自粛期間断片小説

蓮木 罪

序笑

踊り場–

殴られた。右頬を。挨拶代わりとか言って何かしらで鍛えあげられた厚みのある左腕を豪快に振るい、一発貰った。


頭の中で状況の整理が追いつかなかった。


なんで俺殴られてんの?


俺は馬の後ろ蹴りでも食らったかのように後方に吹っ飛び尾骶骨を床に強打した。

 

「初めまして、バイタ君。殴ってからでごめんね」

 

ほら、と言ってこの男は殴った左腕を俺に向かって差し伸ばす。


出会い頭に知らない人から殴られた経験がある人は世界で何人いるだろうか。いたらユニットでも徒党でも組みたい気分だ。


あと、俺は決してバイタではない。

 

「誰がバイタだよ。お前人殴っといて・・・」


 そこまで言って口篭った。見覚えのある端麗で狡猾さが滲み出たような俺が一番嫌いなタイプの顔。忘れるはずがない。そう・・・


いや、今さっきまで忘れていた。進行形であやふやだ。

 

「初めましては久しぶりだね。まさかこんなところで出会すなんてね。会えて嬉しいよ、またとない邂逅だ」

 

出会すって言い方やめろよ。

 

「じゃあ、敢えて言わせてもらうが、ここで言う邂逅一番で口より先に手出してんじゃねぇよ。痛てぇな。歯とか折れたらどうすんだ。他にも言動とか、顔とか、ちゃっかりキャラ作りみたいな喋り方してんじゃねぇよ気持ち悪りぃ。色々と失礼垣間見れんだよ」

 

「いやぁ俺なりの常套句だったんだけど、、、ま、いっか。しゃーない」

 

そっかそっか、と腑に落ちない様子でこの男は笑った。


相変わらず不適で不気味な気持ちの悪い笑顔だった。俺はこの男を知っていた。


知らない奴だったら、、、まぁぶん殴っていた。

 

「そんなことはどうでもいいんだ、本当に。俺は別にお前に対して復讐だとか、積年の恨みとか、そんな大層なものはない。あったとすればさっきの一発で十分さ。未練がましいことはない。単純に話したかっただけなんだ。」

 

じゃあ殴んなよ、と言いたかったが内にしまった。あの一発が八年ぶりの再会に弛緩剤としての機能が果たされていたのは言わずも知れた。

 

「ともあれ、オープニングとしては少しアウトロー過ぎるだろ。あんなのB級喧嘩漫画とかでしか見たことないぞ」

 

「悪かったって。こうでもしないと多分俺のこと思い出してくれないでしょ」

 

「できれば思い出したくなかったさ。会いたくもなかった。誰が今更小学校の腐れ縁同級生、しかも〝男〟と出会えて喜ぶかよ」

 

「あはは。まぁ、そこは大丈夫でしょ。何せ男女比三対七の私立文系俗にいうFランク大学。女なんていくらでもできるさ」


君は容姿だけは相変わらず一丁前に整ってるからね、と肩に手を置かれ耳元で囁かれた時は若干のホモ臭さに嫌悪感を抱いた。


〝腐れ縁〟というワードを反芻して少しばかり後悔と自責の念に駆られている中この男こと島田雅人は口火を切った。


「このあと呑みにいかね?」


「生理」


––また殴られた。

 

 

 

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