第24話

「秋月、よかった!アンタは覚えてたんだ!」


二限目が終わるなり、栗山が俺の方へと身を乗り出してくる。


「姫良瑠!」

「全っっ然連絡つかないから、ガチで心配したんだからね!」

「無事なら連絡くらいしてよ~!」

「まさかどっか悪いとかじゃないよね?」


ところが話を続けるよりも先にクリヤマーズに囲まれてしまった。

彼女達の表情を見れば本気で心配していたことは明らかであり、それはもちろん栗山にも分かったようで、ごめんごめん~!と謝りながらちらりと困ったような目を俺に向けてくる。

本当はこの件についてすぐにでも話したいのだろう。

気持ちはよく分かる。

俺だって先ほどは美弥子先輩から連絡をもらって、どれほど救われた気持ちになったか。


だが本気で心配してくれた友人達を蔑ろにするわけにはいかないし、昼になればみんなで集まれるのだ。

そんな思いも込めて頷き返せば、ちゃんと気持ちは伝わったようで、ふっと表情を緩めて自分に抱きつくクリヤマーズへと視線を戻した。

その様子に俺の方も顔がほころんでくるのを感じつつ、一樹のクラスへと向かう。


と、間髪を入れずすごい数の女子に囲まれた一樹を見つけた。

なにせ奴は、学年一と言っても過言ではないほどのイケメン野郎。

大変遺憾ではあるがこれも日常の風景であり、先ほど電話に出られなかったのもおそらくはこれが原因に違いない(電話に出ても輪を抜け出せないらしい)。

だから近づくことはできなかったが、幸い奴の方も俺に気づいて視線を向けてきた。

その表情から、一樹も忘れていないことを確信してホッと安堵する。

しかしそれを悟られないよう、努めてクールにスマホを掲げてチョイチョイと指さしておく。

きっと一樹も大丈夫だろうと思い、先ほどメッセージを送っておいたのだ。


まったく、なんて気遣いができる紳士なんだ、俺は。


一樹の奴も親友の不幸を笑ってばかりいないで、少しは俺を見習って甲斐性を高めて欲しいものである。

…まあ、コミュニケーション力を始めとして、残念ながら俺の方が奴から学ぶべきことは多いのだが。

ありがたいことに、この頃にはもう冗談を言えるくらいには余裕を取り戻していた。


そうして昼休みを迎えれば、栗山と、逃げるようにして教室から出てきた一樹の三人で、さっそく生徒会室へと向かう。


「恭也先輩!それに姫良瑠先輩と渡良瀬先輩も…!」


到着するなり、美弥子先輩と一緒に生徒会室に入ろうとしていた静音が頬を緩め、パタパタと小走りに駆け寄ってきた。


「よかった、お二人にも集まっていただけたんですね」


静音の後ろで美弥子先輩も小さく微笑む。


「あの恭也君、その、お二人は…」

「大丈夫ですよ、戸叶先輩。ちゃんと覚えています」

「アタシもヘーキ!」


そのままちらりと俺へと視線を向けてくるも、素早くその意図を察した一樹と栗山が銘々に答えを返し、今度こそホッと美弥子先輩が安堵に表情を緩めた。


「そうですか…、それは何よりです」

「てか美弥子先輩と静音ちゃんも覚えてたんだ!はぁ~、なんかすっごく安心した~」

「えへへ、私も、姫良瑠先輩達が覚えててくれてよかったです」

「う~、静音ちゃんマジ天使~!」


たちまち賑やかになりながらみんなで生徒会室へと入り、広い室内に並んだ大きな長机にそれぞれ座る。

昨日までは当たり前だったこの賑やかさも、今はなんだかとても貴重なもののように思えてしまう。


「さて、それではさっそくですが、話し合いを始めましょう」


少し感傷的な気持ちになる中、全員が座ったことを確認すると、美弥子先輩が黒板の傍に立って俺達へと向き直った。


「こうして集まっていただいたのは他でもありません。皆さんもすでに体験されている、私達を取り巻くこの異常事態について情報を整理したかったからです」


続けて黒板に「目的:現状の整理および把握」「現状:昨日あった『アメリカ消失』について、周囲の人達が誰も記憶していない」と、すらすらと流れるような達筆で書き記し、話の道筋を明確にしていく。

それはすごく堂に入っており、改めて美弥子先輩が生徒会長であることを実感させられる。


「てかこれホントにどうなってんの!?なんか、昨日のことなんてなかったことになってるんだけど!?」


感心する俺の一方、先輩が書き終えるなり栗山がそう言って頭を抱えた。


「親も誰も昨日のことなんて知らないって言うし、動画もコメもいつの間にかなくなってるし…。だからここに来るまでは、逆にアタシの方がおかしくなっちゃったんじゃないかってガチで怖くて…。お陰で初めて遅刻したし…。てか今もまだテンパってるけど…」


言いながら色々思い出したようで、段々と顔色が悪くなっていく。

やはり栗山も同じようなことを思っていたらしい。


「まあな…。昨日の事件だってまだ飲み込めていないのに、その上アメリカ自体誰も知らないという反応だからな…」

「そうそう!」


しかし俺の言葉に栗山がまた元気よく頷いた。朝見た時は今にも倒れそうな顔をしていたが、すっかりと調子を戻したようで何よりである。

美弥子先輩が「現状二:誰も『アメリカ』自体を知らない」と黒板に追加する。


「わ、私の周りの人達も同じです…。今朝お父さん達と話してても、全然話が通じませんでした。学校でも三春ちゃん…友達もやっぱり同じ反応で…」


静音も怖々と続く。

俺は今朝は遅刻ギリギリでバタバタしていたから気づかなかったが、もしいつも通りに起きていたのなら、同じようにその時点で異常に気づいたのかもしれない。

…まあ、母さん達ならなんだか普通に覚えていそうな気もするが、家に帰ったら聞いてみようと決意を固める。


「そ、それどころか、三春ちゃんが調べてくれたんですけど、辞書にも載ってなかったんです、アメリカのこと」

「え!?」


だが静音がそう続けた途端、家族の方へと飛んでいた意識が一気に戻った。

思わず静音の顔を見返し、慌ててスマホを取り出す。


「ちょ、マジなんだけど!?」

「本当…ですね…」


そして栗山がスマホを見ながら、美弥子先輩は近くにあった分厚い辞書をそれぞれ開きながら、同時に愕然とした声を上げた。

俺も検索をかけてみたが、二人の言う通り一件も引っかかってこない。

検索結果に記された「もしかして『アメリア』」という文字が、今はこの上なく不気味に思えてすぐにアプリを閉じる。


「え!?ど、どうなってんの、これ!?」

「……」


栗山の言葉に答えられる者はここにはいない。

これには流石の美弥子先輩も顔を強ばらせており、しかしそれでもきっちり「現状三:そもそも『アメリカ』の存在自体がなかったことになっている?」と黒板に追記する。


「で、ですから私、美弥子先輩から連絡をもらったときは、知ってる人がいてくれたって、泣いちゃいそうになるくらいホッとしまして…」

「あー、分かりみがガチで深い…。アタシも秋月に声かけられてマジでホッとしたもん」


ともあれ静音が胸に手を当てて小さく微笑むと、隣で栗山も腕を組んでうんうんと頷いた。その気持ちは俺にもよく分かる。


「俺も同じだ。美弥子先輩も覚えていたと分かった時は、本当に安堵したな…」

「ふふ、それは私も同じですよ」


先ほどのことを思い出してため息をつく俺に、美弥子先輩もにこりと微笑み、混乱と緊張で固くなった場にまた少し和やかさが戻ってくる。


「…ふーん、秋月はまず美弥子先輩と連絡を取ったんだ?」

「うぅ~…」


すると何故か、栗山と静音が何やら恨めしげな目を向けてきた。


な、なんだ…?


「いや、二人にも連絡しただろう?だが返ってこなかったじゃないか」

「うっ…、そういえばそうだった…」

「ご、ごめんなさい…」


でも怯みつつもそう言うと、たちまちばつが悪そうな顔になって、ササッと視線を逸らされてしまった。


なんなんだいったい…。


すでに頭はいっぱいいっぱいなのだから、これ以上謎を増やすのはやめていただきたい。


ただそんな風にため息をついていたものの、ふと、こういうときいつもならニヤニヤとしていそうな奴が、先ほどから一言も発していないことに気づいた。


「……」


思わず顔を向ければ、案の定真剣な表情で考え込む一樹の姿が目に映った。

みんなもすぐに気づき、全員の視線が集まる。


「どうした?何か気になることでもあったか?」


なので代表して声をかけた。

まあ気になることも何もおかしなことしかないのだが、どうも一樹の様子はただ現状に首を傾げているのとは違い、何か切羽詰まったただならない空気を感じるのだ。


「え!?あ、ああ…」


俺の言葉に一樹がハッと顔を上げ、続けて視線が自分に集まっていることに気づくと、少し狼狽えたような表情になった。


「そういえば渡良瀬君は、昨日もいち早く騒ぎの原因にたどり着きましたよね」


それを見て、すかさず美弥子先輩が安心させるように微笑みかける。

恐らく先輩も、一樹の表情に何かいつもとは違うものを感じたのだろう。

付き合いの長い俺ならともかく、先輩はまだ知り合って間もないというのに、流石の洞察力であった。


「そんな渡良瀬君ですから、もしかしたらまた私達の気づかない何かに気づかれているのではありませんか?どんなに些細なことでも構いません。もし気になることがあるのでしたら、話していただけませんか?」

「…すみません。俺にも正直何が何だかさっぱりでして…」


だが対する一樹は一瞬何かを堪えるようにぐっと目を細めたあと、首を横に振った。


「……」


その様子に、俺は一樹が何か知っていることを確信した。

とはいえそれでも話さないのは、今がその時ではないか、あるいは話すべきではないと判断しているということであり、ならば俺から聞くべきことはない。

こいつは親友が困っていてもケタケタと笑っているような奴ではあるが、こんな状況で素知らぬふりをするような人間では決してない。


「いえ、無理もありません。こちらこそ無茶なことを言って申し訳ありませんでした」


美弥子先輩も何かを感じ取ったのかそれ以上は聞かず、申し訳なさそうな一樹に折り目正しく頭を下げる。


「さて、ひとまず皆さんから伺ったお話を書き出してみたのですが…」


そして仕切り直すようにそう言って、黒板を振り返った。


目的:現状の整理および把握

現状:昨日あった『アメリカ消失』について、

   周囲の人達が誰も記憶していない

現状二:誰も『アメリカ』自体を知らない

現状三:そもそも『アメリカ』の存在自体がなかったことになっている?


「うーん…、結局、何も分かんないね~…」

「だな…」

「そ、そうですね…」


同じく黒板に顔を向けた栗山がお手上げというように机に突っ伏し、俺と静音も同意する。

本来ならこうして現状を書き出していくことで何か見えてくるのだろうが、今は逆にますます分からなくなるばかりであった。

先輩もやはり同じ気持ちのようで、黒板を眺めながら小さくため息をついている。

一樹だけは相変わらずじっと何か考え込んでいたが、今はそっとしておくべきだろう。


ただそんな風にして、打つ手なしという雰囲気が漂い始めたときのことだった。


「……!」

「…!!」


不意に廊下が騒がしくなった。


「なんでしょう…?」


みんなもすぐに気づき、考え込んでいた一樹も一緒になって廊下に出る。

と、少し先をいったところに何やら人だかりができていた。


「お、おい、落ち着け!」

「急にどうしたんだよ、お前!」


よくよく見ればその中心では一人が暴れており、その友人達なのか、数人が取り抑えて必死に宥めている。


「け、喧嘩、でしょうか…?」

「うーん、それにしては相手がいない感じだけど…」


怖々とした静音の言葉に、一樹が人だかりに目を向けたまま答える。


「ああああああああ、うあああああーーーー!?!?」


その間にも生徒は暴れ続けており、思い思いに俺達が見つめる先で今度は叫び出した。

と言っても意味のある言葉ではなく、叫びながらがむしゃらに手足を振り回している。

中空を見つめる目は焦点が合っておらず、何とも異様な雰囲気が漂っていた。


「な、なんだ、どうしたんだ…?」

「先生呼んでくる!」


どう考えても尋常な様子ではなく、現に取り押さえている数人も含め、周囲の者達もひどく動揺しているのが分かる。

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