんな彼女だが、お世話をずっとしてきた俺にとっては慣れたものだ。

確かに厄介な性格に磨きがかかってさらに厄介な性格にはなっているものの、ほとんどは本音をそのまま話しているし、ちゃんと言うことを聞いてくれる。

結局は仕事熱心な良いやつなのだ。


「どうしたんですか? エミリアのことずっと見て……。もしかしてエミリアの魅力に気づいたとか……」


「んなわけあるか。じゃあ、俺も食べるとしよう。この後も仕事はたんまりあるからな」


「むぅ〜……。先輩はもっと女の子と一緒に食事をしているということに自覚を持ってほしいです」


「それは無理な話だ。エミリアは世話の焼ける新人しか思ってないからな。はむっ」


「そ、そんな言い方は酷いですよぅ……」










◇◇◇








「ん……ふう……。あとはティナにこれを渡すだけ、か」


 やっと仕事が終わり時計を見ると、時刻は夜9を回っていた。

俺は椅子に座りながら背伸びをした。

そして、ティナに渡す書類だけを持って部屋の電気を消し、艦長室へと向かった。

 やはり、この時間が1番最高だ。

ティナに会えるという楽しみな感じとドキドキ感がこれまたたまらない。

今日のティナはどんなふうに俺に甘えてくるのか楽しみだ……。


「先輩……?」


「――――!? な、なんだエミリアか……。びっくりしてしまったよ」


「こんな時間にどこ行くんです?」


「艦長に書類を提出しに行くんだ。これも補佐官の仕事だからな」


「そうなんですか。だからいつも1人で仕事しているんですね」


「そういうことだ。それはそうと、エミリアは何故この時間帯にここにいるんだ?」


 俺がエミリアにそう問いかけると、彼女は急に俯いて黙り込んでしまった。

何か悪いことでもあったのだろうか。


「エミリア?」


「えっ? あ、すいませんぼーっとしちゃって……。忘れ物してしまったので取りに行こうと思って」


「――――そうか、暗いから足元に気をつけてな」


「はい、ありがとうございます。では……」


 エミリアはそそくさと走って行ってしまった。

何だかいつものエミリアと違うような感じがしたのは気のせいだろうか。

少しだけ心配になりながら、俺は再び艦長室へと向かっていった。

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