第2話 正道翔の日常①

「おはようございます! 翔パイセン!」


「パイセン言うな、あかり後輩。あと放課後なのに、挨拶がおはようございます?」


「え? 知りませんか? 我々の業界では、夜でも挨拶はおはようございますなんですよ?」


「何の業界だ? 少くとも図書委員会にそんな業界ルールは存在しない」


 学校の図書室。同じ図書委員である正道翔と鳥羽あかりは、よく顔を合わせて委員活動を行っていた。


「お前といると、ついつい声が大きな馬鹿話になってしまうが……みんなスルー技術高いよな。ちょっと集中力が高過ぎじゃないか?」


「騒ぎ過ぎたかな?」と翔はキョロキョロと見渡したが、誰も気にした様子はない。


「まぁ、放課後に残って図書室で勉強している勉強マシーンさんたちですからね。並みの集中力ではないのでしょう。これで日本の未来も安泰ですよ」


「お前、いつも表現が大きくなりがちだな」


「えぇ、見ての通り。私自身が高身長のモデル体型なので、つい……」


「嘘をつくな。同学年でも低い方だろ?」


「がっ! 翔パイセンが私の事をチビって言った!」


「言ってねぇよ、そこまでは!」


「ちなみにパイセンは大きいのと、小さいの……どちらが好みでしょうか?」


「身長の話だろ? 女の子が胸を寄せながら近づいてくるんじゃありません!」


「おやおや、可愛らしい。エロ孔明と呼ばれたパイセンが動揺し過ぎではないでしょうか?」


「え? なに、俺って影ではエロ孔明って言われてるの」


「し、知らなかったのですか!?」


「本気で驚いたような顔をするな! ……いや、冗談だよな?」


「世の中には知らないでいた方が幸せでいられることが沢山あるです」


「マジか!」


「はい、世の中には、まだ人類の知らない……」


「ほら、すぐ表現が大きくなる」


「……お分かりいただけでしょうか?」


「心霊番組でよく使われるナレーションのセリフ!?」


「まぁ、雑談もほどほどにして、我々は我々の仕事に勤しむとしましょう」


「おっ……応(急にテンションを変えないでほしいのだが)」


「よっと!」とあかりは、カバンから取り出した本を机に置いた。


「あかり後輩?」


「はい、なんでしょうか? 仕事中には私語は慎んでいただきたいのですが」


「いや、その本……いや、全部マンガじゃないか!」


「いけません? 学校の図書室にもマンガは幾つか置いてるますよね」


「いや、流石に少女マンガはまずいだろ。そもそも図書委員が図書室でマンガを読むか?」


「そうですか? 私は知っているのですが……」


「え? 何を……だ?」


「パイセンのカバンの中身は……ほう、京都を本拠地とするゲーム会社の最新携帯ゲーム機ですか」


「なぜ、それを!」


「むむむ……電波受信です! さらに電子書籍専門タブレッド。さて、中身は……」


「馬鹿な。ダウンロードしている本の内容までわかるはずがなかろう」


「……えっち」


「え? なんでわかるの?」


 思春期の高校生が、エッチな本を購入するのは、むしろ健全だ!


 翔は心の中で叫んだ。


 女性店員の視線を掻い潜り…… 知り合いと鉢合わせないかと細心の注意を払い……


 そして、手に入る栄光の瞬間。 それを否定することが誰にできようか!


「パイセン、パイセン……」


「ん? どうした?」


「考えてる事が口から出てます」


「ブベッ!?」


「あはははは! ブベって言った。ブベって何ですか」


「ぬぐぐぐ……」


「ところで翔パイセン。昨今の少女マンガの流行として、美女と野獣をリスペクトしたオマージュ作品が多く見受けましたが……」


「待て。どうして俺が少女マンガに詳しいと思っている?」


「次に流行る少女マンガのジャンルは、どういうものになるとお考えでしょうか?」


「むっ……」と翔は唸った。


「なるほど、それはマンガ好きを自称する俺への挑戦状だな。流行! 例え、詳しくないジャンルであれ、俺の推理力を駆使すれば……」


「私はですね。やっぱり、王道ですね。高校生のヒロインが、少し意地悪なライバルとイケメン男子を取り合う話ですね」


「あっ、自分の予想を話したかっただけだ、これ」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


 そんなやり取りを行っていると、チャイムが鳴った。


 図書委員会の活動も、このチャイムで終わり。


 勉強や読書のために図書室を利用していた生徒たちも帰宅の準備を終わらせ、退室を始める。


「さて、俺たちも帰るか」


「そう……ですね」


「どうした? なんか家族と喧嘩でもしたのか?」 


「え? どうして、そう思ったのですか?」


「いや、なんて言うか……表情が曇ってたから」


「へぇ」とあかりは、先ほどまでと違ってニマニマとした表情に変わっていた。


「パイセンは、私の表情から内面まで分かちゃうんですね」


「ちょ! 近いって、顔を近づけるな!」


「むふふふ……パイセンたら、私の事を大好きなんだから」


「そんなんじゃないって!」


「照れない、照れない。それでは、次の委員会でお会いいたしましょう」


「ん?」と翔は、あかりの言葉に引っかかりを覚えた。しかし――――


「あれ? どこに隠れた」


 さっきまでいたはずのあかり。その姿は、消えていた。


 そして……翔の眼にノイズのようなものが走った。


「え?」と眼に見えている物の正体が分からず困惑する。

 

 ざぁ―――― ざぁ――――

 

 と耳には奇妙な音。 


(今、俺は何を見ている? 一体、何が聞こえているんだ!?)


 しかし、その直後。


「あれ? 俺って今まで何やってたけ? 確か、今日は1人で図書委員の仕事をやって帰る途中だったよな?」


 翔は、首を捻って何かを思い出そうとする。 しかし――――


(まぁ、思い出せないなら大した事じゃないか)


 そう思い直して、帰宅の途についた。


 途中、背後から「それじゃまたね、パイセン」と声が聞こえたような気がした。




 

 

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