レクト君の魔術は何か変! ~異世界の魔術に常識なんて通用しません~
小龍ろん
導きの天風
「そんな! ……これは、効果が反転してるの!?」
魔術師の女性が悲痛な叫びをあげた。彼女の名前はクレシェ。齢十九でBランク冒険者にまで昇級した若き天才魔術師だ。生来の快活さも、仲間の危機を前に影を潜めている。
彼女は冒険者パーティー『導きの天風』に所属している。そのリーダーであるフォルテが、直前の魔物討伐で負傷した。幸い、深手というほどでもなく、クレシェの魔術があればたちどころに治癒できる程度であった。本来ならば。
だが、彼女の治癒魔術は効果を発揮しなかった。それどころか、フォルテの傷は目に見えてわかるほどに広がってしまったのだ。才能はあるが経験は浅い彼女が動揺してしまうのも無理はなかった。
「……ぐっ、落ち着け、クレシェ。たぶん、アイツ、『呪い持ち』だったんだ」
リーダーのフォルテが痛みに顔をしかめるが、冷静さは失っていない。そして、彼には自分の状態に心当たりがあった。
魔物の中にはごく稀に『呪い持ち』と呼ばれる個体がいる。群れの一個体だけが『呪い持ち』である場合もあり、どうやって生まれてくるかはわかっていない。『呪い持ち』の個体は特別に強いというわけではないが、非常に厄介な性質を持つ。それは敵対者に呪いを振りまくという性質だ。呪いの条件は個体によってさまざまで、『呪い持ち』の攻撃を受けることや、逆に『呪い持ち』を倒すことで呪われることもある。
フォルテは自分が『呪い持ち』の呪いを受けてしまったのだと当たりを付けていた。
「そういうことかよ!? 聖水はあったよな?」
聖水の有無を確認するのはコーダ。『導きの天風』では前衛を担っている。フォルテが近接攻撃役であるのに対し、コーダは防御的な役割を担っている。自らの巨体を覆い隠すほどの大盾で敵の攻撃を引き付け、パーティーを守るのが役目だ。
呪いを祓うのは、基本的に聖職者の職分。しかしながら、この場に聖職者はいない。冒険者として活動する聖職者もいなくはないが、その数は冒険者の総数に比べると圧倒的に少ないのだ。必然的に、ほとんどのパーティーに聖職者はいない。それは『導きの天風』も同様だった。
そんなパーティーが聖職者の代わりに頼りにするものが聖水だ。高位聖職者による聖別を経て作られる聖水は邪気を祓う効果がある。アンデッドや悪魔系統の魔物に浴びせれば少なからぬ痛手を与えることができ、『呪い持ち』によってもたらされる呪いも多くの場合は解呪できると知られていた。
「ええ、一応ね。ちょっと待って」
応じたのはエルフの女性、フィーナ。エルフといえば、弓と精霊魔術に優れた種族。基本的には森の中で閉鎖的な暮らしをしているが、中には森を出て人の世で暮らす者もいる。フィーナもそんな変わり者の一人だ。弓の腕前でパーティーに貢献し、ときには斥候としての役割も果たす。
彼女は自分の管理していた荷物から聖水を取り出した。
基本的に、冒険者たちは荷物を分散して持つ。それは万が一、はぐれて孤立した時を想定しているからだ。食料、その他消耗品をそれぞれが分散して持つことで、もしものときに備えることができるわけだ。
しかし、聖水はそれほど使用頻度が高い道具ではない。もちろん、討伐対象がアンデッドや悪魔だとわかっていればあらかじめ数を用意するのだが、そうでなければ一つ二つ用意しておく程度だ。というのも聖水はなかなかに高価な品物だ。寄付という名目で教会から購入するのが主な入手手段なのだが、教会も自らの威光を安売りはしない。聖水の価値が高まれば、それだけ教会の威光も大きくなるのだから。それが神に仕えるものとして真っ当な振る舞いかどうかはともかく。
「それじゃあ、かけるわよ」
「ああ、頼む……」
フィーナが聖水の小瓶の蓋を取り外し、フォルテの傷口に振りかけた。しかし、目に見えるような変化は何も起こらない。
「これは……、効いたの?」
「どうかしら? 私も呪いを祓ったことはないから……」
『呪い持ち』はごく稀にしか出現しないこともあって、クレシェもフィーナも聖水で呪いを祓うのはこれが初めてだ。そのため、聖水が有効に作用したかどうか判断がつかなかった。
「いや……、たぶん、効いてないな。まだ禍々しいものが体に……、ぐぅっ……!」
「おい、どうした! フォルテ!」
状態を説明しようとしたフォルテだったが、まるで糸の切れた人形のように急に脱力した。完全に意識を失い、コーダの呼びかけにも応えない。呼吸が粗く乱れ、尋常な様子ではなかった。
「フォルテ、しっかりして!」
「くそっ! 聖水はまだあったよな?」
「フォルテの荷物の中に! でも、さっきと同じものよ?」
「試すだけ試そう! 効果があるかもしれない」
一縷の望みをかけて、残りの聖水を使う。だが、さきほどと同じくフォルテの状態に変化はなかった。
最悪の結末が三人の脳裏をよぎる。そんなときだった。
「こんにちは」
場違いな挨拶とともに少年が現れたのだ。
彼らのいる場所はオダイン樹海。数多くの魔物が生息する、まさに魔境。冒険者たちでさえ立ち入ることに二の足を踏むこの地に、ごく普通の少年がいるはずはないのだが。
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