メールのやりとり

安達粒紫

会話







 無駄な―――と言ってしまえば語弊が生ずるかもしれないが、君と僕の間柄だ、堅苦しい挨拶は抜きにしよう。


なに、急にメールが送りたくなったのだ―――というのも理由の一端である。


………ところで手紙もいいかもしれないとちょっと迷ったのだが、やはり手間だ。


このアドレスが生きているなら届く事だろうと思って書き始めている。


単刀直入に訊くが君は最近何をしているのだね?―――これが本心だ。


バレー部で汗を流した日々はもう、記憶からお互い消えかかっているのは同じだろうが、あの印象、雰囲気―――そういえば、僕は有名な巨大掲示板で〈ふいんき〉肯定派と何対何の戦いかは知らないが全面対決をしたことがある。


今では、そういう輩がいたとしても放っておくのだが―――第一、掲示板に用がない。


話が迷走したが―――迷走したままかもしれないが、あの時は、〈ふいんき〉対決をしたときは、僕は大学院浪人をしていた頃だ。それは―――僕がそういう立場にあったことは、記憶にあるかい?


僕の浪人中の君のちゃんと切手を貼ってくれている手紙は今でもキチンととってある。―――いや、他意は無い。


それだけ僕は君の事を大事に思っている―――いや、手紙を整然と確保しておく程度には大事に思っている。


―――本題に戻ろう。君は一体何をしているのだね?


妙に胸騒ぎがしたのだ―――それだけの理由だが君の安否が知りたい。


もしよかったら、返信を頼む。


敬具





―――――――――――





 拝読。


また偽善的な内容だね。

俺は、とにかく絵を描いている。


なにせ頭が悪いからね、君と違って。


絵描きと称して芸術家を気取って自分の自我を保つしか能がないのさ。


……語りすぎた。


もういいだろう、失礼する。


草々






――――――――――――





 すまない、それだけの返信じゃ僕の心は暴れたままだ。


おそらく君の僕に反発する姿勢の理由は以下に書く事に終始するかと考えている。


そして僕は悪いことをしたと思っている。


今君に陳謝しよう。


その内容とは、僕が大学院に受かったタイミングで―――小学校の同窓会の幹事を2人でやるということになった。ところが、まだギリギリ間に合うというところで、君が展示があるから延期できないか、と言っただろ?

だが僕は僕の虚栄心―――延期はできたのだ。だが僕は学歴に踊らされた―――皆に自慢したいがために会を1人で強行してしまった。


きっと、これが軋轢の原因なのだ。


本当にすまない。今は反省している。



不一





―――――――――――






 応酬を続けようじゃないか…。


君は全然誤解している。


まだそっちは、学歴云々言っているのかね。


呆れた。


俺はもうそんなこと全く気にしちゃいないよ。


そんな俗なことは。


この頃はハッキリ言って、ありとあらゆるものが――――君の傾倒した三島由紀夫氏で例えるなら、氏は、晩年「このごろはひとが家具を買いに行くというはなしをきいても、吐気がする」と言った。有名な話だ。


俺はこれが偉そうなことを言えばわかる気がするのだよ。


こっちに遊びに来た時に、あれだけ熱心に、三島を布教してきた君は、きっとわかるのだろうーーーと信じている。



頓首





―――――――――――――






 すまない、色々謝罪を重ねないといけないが、君の今言った三島由紀夫の事。


僕は全然、解らない。


解らないのだが――――――解からないからこそ、少なくとも僕は君の事を友と思い続けられるのではないかと思う。


――――――失礼かもしれないが友、と思い切って書いた勇気を察してくれ。



敬具





――――――――――――



 


君は君の自己弁護に終始しているね。


最初の胸騒ぎでメールを送ったというのはなんだったのだろう。


しかし大方、見当はついている。俺の親にでも頼まれたのだ。大袈裟に言えば生きてるかどうかを確認してくれと。


連絡先は一切教えていないから、家族には。


せめて君ぐらいなものだ、通じるメールアドレスを知っているのは。


だから、その程度には俺は君を友と認めていると思ってくれて差支えは無い。


君のその段々と委縮していく様は、嫌味を言えば、こういう会話上で絵になっている。




草々頓首





――――――――――――――





ハッキリ言って、僕は今、落ち込んでいる。


君にコテンパンにやられた気分だ。


いや、やられたのだ。


僕は大馬鹿なのかもしれない。



匆々






―――――――――――――





馬鹿…か。


馬鹿というのも才能に違いない。


君は中途半端とでも取り敢えず言っておこうか。


本当の馬鹿は馬鹿に観えない………というもっともらしい言を直感的に得たのだが、君はどう思う?


しかしこれは馬鹿とは一体何か、という事を一々かんがえなくてはならなくなるから、面倒だ。


生憎、俺はそんなことに頭をひねる余裕はない。


ただ再度言うが、君は、中途半端という言葉の方がしっくりくるという事だ。



再拝





――――――――――――――






すまない・・・



失礼する。





敬具







――――――――――――――――












(僕という男=公務員。大学時代はチュイッターの「大学生の滑稽なストーリー」というアカウントによく投稿されるような内容のInstagramのストーリーをupしていた)



(俺という男=友はメール相手の〈僕〉一人。が、いま、それも失った。孤独。不幸。後々、僕という男のありがたさを知る…いや解る。しかし、信用は取り戻せないので、一人、インドへ自分を変える旅に出る。)








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メールのやりとり 安達粒紫 @tatararara

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